職務発明 その1 発明は下町が有利?
車を運転していると最近では当り前のように目にするようになった、青色ダイオード素材を利用した信号機。反射が無くていつもきれいな信号機ができたなぁと思いながら信号待ちしたりしています。 グーグルで調べてみると、発光ダイオードを信号機に使用した場合、
- 電球を交換する必要がない(フィラメントが切れない)
- 朝日や夕日が当たっていても認識しやすい
- 消費電力が少ない
という特徴があり、初期費用がかかるけれど、今後大いに普及していくだろうと書いてありました。
少年のような心を持った経営者の方達、特にモノづくりに魅惑されている経営者の方達なら誰が発明したかご存知ですよね。
現在カルフォルニア州サンタバーバラ校で教授をされている、中村修二さんで当時から「ノーベル賞に最も近い男」と言われていたにもかかわらず、その後なかなか受賞できずにいたのですが、2014年に赤崎勇・天野浩の両氏と共にノーベル物理学賞を受賞した人物です。
本人は本(「バカになれる男」が勝つ!)の中で、子育てには、田舎の方がよいのではという恩師のアドバイスが本人の子育て方針への思いの後押しとなり、当時内定が決まっていたカリスマ経営者の稲森氏のあの京セラを辞退して、中小企業に入社を決めたと書いてありました。本の中で当時を振り返り、全ての出来事はつながっていると解釈していて、京セラにいっていたら青色ダイオードの発見もなかったかもしれないと語っています。
社会人になる当時すでに結婚していて子供がいたことが決め手となったと書いてありましたが、なおさら大企業を選びそうですよね。
しかし、日本では、素晴らしい発明は下町の工場から生まれると昔からよく言われていることから思えば、日本の底力を信じたくなったりしています。
上述したような、中村氏のように会社に勤める従業者が会社の仕事として研究・開発した結果完成した発明を「職務発明」といい、特許法では、職務発明を行った従業者が、使用者に特許を受ける権利を譲渡した場合は、使用者に対して、「相当の利益」を請求する権利を認めています。特許法の改正前は、上述の「相当の利益」は「相当の対価」といっていて、その相当の対価をめぐっては、以前から労使間で争いがありました。
中には、上述の中村さんの青色ダイオードの事に関しては、当時の最高額となった職務発明の相当の対価の判決内容で話題になったため(本人請求通りの200億円が認められた。)そちらの方で覚えていた方もいらっしゃるかもしれません。実際私も、マスコミの労働事件の報道がきっかけで、中村さんという方が世界的に物凄い発明をしたということを知りました。
職務発明のモデル裁判例であるオリンパス光学工業事件(平成15年4月22日第三小法廷判決)は、旧特許法35条によれば、会社は、職務発明にかかる特許権等の受け継ぎについて勤務規則などに定めて、対価を支払うこと、その額や支払時期を定めることるも妨げられることがない(同条2項の反対解釈)が、 職務発明の承継に対する相当の対価について、勤務規則等に定められた額が支払われていたとしても、これによる対価の額が「相当の対価」に満たない場合には不足分の支払いを請求できることを最高裁として初めて示した判決であり、最近増大する職務発明に関する訴訟の嚆矢(こうし)となった判例として注目されています。
事件の概要を簡単に説明すると、
光学機械製造会社に勤務していた従業員が、CD装置に必要なピックアップ装置を発明し、当該勤務会社の発明考案取扱規定に定められていた補償金合計21万1千円を支払われたが、会社が特許を受ける権利を譲り受けたことにより得た利益は多額であるとして、2億円の対価を請求した事案です。一審二審共に従業者側の主張を一部認めた形で相当の対価は250万円であるとされたため、会社側が上告しましたが、最高裁で棄却されました。
皆さん不思議に思ったことありませんか?
私は、現在の士業の仕事を始める以前は、法律知識に関しては自分の属する業界の知識としてほんの僅かしか知りませんでした。
ですから、会社従業員といえども、特許権というのは当然のように発明者が持っていて、会社から特許料をしこたまもらっているんだろうと勝手に理解していたのです。
では、何故職務発明の場合、発明者は皆さんが思ったような多額の報酬を得ていない(得ていなかった)のでしょうか?
ひょっとして職務発明の場合、特許を受ける権利は発明者にはないからでしょうか?
