緊急報告 東京高裁判決 「弱」はいくら集まっても「弱」が結論?

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以前の記事で取り上げた、某大手企業の若手男性従業員の自殺に対する労災認定をめぐって争われていた事件に対する、高裁判決が東京高等裁判所で昨日の2月22日に下されました。

結果は、遺族の無念を晴らすことはできず、労災が認められませんでした。

一審の時は、一部暴言や退職強要の事実を認めたものの、その心理的負荷が労災の認定基準に不足するという判断だったのに対し、今回は、「退職強要そのものがなかった」というのが、遺族側敗訴の理由とされています。

遺族側は上告するとしています。

以前の記事で、被害者男性は、6歳の時に脳腫瘍が見つかり左半身に障害を残した経験があり、認定基準の業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断において何らかの影響を与えた可能性もあるということを書きました。

簡単に精神障害の労災認定についておさらいすると、精神障害についても労災認定、つまり業務災害と認められるためには、業務起因性が必要なのですが、当該疾病の性質上、対象疾病の発病に至る原因の考え方については、「ストレ ス-脆弱性理論」に依拠しているとされているため、この業務起因性の判断が非常に難しいとされているということを前回までにお話ししました。

従って、 

現在の心理的負荷による精神障害の労災請求事案の業務上外の判断については、
心理的負荷による精神障害の認定基準」(H23.12.26 基発1226 第 1 号 )
により行われていますが、その基準の中では、強い心理的負荷とは、(中略)同種 の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいうとされています。

 通常の流れで行けば、業務以外の心理的負荷や個体側要因が対象疾病の発病の原因でなければ、心理的負荷「強」であれば対象疾病に業務起因性が認められることになるのですが、既往の精神障害が悪化したと認められようとした場合は、心理的負荷が「強」では業務起因性が認められず、更に強度の強い「特別の出来事」が必要となります。

そのことが、現在の精神障害の労災認定基準の欠点であると指摘する声もあり、今回の事件でも争点となっていたわけです。

対象疾病の「ストレス‐脆弱性理論」に依拠しているという性質上、既往症が自然の経過を超えて著しく悪化したと認められることが客観的に必要というのが、「特別の出来事」が必要とされている理由です。

しかし、実は、本件一審判決の3週間前に、似たような事案として、既往症のある被害者に対して、この「特別の出来事」が無くても、労災認定を認めた判断を下した裁判があるということで、今回の事件との対比で至る所で引用されています。

(遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件 平成28年12月1日判決言渡 名古屋高等裁判所

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/559/086559_hanrei.pdf

事件の概要は、

夫であるAが自殺したのは株式会社Bにおける過重な業務に起因するものであると主張して,岐阜労働基準監督署長に対して,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という )による遺族補償給付及 び葬祭料の支給を請求したところ,平成23年9月27日付けでいずれについても支給しない旨の処分(以下「本件各不支給処分」という )を受けたことから,本件各不支給処分の取消しを求めたことに対し、遺族側の主張が認められたため、会社側が一審判決の取り消しを求め、控訴した。

という内容です。結果としては、一審判決と同様会社側が敗訴しています。

裁判長は、判決の中で、「ストレス‐脆弱性」論に基づく、既往症と「特別な出来事」との関係について、次のように述べて、特別な出来事がなければ一律に業務起因性を否定することについて、疑問があると指摘しています。

(前略)Y医師は,精神障害を発病している者は生活の中で遭遇する些細な出来事にも過大に反応する傾向があり,生物学的要因による精神障害の自然的悪化等も含め,精神障害の病状が揺れ動きながら推移しているで、たまたま業務において「強い心理的負荷」に遭遇したからといって,それが悪化の有力原因であるとは,医学的根拠をもって断定できず精神障害を発病していない者に比べ,個体の反応性,脆弱性(個体側要因)の割合が大きくなっているから,個体側要因の方が相対的に有力であると判断されると指摘する。確かに,精神障害を発病していない者に比較して精神障害を発病している者の個体側要因は大きくなることが認められ,業務における「強い心理的負荷」に遭遇した場合に,それが悪化の有力原因であると医学的に断定できないとしても,個体側要因との比較において,直ちに,かつ,一律に個体側要因の方が相対的に有力であるとの結論を導くことができるかについては疑問があるといわなければならない。業務における「強い心理的負荷」も,健常者を精神障害の発病に至らせるだけの強い起因性を有する事情だからである。その意味では,精神障害を発病している者であっても,少なくとも「特別な出来事」があれば,これを悪化の原因であると推認することができるという点では,迅速かつ公正な業務上外の審査を行うために策定された認定基準としての意義があるが,逆に,認定基準が,健常者において精神障害を発病するような心理的負荷の強度が「強」と認められる場合であっても 「特別な出来事」がなければ一律に業務起因性を否定することを意味するのであれば,このような医学的知見が精神科医等の専門家の間で広く受け入れられていると認められないことは,補正して引用した原判決が説示するとおりであり,上記のような疑問あるいは「特別な出来事」がなければ一律に業務起因性を否定することは相当ではないとの考え方は,認定基準の策定に際しての専門検討会での議論の趣旨にも合致すると解される。


