精神障害の労災認定について その3 悪用厳禁!「君ならできるよ」
前回は、精神障害が労災認定される(対象疾病に業務起因性が認められる)ための3つの要件について説明しました。
精神障害が労災認定されるための1番目の要件は、対象疾病を発病していることが必要であることは前回説明した通りですが、精神疾患の性質上、その発病の有無等の判断に当たっては、対象疾病の発病の有無、発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断がある ことが必要であるとされています。
その発病の有無等の判断における 対象疾病の発病の有無、発病時期及び疾患名は、「ICD-10 精神および 行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」に基づき、主治医の意見書や診療録等の関係資料、請求人や関係者からの聴取内 容、その他の情報から得られた認定事実により、医学的に判断されるとされています。
今回の記事は、認定基準の2番目の要件を客観的に評価するための指標として用いられる認定基準の別表1「業務による心理的負荷評価表」を中心に説明していきたいと思います。
労災認定が認められるための2番目の要件は、「対象疾病の発病前おおむね6カ月間の間に業務による強い心理的負荷が認められること」です。
対象疾病の発病の原因となった心理的負荷を「強」、 「中」、「弱」の三段階に区分した上述の別表1「業務による心理的負荷評価表」を指標にその心理的負荷の程度を客観的に判断していくことになるのですが、ここでは、「強」と判断されなければなりません。
別表1については、どんな内容で構成されているのかというと、
心理的負荷を伴う業務上の出来事を、特別な出来事と特別な出来事以外の出来事に分けて検討する視点で作成されています。
従って、別表1には
A.極度に心理的負荷が強い認められる出来事と極度の長時間労働の2つの類型化ごとにその具体的判断基準を記載した「特別な出来事」の表
B.上記特別の出来事以外の具体的出来事の心理的負荷の程度を客観的に評価するための表
C.特別な出来事以外の出来事の心理的負荷の程度を総合評価する際に、その総合評価を強める要素を考慮するための要素を記載した総合評価における共通事項の欄
考慮要素は
㋐出来事後の状況の評価に共通の視点と
㋑恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価の視点
に分けて記載されている
以上のように別表1は、上記A,B,Cの欄の大きく3つで構成されています。
以上の指標を使い、対象疾病発病前おおむね6カ月の間に起こった出来事を当てはめたり、或いは、総合評価の考慮要素による考慮をしていき、心理的負荷の「強」「中」「弱」の評価を行っていくということになります。
その様に評価していき、心理的負荷の総合評価が「強」と認められると認定基準の2番目の要件を満たしたものとされるのです。
手順としては、まず、対象疾病発病前おおむね6カ月の間に起こった出来事が、上記Aの特別の出来事に該当していないかを検討し、表の極度に心理的負荷が強い認められる出来事か極度の長時間労働に該当していれば、それだけで心理的負荷は「強」と判断されます。
言葉に極度とついているということは、相当酷いということです。
日本人は根性がありますからね。相当酷いとはどんな状態だろうとつい思ってしまうのですが、認定基準の考えでいけば、同種の労働者が、心理的負荷が「強」になるのは、当たり前な出来事ということになるんでしょうね。
極度な出来事の例では、業務上に関連して、自分や他人の生命を危険にさらすような重大な怪我をした(負わせた)経験などが挙げられています。
極度の労働時間では、1カ月当たり160時間を超える時間外労働(ここでの時間外労働とは、1週間当たり40時間を超える労働をいっています)、1カ月に満たない期間に関しては、それと同程度の時間外労働(例では3週間におおむね120時間以上)を行った場合とあります。1日平均にならすと毎日7時間~8時間を超える時間外労働ということになりますよ。
夕方6時終了の会社だと最低でも毎日夜中の1時2時までの残業が必要ということです。 同種の労働者とはどんな人を基準にしてるんでしょうね。
まともに残業代払われたら、給料はいくらになるのかなぁと思ってしまいましたけど、単純計算すれば毎月給与の2倍以上はもらえる計算になります。
いずれも、極度の出来事ですので、該当する人は少ない(?)かもしれません。
そこで、その特別の出来事がない場合の評価が重要になってくるわけですが、それが次の手順以降の評価になってきます。
ここでは、上記のBとCの表を使用することになります。
上記に記載したB(本ブログ記事上の記号で別表で表示されている記号ではない)の表は、次のような内容の構成となっています
(表B)
1.出来事の類型欄:業務上起こりうる様々な出来事を、類型化してまとめたもの
2.具体的出来事とその出来事の平均的心理的負荷の強度:上記1で類型化された項目に属する具体的出来事の例とその出来事の平均的心理的負荷を強度の強い順番にⅢ、Ⅱ、Ⅰという形で表している。
3.心理的負荷の総合評価の視点および心理的負荷を「強」「中」「弱」と判断するための具体例:事実関係が上記2の具体例に合致しない場合に、「総合評価における共通 事項」(ブログ上の表C)とともに用い、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに総合評価するための視点とその視点に基づいた強度別の具体例を記載した欄
評価の手順としては、
