職務発明 その2 いくらかかるの?

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前回は、最近街中で見かける信号機や踏切に使われている綺麗な発行パネルに、ノーベル物理学賞を受賞した中村修二教授青色ダイオードが使用されている事に関連して、職務発明の概要をモデル裁判例を交えながら簡単に解説いたしました。

基本的なことをもう一度簡単に整理すると、

職務発明とは、従業者等がした発明であって、その性質上使用者等の業務範囲に属しかつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(特許法第35条第1項)のことをいいます。

前回は、お伝えしていませんでしたが、上記以外の発明は、自由発明業務発明として区分されます。 自由発明とは、使用者等の業務範囲に属さない発明のことをいい、使用者等の業務範囲には属するが、職務発明の条件を満たしていないものを業務発明といいます。

従業員が行った職務発明に関しては、使用者に無償の通常実施権が認められていること特許法35条1項)、予め職務発明に関する権利を会社が譲受けられるように勤務規則等に定めておくこと(予約承継)もできること(特許法35条2項反対解釈)、契約、勤務規則そ他 定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ 、使用者等に特許権を承継させ、若しく使用者等ため専用実施権を設定した従業員は、「相当の利益」(旧法では「相当の対価」)を受ける権利を有すること(特許法35条4項、旧法同条3項)といった特徴があります。

以上述べたように、その他の規定も含め、職務発明に関しては特許法の35条に規定されています。

上述の「相当の利益」は、改正法以前は「相当の対価」といっていて、その相当の対価をめぐっては、以前から労使間で争いがあっていたこと、勤務規則等に定められた額が支払われていたとしても、これによる対価の額が「相当の対価」に満たない場合には不足分の支払いを請求できるというのが最高裁としての立場であることをモデル裁判例をまじえながら、前回の記事でお伝えしました。

この職務発明に関する特許法35条については、平成27年7月10日職務発明制度の見直しを含む特許法等の一部を改正する法律」平成27年法律第55号)が公布平成28年4月1日に施行されました。実は、今回の改正前にも、同条については、平成16年に改正が行われています。*1

この平成16年改正法のきっかけとなったのは、上記モデル裁判例以降、頻発する職務発明に対する訴訟に対して、使用者側としては、「(契約)、勤務規則その他の定め」で定めた金額を支払っていただけでは、相当の対価としての確定性に乏しいこととなってしまい、企業側の研究開発投資額が未確定(予測可能性が困難)になってしまうため、企業側の研究開発投資意欲をそいでしまうとう問題があり、「相当の対価」については全面的に契約の原則である労使間の私的自治の原則に委ねるべきであるという声が産業界から相次いだためとされています。

 

平成16年改正法以前の昭和34年法時代

旧法(昭和34年法)では、使用者が従業員の同意を得ないまま定めた職務発明規定等 も, 特許法 35 条にいう 「勤務規則その他の定」に該当するとされていたこともあり、

上記モデル裁判例であるオリンパス光学工業事件(平成15年4月22日第三小法廷判決)で、勤務規則等に定められた額が支払われていたとしても、これによる対価の額が「相当の対価」に満たない場合には不足分の支払いを請求できることを最高裁が認める以前の実務の世界では、使用者が一方的に定めた勤務規則による相当の対価を従業員側に支払うだけで済ませてしまうということが、当然のように行われていて、従業員側から不満が多発するとか、勢い訴訟までに発展するということは殆どなかったと言われています。

なぜ急に研究開発職側従業員が、権利意識に目覚めたのか不思議な感じもしますが、使用者側が強い立場ということだけに原因を特定することはできないような気もしますね。兎に角、突然従業者側のインセンティブの低さに伴う、研究開発意欲が問題視されだしたわけです。

以上説明したような使用者側、労働者側双方の研究開発意欲の減退懸念が、特許法35条の労使双方の利害を調整し産業界の研究開発の促進に寄与するという趣旨に反することとなることを防止するために改正が行われました。

35条の条文の内容的には昭和34年法と殆ど変わっているところはないのですが、「相当の対価」について次のような改正が行われています。

まず、その4項で
契約、勤務規則その他の定めにおいて、従業者等が支払を受けることができる 対価について定めた場合には、原則としてその定めたところに基づき決定される対価を「相当の対価」としています。
ただし、従業者等と使用者等との間には、その有する情報の量や質、交渉力における格差が存在することから、対価の決定についてすべてを私的自治に委ねるのは適切ではなく、契約、勤務規則その他の定めにおいて対価について定める場合において、それが「相当の対価」と認められるためには、その対価が決定されて支払われるまでの全過程を総合的に評価して不合理と認められるものであってはならないこととされました。

 

そのことにより、使用者は、上記但し書きの条件を満たすことを前提に、使用者が作成した勤務規則その他の定めで定めた対価を、原則、「相当の対価」とすることが認められたことになります。

では、その但し書きの条件は、「勤務規則その他の定め」にどのような定めをしていれば、満たしたことになるのでしょうか?

残念ながら、法の適用基準に関する関係上、この平成16年改正による訴訟での判断蓄積が殆どない状態であるのが現状のため、現在でも、職務発明の殆どの訴訟が旧法(昭和34年法)の内容で判断されています。

つまり、

対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及び その発明がされるについて使用者等が貢献した程度考慮して定めなけ ればならない。

という、旧法4項により、判断されているということです。

平成16年改正では、「相当の対価」の正当な評価に関して、その5項において

前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には、第三項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

としており、内容の意味としては、

使用者等と従業者等の間の多様な事情を考慮して「相当の対価」の額を算定することが妥当であることから、「相当の対価」の額を算定する際の考慮要素として、改正前の特許法第 35 条第 4 項が規定する「その発明により使用者等が受 けるべき利益の額」と「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」 だけでなく、その他の事情についても広く考慮した上で「相当の対価」が算定さ れることを条文上明確にした。

としています。

因みに、法の適用基準に関しては、平成16年改正法により判断されるのは、平成17年4月1日以降から 平成28年4月1日前に権利承継 された職務発明に対する訴訟ということになります。

現在注目されている訴訟として、野村證券職務発明対価事件(平成26年10月30日東京地裁判決)があります。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/627/084627_hanrei.pdf

 

話は変わりますが、独立行政法人 労働政策研究・研修機構調査データに興味深いデータがあったのでご紹介しておきます。

上述したように、平成16年改正のきっかけとなったのは、職務発明の相当の対価についても、産業の発展に寄与するという法の趣旨に鑑みれば、できるだけ労使の私的自治に委ねるべきだということで、産業界からも強く要望されていたということでした。

しかしながら、同研究機構による調査によれば、職務発明に係る個別の労働契約の締結状況の調査項目において

 対価を決定する基準等の労働契約の締結状況については、「予定なし」が 73.5%ともっとも多い。法改正後も 7 割の企業は個別に労働契約を締結することを想定していないことがわかる。

という結果を伝えていたのです。 何故なんでしょうね。

企業側としては、できるだけ労使納得の状況下を作りたいということで、使用者の一方的立場を押し付けるだけの形となりがちな契約は避けようとしていると考えるべきなのでしょうか?それとも、面倒な契約手続きを踏んでも、司法判断にゆだねられるとあきらめムードからなのでしょうか?

 

今回はここまでとします。次回以降、今回の改正内容についての話に入りたいと思いますが、確定申告手続き等の為、多少お休みさせていただきます。

 

 

 

 

 

 

*1:同年6月4日に法律第79号として公布され、平成17年4月1日から施行