そんな事はありません。
産業上利用することができる発明をした者は、特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明等一部の場合を除き、その発明について特許を受けることができる。(特許法29条1項)
としていて、会社従業員が職務上発明 を行った場合でも、特許を受ける権利は従業員個人に原始的に帰属します。
ですから、従業者等がこれを使用者等に承継させずに、自ら特許権を取得したり、特許を受ける権利を他の者に承継させることにより、発明の内容によっては多額の対価を得ることも、この規定の存在だけだと理屈上では可能となってしまうわけです。
発明について特許を受けた者(特許権者)は、その発明された物を他者を排除して独占的に生産したり使用したりすること(独占的実施)ができ、(特許法第68条)他の人は、原則としてその特許された発明(特許発明)を実施することはできないからです。
しかしそれだと、研究開発投資に多額の資金を投入してきた企業としてはたまったもんじゃありませんよね。
そこでそのような事態を避けるために、法35条1項は、従業員が行った発明が職務発明である場合で、その職務発明につき特許を受けたときや、職務発明について権利を承継した者が特許を受けたときは、通常実施権(特許を実施する権利)を有するとしているのです。この実施権については、無償であり、特許権者に対価を支払う必要はありません。
勿論、使用者側に無償の実施権があるからと言っても、職務発明をした従業員が特許を受ける権利を使用者に承継しないということも考えられます。
そして、通常実施権というのは、文字通り通常の実施権であり、専用実施権ではありませんから、企業側にとってあまりメリットがなく、グローバル競争に勝ち残っていくためにも使用者は、その特許について独占的に利用する必要があります。
そこで、現行法においても、法35条2項の反対解釈として、職務発明に限り、あらかじめ従業者の職務発明に関する権利を会社が譲り受けられるように勤務規則等により決めておくこと(予約承継)もできるとされているのです。
実務上は「譲渡証書」という書面を差し入れてもらう予約承継の方法がとられることが多いようです。
従業者は、職務発明に関して特許を受ける権利や特許権を会社に譲渡したときは、会社から職務発明の社内貢献に応じた「相当の利益」(旧法では「相当の対価」」)を受ける権利を有します。「法35条4項(旧同条3項)」
そこで、「相当の対価」(前述事件当時)とは、どのように判断されるのかが問題になってくるわけですが、前述の職務発明のモデル裁判例であるオリンパス光学工業事件当時の旧法(昭和34年法)35条4項では、
前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及び その発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。
とされていました。
柳澤 旭教授の文献
「労働法と知的財産法との交錯 一 日亜化学工業事件 ( 青色発光LED 特許権 )判決 ( 東京地裁平成 14年 9 月19日判決 , 東京地裁平成 16年 1 月30日 判決)を契機として 一 」のなかに、中山信宏著 『 発明者権の研究』 (1987年, 東京大学出版会)
の引用を用いて
わが国特許法35条の沿革をみるに , 職務発明については , 別段の定めがない限り, 使用者に発明に関する権利が帰属するとされ , 労働者は何らの報償請求権がないとされていて , 現行法とは全く逆の立場であったが、その後の改正を経て現行の規定となったものである。 このことは,労働者の発明が ,当時の労使関係 , 雇用関係のなかで事実上 ,使用者の優位のもとに処理されていたことを物語る 。
ということが書いてありました。
使用者が従業員の同意を得ないまま定めた職務発明規定等 も, 特許法35 条にいう 「勤務規則その他の定」に該当するとされていました。
以前の記事でも書いたように、使用者と労働者とでは、労働契約関係の中では圧倒的に使用者側の方が強い立場にあります。従って、上記最高裁判決がなされるまでは、
(場合によっては、上記判決以降でさえ、)使用者が勤務規則等に定めることのできる相当の対価の額は、労働者側にとって低く設定されていたということが上記文献の中の特許法35条の沿革からも覗えますよね。
上記引用した文献はさらに、相当の対価の額について ,
これまでの 裁判例にみるかぎり,会社規定に基づく報償額が低すぎるとされて , より高額の支払いが命じられている。
ということを指摘しています。
使用者が 従業員の同意を得ないまま定めた職務発明規定等 も, 特許法 35 条 に い う 「勤務規則その他の定」に該当する ことの問題について、同事件の控訴審判決(東京高裁平成13年5月22日判決)は、