⑴発病前おおむね6か月の間に認められた業務による出来事が、上記表B-2の 「具体的出来事」のどれに該当するかを判断します。ただし、実際の出来事 が上記表B-2の「具体的出来事」に合致しない場合には、どの「具体的出来事」 に近いかを類推して評価することになります。
出来事が、表の「具体的出来事」や「出来事後の状況」に合致している場合は、表には具体的出来事の平均的心理的負荷を強度の強い順番にⅢ、Ⅱ、Ⅰという形で表しているのでその強度で評価します。
⑵事実関係が具体例に合致しない場合には、「具体的出来事」ごとに示 している「心理的負荷の総合評価の視点」(表B-3)及び「総合評価における共通 事項」(表C)に基づき、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価することになります。
病発病前6カ月の間に起こった心理的負荷のかかる出来事というのは一つとは限らないですよね。そこで、出来事が複数ある場合の全体評価の考え方が認定基準では定められています。
⑶出来事が複数ある場合の全体評価の考え方としては、①複数の出来事が関連して生じた場合と②関連しない複数の出来事が生じた場合に分けて検討する必要があります。
①複数の出来事が関連して生じた場合
原則、最初の出来事を「具体的出来事」とし て表Bに当てはめ、関連して生じた各出来事は出来事後の状況と見做す方法により、全体を1つの出来事とし て評価します。
②関連しない複数の出来事が生じた場合
主としてそれらの出来事の数、各出来事の内容(心理的負荷 の強弱)、各出来事の時間的な近接の程度を元に、その全体的な心理的 負荷を評価します。
具体的には
複数の出来事の中に心理的負荷の程度「強」が1つでもあれば他の出来事が「中」や「弱」であっても全体評価は「強」となります。
複数の出来事の中に心理的負荷の程度「中」が2つ以上ある場合は、他の出来事が「弱」であっても全体評価は、「強」か「中」となります。
「中」が1つしかない同様のケースでは、全体評価は「中」となります。
注意していただきたいのが次です。
「弱」はいくら集まっても、全体評価は「弱」のままです。
最後の「弱」がいくら積重なっても「弱」のままというのは、”塵も積もれば山となる”
と思っていたのでほんの少しショックを受けました。
しかし、精神的苦痛を伴うような「弱」の出来事が積み重なる場合を考えると、苛めとかセクハラ・パワハラが繰り返されることが懸念されますが、そのことについては認定基準でも出来事の評価の留意事項の中で、次のように述べています。
いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるもの については、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病 前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を 評価の対象とすること。
私なり個人的見解として、上記留意事項を検討してみるに、例えば、対象疾病の発病前おおむね6カ月の間に、心理的負荷「弱」の苛め、「弱」のセクハラ、「弱」パワハラが生じていたとしても、関連しない複数の「弱」の出来事が集まっただけですので、認定基準通りの評価をすると全体評価は「弱」にしかならないことになります。しかし例に挙げたこれらの行為の性質上、場合によっては、それらは一連の行為の流れの中で行われる可能性は大いにあり得ると思います。従って、6カ月より前より遡ってそれらの行為がいくつか点在している場合には、それらの行為の開始時からのすべての行為を評価の対象とするとしていると考えてよいと思います。
以上のように、特別の出来事と特別の出来事以外の出来事でそれぞれの出来事について総合評価を行い、 いずれかの出来事が「強」の評価となる場合は、業務による心理的負荷を 「強」と判断することになります。
但し、対象疾病の発病前おおむね6カ月の間の業務による心理的負荷の程度が「強」と判断されても、つまり出来事自体が認定基準の2番目の要件を満たしたとしても、対象疾病の発病の原因となっていなければ、労災認定されません。
明らかに業務以外の心理 的負荷や個体側要因によって発病したと認められる場合には、業務起因性が否定 されることになります。
参考までに、最高裁も次のような立場をとっています
業務と業務に関連のない基礎疾患が協働して当該疾病が発症した場合において、業務起因性が肯定されるには、業務に内在ないし通常随伴する危険が当該疾病の発症に相対的に有力な原因となったと認められることが必要であって、単に業務が当該疾病の誘引ないしきっかけに過ぎないと認めれる場合は、業務起因性は認められないと解するのが相当である。
そこで、次の手順として、
業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断を行うことにより認定基準の3番目の要件である「業務以外の心理的負荷及び個体側要因に より対象疾病を発病したとは認められないこと」の基準を満たすかの検討に入ることになります。
2番目の要件評価の際には別表1の指標を用いましたが、
この3番目の要件評価には「業務以外の心理的負荷評価表」という別表2の指標を用い次に掲げた基準を満たすかを検討していくということになります。
① 業務以外の心理的負荷及び個体側要因が認められない
② 業務以外の心理的負荷又は個体側要因は認められるものの、業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない
