職務発明 その1 発明は下町が有利?

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車を運転していると最近では当り前のように目にするようになった、青色ダイオード素材を利用した信号機。反射が無くていつもきれいな信号機ができたなぁと思いながら信号待ちしたりしています。 グーグルで調べてみると、発光ダイオードを信号機に使用した場合、

  • 電球を交換する必要がない(フィラメントが切れない)
  • 朝日や夕日が当たっていても認識しやすい
  • 消費電力が少ない

という特徴があり、初期費用がかかるけれど、今後大いに普及していくだろうと書いてありました。

少年のような心を持った経営者の方達、特にモノづくりに魅惑されている経営者の方達なら誰が発明したかご存知ですよね。

現在カルフォルニアサンタバーバラで教授をされている、中村修二さんで当時からノーベル賞に最も近い男」と言われていたにもかかわらず、その後なかなか受賞できずにいたのですが、2014年赤崎勇天野浩の両氏と共にノーベル物理学賞を受賞した人物です。

本人は本(「バカになれる男」が勝つ!)の中で、子育てには、田舎の方がよいのではという恩師のアドバイスが本人の子育て方針への思いの後押しとなり、当時内定が決まっていたカリスマ経営者の稲森氏のあの京セラを辞退して、中小企業に入社を決めたと書いてありました。本の中で当時を振り返り、全ての出来事はつながっていると解釈していて、京セラにいっていたら青色ダイオードの発見もなかったかもしれないと語っています。

社会人になる当時すでに結婚していて子供がいたことが決め手となったと書いてありましたが、なおさら大企業を選びそうですよね。

しかし、日本では、素晴らしい発明は下町の工場から生まれると昔からよく言われていることから思えば、日本の底力を信じたくなったりしています。

上述したような、中村氏のように会社に勤める従業者が会社の仕事として研究・開発した結果完成した発明を職務発明といい、特許法では、職務発明を行った従業者が、使用者に特許を受ける権利譲渡した場合は、使用者に対して、「相当の利益」を請求する権利を認めています。特許法の改正前は、上述の「相当の利益」は「相当の対価」といっていて、その相当の対価をめぐっては、以前から労使間で争いがありました。

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中には、上述の中村さんの青色ダイオードの事に関しては、当時の最高額となった職務発明の相当の対価の判決内容で話題になったため(本人請求通りの200億円が認められた。)そちらの方で覚えていた方もいらっしゃるかもしれません。実際私も、マスコミの労働事件の報道がきっかけで、中村さんという方が世界的に物凄い発明をしたということを知りました。

 

職務発明のモデル裁判例であるオリンパス光学工業事件(平成15年4月22日第三小法廷判決)は、旧特許法35条によれば、会社は、職務発明にかかる特許権等の受け継ぎについて勤務規則などに定めて、対価を支払うこと、その額や支払時期を定めることるも妨げられることがない(同条2項の反対解釈)が、 職務発明の承継に対する相当の対価について、勤務規則等に定められた額が支払われていたとしても、これによる対価の額が「相当の対価」に満たない場合には不足分の支払いを請求できることを最高裁として初めて示した判決であり、最近増大する職務発明に関する訴訟の嚆矢(こうし)となった判例として注目されています。 

事件の概要を簡単に説明すると、

光学機械製造会社に勤務していた従業員が、CD装置に必要なピックアップ装置を発明し、当該勤務会社の発明考案取扱規定に定められていた補償金合計21万1千円を支払われたが、会社が特許を受ける権利を譲り受けたことにより得た利益は多額であるとして、2億円の対価を請求した事案です。一審二審共に従業者側の主張を一部認めた形で相当の対価は250万円であるとされたため、会社側が上告しましたが、最高裁で棄却されました。

皆さん不思議に思ったことありませんか?

私は、現在の士業の仕事を始める以前は、法律知識に関しては自分の属する業界の知識としてほんの僅かしか知りませんでした。

ですから、会社従業員といえども、特許権というのは当然のように発明者が持っていて、会社から特許料しこたまもらっているんだろうと勝手に理解していたのです。

では、何故職務発明の場合、発明者は皆さんが思ったような多額の報酬を得ていない(得ていなかった)のでしょうか?

ひょっとして職務発明の場合、特許を受ける権利は発明者にはないからでしょうか?

そんな事はありません。

産業上利用することができる発明をした者は、特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明等一部の場合を除き、その発明について特許を受けることができる。(特許法29条1項)

としていて、会社従業員が職務上発明 を行った場合でも、特許を受ける権利は従業員個人に原始的に帰属します。

ですから、従業者等がこれを使用者等に承継させずに、自ら特許権を取得したり、特許を受ける権利を他の者に承継させることにより、発明の内容によっては多額の対価を得ることも、この規定の存在だけだと理屈上では可能となってしまうわけです。

発明について特許を受けた者(特許権者)は、その発明された物を他者を排除して独占的に生産したり使用したりすること(独占的実施)ができ、(特許法第68条)他の人は、原則としてその特許された発明(特許発明)を実施することはできないからです。