使用者等は職務発明等に係る特許権等の承継等に関しては同項(特許法35条2項)の「勤務規則その他の定め」により、一方的に定めることができるものの、「相当の対価」の額についてまでこれにより一方的に定めることはできないものと解するのが相当である。これは、特許法35条の文言及び構文上明らかであり「相当の対価」の具体的額を当該権利に関する義務者である使用者等が一方的に定め得るとすれば、法律上、むしろ異常な状態というべきである。(中略)特許法35条3項、4項は強行規定であるから、上記定めがこうれらに反することができないことは明らかである。従って・・・・・・従業者等は、上記定めに基づき使用者等が算出した額に拘束されることなく、同項による「相当な対価」を使用者等に請求することができるものと解するのが相当である。
としています。
以上説明してきたように、日本の特許法の過去の沿革からして日本独特の雇用慣行が、会社従業員が職務発明をしても皆さんが想像していた様には多額の報酬が出ていなかったことに多少なりとも影響していたのは確かだと思います。
しかし、上記最高裁判例をきっかけに、労働者の職務発明に対する「相当の対価」が、高額化して認容されだしたこともあり、使用者側は、勤務規則等に定めた額を支払っていても訴訟を起こされるリスクの予見可能性が判断できず、産業界から、労使間の私的自治をもっと尊重できるような法35条の改正要望が高まり、そのような要望にできるだけこたえられる様な形で平成16年、平成27年と法35条の改正が行われています。
今回の記事は以上で終了です。次回は、最新の改正内容について簡単に説明したいと思います。
ブログの名前を変えました。(お知らせ)
今回は、記事ではありませんが、ブログ名変更のお知らせです。
私が、ブログ初心者ということもあり、登録時に自動で表記されるブログ名(sr10worklifeの日記)をそのまま使っていたため
今回、当初からテーマとしたかった「人と組織の活かし方の研究 労務カフェ」にブログ名を変更させていただきました。
関連するテーマをできるだけ多くお届けできるよう研鑽していく所存ですので
今後ともよろしくお願いいたします。
90%の高精度で判定できる適性検査 メンタルトレンドって何
どんなに優秀な人材をそろえている企業でも経営者にとって人に関する悩みというのは、つきませんよね。せっかくお金をかけて育てた大切な人材が突然辞めてしまったりとか、リーダー的存在で悩みなんかないような元気だった社員が、突然ノイローゼになってしまったりとか、間違いないと思って採用してみた人が、色々組織内で問題を起こしてしまったりとかです。
当然、前回までの記事でお伝えしたような突然の自殺とかは最悪です。
そういった適正傾向を採用時や、現在、現場で戦力として活躍中の社員への定期的な診断で事前に把握できて、問題を未然に防ぐ事ができたらいいと思いませんか?
しかも、もの凄く高い確率で。
読者の皆さんは、多くの会社が採用時に行っている適性検査で、なんで採否の目安なんかがわかるのだろう?と不思議に思ったことありませんか?
私は、いつも思ってました。
あんなペーパーアンケートの様なもので何がわかるのかって!
実は、その答えは、結果に表れる波形のパターンにあったんです。
もの凄い膨大なデータをもとに、問題視される人の傾向というのは、結果の波形に一定のパターンがあるということが解っているのだそうです。
この人は、パワハラ系とか・・・
さて、私達は現在、こころの不調・からだの不調・トラブル傾向を90%の高精度で判定できる適性検査メンタルトレンドのキャンペーンを行っています。
新たに雇うスタッフや現在就業中のスタッフのメンタルトレンドを把握し、皆様企業のの職場風土に適した人材の選別や人材流出の未然防止策にお役立ち致します。
人材の社外流出を防止するには、例えどんなに業務が忙しくても離職要因を客観的に分析し、自社に適した施策を導入する必要があるのです。
ですから、“適正的中率90%の驚異の数字”は、とても重要な指標なのです。
しかし、どう把握すればいいのか?とお思いですよね。
今回の提案ツールで簡単に把握できるんです。
答えは、結果に表れる波形のパターンの中にあります。
診断結果の波形パターンとともに、適正傾向を色別に視覚化できるようにもなっています。
詳細については、興味を持たれて資料請求していただいた事企業様に説明資料をお渡しいたします。
ご利用中のお客様から驚きの声も
(ある小売業者さんの声)
当初、既存の社員全員に実施したらメンタル悪化の社員が6名おり、その内5名が3カ月以内に退職したので驚きました。それからは採用時に欠かさず実施するように選考の中に組み込んで利用するようにしています。
ここで誤解がないように、何故、「私達がキャンペーンを行っている」というように
当事務所ではなく「私達」という言葉を用いたかというと、
当事務所は、社会保険労務士の事務所として普及のお手伝いをさせていただいている立場だからです。
そこで、この驚異の適性検査ツールの開発に関わった方の声を紹介させて戴きたいと思います。
1.メンタルトレンドの開発経緯