別表2「業務以外の心理的負荷評価表」にはどんな内容が記載されているかというと、対象疾病の発病前おおむね6カ月の間の業務以外の出来事の具体例とその出来事ごとの平均的な心理的負荷の程度を強度の強い順番に「Ⅲ」、「Ⅱ」又は「Ⅰ」に区分しただけの別表1を簡素化したような表になっています。
3番目の要件を満たすためには上記①、②のいずれかを満たす必要があるわけですが、
対象疾病発病前おおむね6カ月間に
ア.出来事が確認できなかった場合は、上記①に該当するものと取り扱う。
イ.強度が「Ⅱ」又は「Ⅰ」の出来事しか認められない場合は、原則として 上記②に該当するものと取り扱う。
ウ. 「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事のうち心理的負荷が特に強いものが ある場合 や、「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事が複数ある場合等につい ては、それらの内容等を詳細に調査の上、それが発病の原因であると判断 することの医学的な妥当性を慎重に検討して、上記②に該当するか否かを 判断する。
とされています。
つまり業務以外の心理的負荷や個体側要因の評価の際に問題となるのは、強度「Ⅲ」の場合であることが原則になります。強度「Ⅲ」となる出来事の例として、別表2に
ことなどが例示されています。
先ほども説明した通り、出来事自体が認定基準の2番目の要件を満たしたとしても、対象疾病の発病の原因となっていなければ、労災認定されません。
そのためには、上記②の
「業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できないこと」という要件を満たす必要があります。
認定基準では
業務による強い心理的負荷が認められる事案であっても、個体側要因によって発 病したことが医学的に見て明らかな場合としては、例えば、就業年齢前の若 年期から精神障害の発病と寛解を繰り返しており、請求に係る精神障害がそ の一連の病態である場合や、重度のアルコール依存状況がある場合等がある。
とされています。
以上説明したような手順で、評価していき上記①、②の要件を満たすと、「強」と評価された対象疾病発病前おおむね6カ月の間に生じた業務による心理的負荷に業務起因性が認められ労災認定されることになります。
認定基準の3つの要件の流れをまとめると、
1番目の要件は対象疾病を発病しているということが必要です。
次に2番目の要件、
対象疾病の発病前おおむね6カ月間の間に業務による強い心理的負荷が認められることが必要です。
その心理的負荷の程度の判断には、認定基準の別添の(別表1)「業務による心理的負荷評価表」を指標として、その強度を「強」、 「中」、「弱」の三段階に区分することにより行われることになります。
当然、強い心理的負荷が要件なので、ここで、「強」と判断されなければなりません。そして、その「強」と判断された心理的負荷により発病した疾病が、次の、3番目の要件である「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認め られないこと」という要件を満たすと、その精神障害に業務起因性が認められる、つまり労災認定されるということになります。
通常は、今まとめた流れになるのですが、問題は、既往症のある者の精神障害が悪化した場合の取扱いです。
何故問題なのかというと、通常の流れで行けば、業務以外の心理的負荷や個体側要因が対象疾病の発病の原因でなければ、上記の通り、心理的負荷が「強」であればよいわけです。しかし、既往の精神障害が悪化したと認めらようとした場合は、そういう訳にはいかないわけです。
認定基準によると
悪化の前に強い 心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが 当該悪化の原因であるとまで判断することはできず、原則としてその悪化につ いて業務起因性は認められない。ただし、別表1の「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむ ね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認め られる場合については、その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因 であると推認し、悪化した部分について、労働基準法施行規則別表第1の2第 9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
とされているからです。つまり、強度「強」より強い心理的負荷である「特別の出来事」がないと業務起因性が認められないということになります。
今回のテーマの基礎となっている事件についても、新聞ではそのことに対して問題提起されていました。新聞の伝える事実関係によると、被害者の男性は、
上司の叱責もあり2010年6月ごろ(事件は、同年8月20日)心の病の適応障害を発症していたと認定したが、適応障害を患う前の負荷のレベルを「中」と判断、同年7月以降の人事部による面談を「退職強要」にあたると指摘し、この際の心理的負荷レベルは「強」と判断され、どちらも認定基準を満たさないとされた。
ということです。
今回の事件の被害者の場合、適応障害を患う前の心理的負荷は、上司の叱責で、別表1の心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例に合致し、その強度は「中」となりますので、認定要件の2番目の要件を満たせません。
いや、ちょっと待って!!