しかし,既に精神障害を発病(専ら業務外の心理的負荷により発病した場合を含む )している者が,業務において,健常者を精神障害の発病に至らせるだけの「強い心理的負荷」に遭遇し,既に発病していた精神障害が悪化した場合に,原則として業務に内在する危険の現実化(業務起因性がある)と捉え,相当因果関係が あるとまでいえるかは議論の余地があり当該業務上の心理的負荷の程度,業務外の心理的負荷の有無・程度,個体側の要因等を総合的に検討して,相当因果関係の有無を判断するのが相当と考えられる。そして,本件では,上記のとおり,うつ病発病後の業務における心理的負荷の強度の総合評価は「強」であり,それ自体,業務に内在する危険を現実化させるに足りるものであったこと,Aにとって,うつ病の悪化の原因となる業務以外の要因による心理的負荷は特に認められず,業務以外の些細な出来事に過剰に反応したとの事情も認められないこと,Aのうつ病の発病に業務起因性は認められないとしても,Aのうつ病はBにおける業務と全く無関係に発病したものと認められないことは,補正して引用した原判決が認定するとおりであり,むしろ,うつ病を発病するまでにAに認められた業務における心理的負荷が決して小さくなかったことからすれば,Aに脆弱性が認められるとしても,その程度は小さいものと推認されるし,うつ病を発病したことによってAの脆弱性が増したとしても,それは一面において業務に由来する部分があるともいえることを指摘することができ,これらの事情を総合考慮すれば,Aの業務による心理的負荷とAのうつ病が悪化して自殺を図り死亡したこととの間には相当因果関係を認めるのが相当である。

 控訴人(Y医師及びZ医師の上記見解も含む )は 「特別な出来事」が 存在しなければ,精神障害を発病した後の症状の悪化に業務起因性は認められないとの前提に立って,Aにうつ病の悪化が認められるとしても,それは自然経過の範囲内である 自然的悪化である 旨主張するが 上記のとおり業務における「強い心理的負荷」に遭遇した場合,個体側要因との間で,直ちに,かつ,一律に個体側要因の方が相対的に有力であるとの結論を導くことができるかについては疑問がある上,本件におけるAのうつ病が業務と無関係に発病したものではなく,その後も,心理的負荷の強度が総合評価で「強」と評価することができる業務が継続し,Aのうつ病が悪化して自殺を図り死亡するに至ったことを踏まえれば 「特別な出来事」がなければAのうつ病の悪化による自殺に業務起因性を認めないとすることは,かえって,労災保険制度の趣旨に反する結果を招くということもできる。そうすると,本件において「特別な出来事」を要件とする認定基準に依拠して,Aのうつ病の悪化及び自殺の業務起因性を否定する控訴人の主張は,採用することができない。

 以上のように、既往症を持つ労働者に労災認定が認められるためには、必ず、「特別な出来事」が必要ということまではできないとしています。

では、何故、今回、上記判例から3週間後の判決につづき、昨日の高裁判決でも同様な判断がなされなかったのでしょうか?

遺族側も、上記判例を基に争ったとしていますが、裁判所は今回の事件と判例の事件につていは、その内容が相違するとして遺族側の主張を退けたということです。

どういうことかというと、

個人的見解としては、今回の記事の前半でも説明した、被害者個人の労働者が出来事をどう受け止めたかではなく、同種の労働者がどのように受け止めるかにより心理的負荷の程度を評価することが客観的評価に資するという基準の考え方により判断が分かれたのではないかと思っています。

どれだけの違いがあるかは、今回の事件の詳細がわからないため私も不思議ですが、

上述の控訴審判決判例の原審でも、次のように述べて労働者側の主張を認めています。

Aのうつ病は質的にも量的にも過重な労働に従事する中で増悪し,Aの心理的負荷は,同種の平均的労働者によっても一般に精神障害を発病して死亡に至らせる危険性を有するものであったといえるから,Aの業務による心理的負荷とAがうつ病の増悪により自殺を図り死亡したこととの間に相当因果関係を認めるのが相当であり,Aの自殺による死亡には業務起因性が認められる。

今回の事件の高裁判決が、一審判決と違い、「退職強要はなかった」と結論付けたということが、その基準から導かれた可能性が高いと思います。

最後になりましたが、参考までに、現代的な疾病である過労死や過労自殺の事例ではありますが、興味深いことが書いてあった本の内容を紹介します。

現代的な疾病である過労死や過労自殺の事例の場合、因果関係の「一般人」とは、同僚労働者であるとする考え方を認定基準に導入しています。しかし、最高裁判所は、第一義的には、「労働者本人」の事情を重し、まず「労働者本人」が受けたストレスなどを労働者本人の立場で打撃が通常から強かったか否かで判定する態度をとるようになりました。

 (「最新 労働災害実務ガイドブック」 弁護士 新川晴美著 日本法令

遺族側は、上告の構えなので、逆転の可能性もあるかもしれませんね。