もともと、メンタルトレンドは前進がTPI(MMPI)という
60~70年前に作成された精神病理テストです。
私が前職の会社に在籍していたころに、顧問のカウンセラー(?)がTPIを利用しており、それがきっかけで私も利用するようになりました。今から7~8年前の話です。このTPI・MMPI、解法がほぼ存在しておらず、精神科の研究者が
事例研究で取り上げていくくらいです。私も手探りでした。そのうち、TPIの結果で相当な異常値が出た仲の良かった同僚が自殺する、というショッキングな出来事が起こりました。
カウンセラーも私も、「何かはわからないけれどもこれはヤバい」
ということで経営陣に警鐘を鳴らしていましたが、
経験不足のため、自殺とは思いもよらなかったのです。私の中で、何か弔い合戦がしたい、と思うようになりました。
働く人たちが虐げられるのはおかしい、働く人がイキイキできる
世の中にしたい、というのが私の起業の原点です。ただ、いきなり心理テスト、ましてやメンタル系で勝負する、
といっても誰も相手をしてくれませんでした。
なので、人事コンサルタントとして活動していくことにしました。
これが2014年11月の話です。
2.メンタルトレンドの開発経営者は従業員が何を考えているのかを知りたい、どのくらいの
モチベーションで働いているのかも知りたい、という欲求があります。
もちろん、採用時もそうです。逆に、従業員側も感覚としてはこれが当たり前、という感じなので
自分を客観的に見たらどうなのか、知りたい人が多いです。
同じ働くのであれば誰もが活躍したい、貢献したい、定着したい、
トラブルは避けたい。そう思います。やはり、人の内面を見える化する、というニーズはありました。
そこで人事コンサルの傍ら、地道にTPIの被験者数を増やしていき、
そこそこノウハウが溜まってきたところでシステム開発に乗り出しまた。メンタルトレンドは、2016年4月から仕様を打合せ、8月から実運用を
開始し、2017年4月から正式に有料化しました。それまでの間、私とシステム開発を担当いただいた、通称「ボス」、そしてここにはいないですが、PGの方との三人四脚?でシステムを構築してきました。
メンタルトレンドの名称については賛否いろいろありますが、
神様からのお告げにより決まりました(笑)
(中略)現在もバージョンアップを進めている最中で、同時進行で
企業開拓が進んでおり、大手も参画し始めています。
メンタルトレンドはNNPI,TPIに着想を得て現代版に開発された性格検査
1943年アメリカミネソタ大学病院で開発されたMMPI(ミネソタ多面人格目録)は、正常群と精神疾患を持つ病床群とで繰り返しテストされ信頼性・妥当性が確認された由緒ある臨床用の適性検査です。130以上の言語に翻訳され90か国以上で採用されています。
ちなみに、TPIは東京大学多面人格目録の事です。
メンタルトレンドでわかる3つのこと
メンタルトレンドは、主に3つのことが見えてきます。
一つ目は、心身の健康状態とトラブル(パワハラ)傾向。
二つ目は、受検者のパーソナリティ。
三つめは、適職傾向です。
以上が今回企業の経営者ゃ人事関係者の方に知っていただきたかったメンタルトレンドの概要になります。
興味を持たれて、もっと詳しい内容を知りたい適性検査の導入を検討していけど、できるだけ多くの資料から検討したいとお考えの経営者、人事担当者の方は、是非、資料請求をして内容を確認してみてください。
https://jhrsa.sakura.ne.jp/contact/?m=reform
をクリックすると、社団法人 日本人事技能協会の「お問い合わせ」フォームがでてきますので、問い合わせ内容欄に、「ブログ記事のメンタルトレンド資料請求」と書いていただき、その他必要事項を入力していただければ、請求完了です。
精神障害の労災認定について その3 悪用厳禁!「君ならできるよ」
前回は、精神障害が労災認定される(対象疾病に業務起因性が認められる)ための3つの要件について説明しました。
精神障害が労災認定されるための1番目の要件は、対象疾病を発病していることが必要であることは前回説明した通りですが、精神疾患の性質上、その発病の有無等の判断に当たっては、対象疾病の発病の有無、発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断がある ことが必要であるとされています。
その発病の有無等の判断における 対象疾病の発病の有無、発病時期及び疾患名は、「ICD-10 精神および 行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」に基づき、主治医の意見書や診療録等の関係資料、請求人や関係者からの聴取内 容、その他の情報から得られた認定事実により、医学的に判断されるとされています。
今回の記事は、認定基準の2番目の要件を客観的に評価するための指標として用いられる認定基準の別表1「業務による心理的負荷評価表」を中心に説明していきたいと思います。