「貴方は前回の記事で、業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合、原則、労災認定されると書いていたでしょう」
と思われたかもしれませんよね。
正式には、認定基準では自殺について次のように記載されています。
業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと 認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選 択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著 しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。
しかし、残念ながら、被害者の患ったとされる適応障害については、
ICD10コード:F43-11(重度ストレスへの反応及び適応障害 )に分類されているので、認定基準の自殺の対象疾病には含まれないのです。
つまり、その後、退職勧奨があったとしても、その退職勧奨の心理的負荷が現行基準で「強」である以上は、その出来事の心理的負荷により、対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認め られる場合には該当せず、労災認定されないということです。
今回の事件は、自殺事案なので、専門部会意見による判断事案となります。
主治医の意見に加え、地方労災医員協議会精神障害等 専門部会に協議して合議による意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する事案ということです。
(Q&A)
Q.当社では、長時間労働がよく行われているのですが、うつ病になってしまったら、その長労働時間だけでは労災認定されないのですか?
A.労働時間に関しては、基準で3つに場合分けされています。ア. 極度の長時間労働による評価 イ .長時間労働の「出来事」としての評価 ウ. 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価 です。今回の記事でもお伝えした通り、アに該当する、つまり
極度の時間外労働の場合(発病直前1カ月おおむね160時間超や発病直前3週間おおむね120時間以上)は、その出来事だけで「強」となります。
イの場合ですが、長時間労働そのものを出来事としてとらえることはしますが、対象は、発病前1カ月から3カ月前の長時間労働で、別表1の項目16(1カ月に80時間以上の時間外労働を行った)で評価します。本件ブログ上は、表Bの項目16のいうことです。
「強」となるのは、(発病直前2カ月連続おおむね120時間超や発病直前3カ月連続おおむね100時間以上)の時間外労働があった場合です。
ウの場合は、長時間労働自体を出来事とはとらえずに、心理的負荷の強度を修正する要素としています。
「強」となる例としては出来事の前後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合とされています。
以上で、今回のテーマ精神障害の労災認定についてを終了いたします。
参考までに
厚生労働省 みんなのメンタルヘルス総合サイトの適応障害を調べてみました。
適応障害自体については、それほど深刻な心の病ではなくストレスとなる状況や出来事がはっきりしているので、その原因から離れると、症状は次第に改善するそうです。
ICD-10の診断ガイドラインを見ると、「発症は通常生活の変化やストレス性の出来事が生じて1カ月以内であり、ストレスが終結してから6カ月以上症状が持続することはない」とされています。
しかし、うつ病となるとそうはいかないことがあります。環境が変わっても気分は晴れず、持続的に憂うつ気分は続き、何も楽しめなくなります。これが適応障害とうつ病の違いです。持続的な憂うつ気分、興味・関心の喪失や食欲が低下したり、不眠などが2週間以上続く場合は、うつ病と診断される可能性が高いでしょう。
しかし適応障害と診断されても、5年後には40%以上の人がうつ病などの診断名に変更されています。つまり、適応障害は実はその後の重篤な病気の前段階の可能性もあるといえます。
皆さん、できるだけ仕事はやりがいを持って楽しくやりましょう。
ダンケネディのブログにおもしろい記事がありました。
https://direct-connect.jp/knowledges/472