しかしそれだと、研究開発投資に多額の資金を投入してきた企業としてはたまったもんじゃありませんよね。

そこでそのような事態を避けるために、法35条1項は、従業員が行った発明が職務発明である場合で、その職務発明につき特許を受けたときや、職務発明について権利を承継した者が特許を受けたときは、通常実施権(特許を実施する権利)を有するとしているのです。この実施権については、無償であり、特許権者に対価を支払う必要はありません。

勿論、使用者側に無償の実施権があるからと言っても、職務発明をした従業員が特許を受ける権利を使用者に承継しないということも考えられます。

そして、通常実施権というのは、文字通り通常の実施権であり、専用実施権ではありませんから、企業側にとってあまりメリットがなく、グローバル競争に勝ち残っていくためにも使用者は、その特許について独占的に利用する必要があります。

そこで、現行法においても、法35条2項の反対解釈として、職務発明に限り、あらかじめ従業者の職務発明に関する権利を会社が譲り受けられるように勤務規則等により決めておくこと(予約承継)もできるとされているのです。

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実務上は「譲渡証書」という書面を差し入れてもらう予約承継の方法がとられることが多いようです。

従業者は、職務発明に関して特許を受ける権利や特許権を会社に譲渡したときは、会社から職務発明の社内貢献に応じた「相当の利益」旧法では「相当の対価」」)を受ける権利を有します。「法35条4項(旧同条3項)」

そこで、「相当の対価」(前述事件当時)とは、どのように判断されるのかが問題になってくるわけですが、前述の職務発明のモデル裁判例であるオリンパス光学工業事件当時の旧法(昭和34年法)35条4項では、

前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及び その発明がされるについて使用者等が貢献した程度考慮して定めなければならない。

とされていました。

 柳澤 旭教授の文献

「労働法と知的財産法との交錯日亜化学工業事件 ( 青色発光LED 特許権 )判決 ( 東京地裁平成 14年 9 月19日判決 , 東京地裁平成 16年 1 月30日 判決)を契機として 一 のなかに、中山信宏著 『 発明者権の研究』 (1987年, 東京大学出版会

の引用を用いて

わが国特許法35条の沿革をみるに , 職務発明については , 別段の定めがない限り, 使用者に発明に関する権利が帰属するとされ , 労働者は何らの報償請求権がないとされていて , 現行法とは全く逆の立場であったが、その後の改正を経て現行の規定となったものである。 このことは,労働者の発明が ,当時の労使関係 , 雇用関係のなかで事実上 ,使用者の優位のもとに処理されていたことを物語る 。

ということが書いてありました。

使用者が従業員の同意を得ないまま定めた職務発明規定等 も, 特許法35 条にいう 「勤務規則その他の定」に該当するとされていました。

以前の記事でも書いたように、使用者と労働者とでは、労働契約関係の中では圧倒的に使用者側の方が強い立場にあります。従って、上記最高裁判決がなされるまでは、

(場合によっては、上記判決以降でさえ、)使用者が勤務規則等に定めることのできる相当の対価の額は、労働者側にとって低く設定されていたということが上記文献の中の特許法35条の沿革からも覗えますよね。

上記引用した文献はさらに、相当の対価の額について ,

これまでの 裁判例にみるかぎり,会社規定に基づく報償額が低すぎるとされて , より高額の支払いが命じられている。

ということを指摘しています。

使用者が 従業員の同意を得ないまま定めた職務発明規定等 も, 特許法 35 条 に い う 「勤務規則その他の定」に該当する ことの問題について、同事件の控訴審判決(東京高裁平成13年5月22日判決)は、

使用者等は職務発明等に係る特許権等の承継等に関しては同項(特許法35条2項)の「勤務規則その他の定め」により、一方的に定めることができるものの、「相当の対価」の額についてまでこれにより一方的に定めることはできないものと解するのが相当である。これは、特許法35条の文言及び構文上明らかであり「相当の対価」の具体的額を当該権利に関する義務者である使用者等が一方的に定め得るとすれば法律上、むしろ異常な状態というべきである。(中略)特許法35条3項、4項は強行規定であるから、上記定めがこうれらに反することができないことは明らかである。従って・・・・・・従業者等は、上記定めに基づき使用者等が算出した額に拘束されることなく、同項による「相当な対価」を使用者等に請求することができるものと解するのが相当である。

としています。

 以上説明してきたように、日本の特許法の過去の沿革からして日本独特の雇用慣行が、会社従業員が職務発明をしても皆さんが想像していた様には多額の報酬が出ていなかったことに多少なりとも影響していたのは確かだと思います。

しかし、上記最高裁判例をきっかけに、労働者の職務発明に対する「相当の対価」が、高額化して認容されだしたこともあり、使用者側は、勤務規則等に定めた額を支払っていても訴訟を起こされるリスクの予見可能性が判断できず、産業界から、労使間の私的自治をもっと尊重できるような法35条の改正要望が高まり、そのような要望にできるだけこたえられる様な形で平成16年、平成27年と法35条の改正が行われています。

今回の記事は以上で終了です。次回は、最新の改正内容について簡単に説明したいと思います。

 

*1:平成27年7月10日に職務発明制度の見直しを含む特許法等の一部を改正する法律」平成27年法律第55号)が公布、平成28年4月1日に施行された。

*2:勤務規則等には ,労働契約労働協約就業規則その他 , 使用者の定める職務発明規定が含まれ る 。