労災認定が認められるための2番目の要件は、「対象疾病の発病前おおむね6カ月間の間に業務による強い心理的負荷が認められること」です。
対象疾病の発病の原因となった心理的負荷を「強」、 「中」、「弱」の三段階に区分した上述の別表1「業務による心理的負荷評価表」を指標にその心理的負荷の程度を客観的に判断していくことになるのですが、ここでは、「強」と判断されなければなりません。
別表1については、どんな内容で構成されているのかというと、
心理的負荷を伴う業務上の出来事を、特別な出来事と特別な出来事以外の出来事に分けて検討する視点で作成されています。
従って、別表1には
A.極度に心理的負荷が強い認められる出来事と極度の長時間労働の2つの類型化ごとにその具体的判断基準を記載した「特別な出来事」の表
B.上記特別の出来事以外の具体的出来事の心理的負荷の程度を客観的に評価するための表
C.特別な出来事以外の出来事の心理的負荷の程度を総合評価する際に、その総合評価を強める要素を考慮するための要素を記載した総合評価における共通事項の欄
考慮要素は
㋐出来事後の状況の評価に共通の視点と
㋑恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価の視点
に分けて記載されている
以上のように別表1は、上記A,B,Cの欄の大きく3つで構成されています。
以上の指標を使い、対象疾病発病前おおむね6カ月の間に起こった出来事を当てはめたり、或いは、総合評価の考慮要素による考慮をしていき、心理的負荷の「強」「中」「弱」の評価を行っていくということになります。
その様に評価していき、心理的負荷の総合評価が「強」と認められると認定基準の2番目の要件を満たしたものとされるのです。
手順としては、まず、対象疾病発病前おおむね6カ月の間に起こった出来事が、上記Aの特別の出来事に該当していないかを検討し、表の極度に心理的負荷が強い認められる出来事か極度の長時間労働に該当していれば、それだけで心理的負荷は「強」と判断されます。
言葉に極度とついているということは、相当酷いということです。
日本人は根性がありますからね。相当酷いとはどんな状態だろうとつい思ってしまうのですが、認定基準の考えでいけば、同種の労働者が、心理的負荷が「強」になるのは、当たり前な出来事ということになるんでしょうね。
極度な出来事の例では、業務上に関連して、自分や他人の生命を危険にさらすような重大な怪我をした(負わせた)経験などが挙げられています。
極度の労働時間では、1カ月当たり160時間を超える時間外労働(ここでの時間外労働とは、1週間当たり40時間を超える労働をいっています)、1カ月に満たない期間に関しては、それと同程度の時間外労働(例では3週間におおむね120時間以上)を行った場合とあります。1日平均にならすと毎日7時間~8時間を超える時間外労働ということになりますよ。
夕方6時終了の会社だと最低でも毎日夜中の1時2時までの残業が必要ということです。 同種の労働者とはどんな人を基準にしてるんでしょうね。
まともに残業代払われたら、給料はいくらになるのかなぁと思ってしまいましたけど、単純計算すれば毎月給与の2倍以上はもらえる計算になります。
いずれも、極度の出来事ですので、該当する人は少ない(?)かもしれません。
そこで、その特別の出来事がない場合の評価が重要になってくるわけですが、それが次の手順以降の評価になってきます。
ここでは、上記のBとCの表を使用することになります。
上記に記載したB(本ブログ記事上の記号で別表で表示されている記号ではない)の表は、次のような内容の構成となっています
(表B)
1.出来事の類型欄:業務上起こりうる様々な出来事を、類型化してまとめたもの
2.具体的出来事とその出来事の平均的心理的負荷の強度:上記1で類型化された項目に属する具体的出来事の例とその出来事の平均的心理的負荷を強度の強い順番にⅢ、Ⅱ、Ⅰという形で表している。
3.心理的負荷の総合評価の視点および心理的負荷を「強」「中」「弱」と判断するための具体例:事実関係が上記2の具体例に合致しない場合に、「総合評価における共通 事項」(ブログ上の表C)とともに用い、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに総合評価するための視点とその視点に基づいた強度別の具体例を記載した欄
評価の手順としては、
⑴発病前おおむね6か月の間に認められた業務による出来事が、上記表B-2の 「具体的出来事」のどれに該当するかを判断します。ただし、実際の出来事 が上記表B-2の「具体的出来事」に合致しない場合には、どの「具体的出来事」 に近いかを類推して評価することになります。
出来事が、表の「具体的出来事」や「出来事後の状況」に合致している場合は、表には具体的出来事の平均的心理的負荷を強度の強い順番にⅢ、Ⅱ、Ⅰという形で表しているのでその強度で評価します。
⑵事実関係が具体例に合致しない場合には、「具体的出来事」ごとに示 している「心理的負荷の総合評価の視点」(表B-3)及び「総合評価における共通 事項」(表C)に基づき、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価することになります。
病発病前6カ月の間に起こった心理的負荷のかかる出来事というのは一つとは限らないですよね。そこで、出来事が複数ある場合の全体評価の考え方が認定基準では定められています。
⑶出来事が複数ある場合の全体評価の考え方としては、①複数の出来事が関連して生じた場合と②関連しない複数の出来事が生じた場合に分けて検討する必要があります。
①複数の出来事が関連して生じた場合
原則、最初の出来事を「具体的出来事」とし て表Bに当てはめ、関連して生じた各出来事は出来事後の状況と見做す方法により、全体を1つの出来事とし て評価します。
②関連しない複数の出来事が生じた場合
主としてそれらの出来事の数、各出来事の内容(心理的負荷 の強弱)、各出来事の時間的な近接の程度を元に、その全体的な心理的 負荷を評価します。
具体的には
複数の出来事の中に心理的負荷の程度「強」が1つでもあれば他の出来事が「中」や「弱」であっても全体評価は「強」となります。
複数の出来事の中に心理的負荷の程度「中」が2つ以上ある場合は、他の出来事が「弱」であっても全体評価は、「強」か「中」となります。
「中」が1つしかない同様のケースでは、全体評価は「中」となります。
注意していただきたいのが次です。
「弱」はいくら集まっても、全体評価は「弱」のままです。
最後の「弱」がいくら積重なっても「弱」のままというのは、”塵も積もれば山となる”
と思っていたのでほんの少しショックを受けました。
しかし、精神的苦痛を伴うような「弱」の出来事が積み重なる場合を考えると、苛めとかセクハラ・パワハラが繰り返されることが懸念されますが、そのことについては認定基準でも出来事の評価の留意事項の中で、次のように述べています。
いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるもの については、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病 前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を 評価の対象とすること。
私なり個人的見解として、上記留意事項を検討してみるに、例えば、対象疾病の発病前おおむね6カ月の間に、心理的負荷「弱」の苛め、「弱」のセクハラ、「弱」パワハラが生じていたとしても、関連しない複数の「弱」の出来事が集まっただけですので、認定基準通りの評価をすると全体評価は「弱」にしかならないことになります。しかし例に挙げたこれらの行為の性質上、場合によっては、それらは一連の行為の流れの中で行われる可能性は大いにあり得ると思います。従って、6カ月より前より遡ってそれらの行為がいくつか点在している場合には、それらの行為の開始時からのすべての行為を評価の対象とするとしていると考えてよいと思います。
以上のように、特別の出来事と特別の出来事以外の出来事でそれぞれの出来事について総合評価を行い、 いずれかの出来事が「強」の評価となる場合は、業務による心理的負荷を 「強」と判断することになります。
但し、対象疾病の発病前おおむね6カ月の間の業務による心理的負荷の程度が「強」と判断されても、つまり出来事自体が認定基準の2番目の要件を満たしたとしても、対象疾病の発病の原因となっていなければ、労災認定されません。
明らかに業務以外の心理 的負荷や個体側要因によって発病したと認められる場合には、業務起因性が否定 されることになります。
参考までに、最高裁も次のような立場をとっています
業務と業務に関連のない基礎疾患が協働して当該疾病が発症した場合において、業務起因性が肯定されるには、業務に内在ないし通常随伴する危険が当該疾病の発症に相対的に有力な原因となったと認められることが必要であって、単に業務が当該疾病の誘引ないしきっかけに過ぎないと認めれる場合は、業務起因性は認められないと解するのが相当である。
そこで、次の手順として、
業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断を行うことにより認定基準の3番目の要件である「業務以外の心理的負荷及び個体側要因に より対象疾病を発病したとは認められないこと」の基準を満たすかの検討に入ることになります。
2番目の要件評価の際には別表1の指標を用いましたが、
この3番目の要件評価には「業務以外の心理的負荷評価表」という別表2の指標を用い次に掲げた基準を満たすかを検討していくということになります。
① 業務以外の心理的負荷及び個体側要因が認められない
② 業務以外の心理的負荷又は個体側要因は認められるものの、業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない
別表2「業務以外の心理的負荷評価表」にはどんな内容が記載されているかというと、対象疾病の発病前おおむね6カ月の間の業務以外の出来事の具体例とその出来事ごとの平均的な心理的負荷の程度を強度の強い順番に「Ⅲ」、「Ⅱ」又は「Ⅰ」に区分しただけの別表1を簡素化したような表になっています。
3番目の要件を満たすためには上記①、②のいずれかを満たす必要があるわけですが、
対象疾病発病前おおむね6カ月間に
ア.出来事が確認できなかった場合は、上記①に該当するものと取り扱う。
イ.強度が「Ⅱ」又は「Ⅰ」の出来事しか認められない場合は、原則として 上記②に該当するものと取り扱う。
ウ. 「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事のうち心理的負荷が特に強いものが ある場合 や、「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事が複数ある場合等につい ては、それらの内容等を詳細に調査の上、それが発病の原因であると判断 することの医学的な妥当性を慎重に検討して、上記②に該当するか否かを 判断する。
とされています。
つまり業務以外の心理的負荷や個体側要因の評価の際に問題となるのは、強度「Ⅲ」の場合であることが原則になります。強度「Ⅲ」となる出来事の例として、別表2に
ことなどが例示されています。
先ほども説明した通り、出来事自体が認定基準の2番目の要件を満たしたとしても、対象疾病の発病の原因となっていなければ、労災認定されません。
そのためには、上記②の
「業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できないこと」という要件を満たす必要があります。
認定基準では
業務による強い心理的負荷が認められる事案であっても、個体側要因によって発 病したことが医学的に見て明らかな場合としては、例えば、就業年齢前の若 年期から精神障害の発病と寛解を繰り返しており、請求に係る精神障害がそ の一連の病態である場合や、重度のアルコール依存状況がある場合等がある。
とされています。
以上説明したような手順で、評価していき上記①、②の要件を満たすと、「強」と評価された対象疾病発病前おおむね6カ月の間に生じた業務による心理的負荷に業務起因性が認められ労災認定されることになります。
認定基準の3つの要件の流れをまとめると、
1番目の要件は対象疾病を発病しているということが必要です。
次に2番目の要件、
対象疾病の発病前おおむね6カ月間の間に業務による強い心理的負荷が認められることが必要です。
その心理的負荷の程度の判断には、認定基準の別添の(別表1)「業務による心理的負荷評価表」を指標として、その強度を「強」、 「中」、「弱」の三段階に区分することにより行われることになります。
当然、強い心理的負荷が要件なので、ここで、「強」と判断されなければなりません。そして、その「強」と判断された心理的負荷により発病した疾病が、次の、3番目の要件である「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認め られないこと」という要件を満たすと、その精神障害に業務起因性が認められる、つまり労災認定されるということになります。
通常は、今まとめた流れになるのですが、問題は、既往症のある者の精神障害が悪化した場合の取扱いです。
何故問題なのかというと、通常の流れで行けば、業務以外の心理的負荷や個体側要因が対象疾病の発病の原因でなければ、上記の通り、心理的負荷が「強」であればよいわけです。しかし、既往の精神障害が悪化したと認めらようとした場合は、そういう訳にはいかないわけです。
認定基準によると
悪化の前に強い 心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが 当該悪化の原因であるとまで判断することはできず、原則としてその悪化につ いて業務起因性は認められない。ただし、別表1の「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむ ね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認め られる場合については、その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因 であると推認し、悪化した部分について、労働基準法施行規則別表第1の2第 9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
とされているからです。つまり、強度「強」より強い心理的負荷である「特別の出来事」がないと業務起因性が認められないということになります。
今回のテーマの基礎となっている事件についても、新聞ではそのことに対して問題提起されていました。新聞の伝える事実関係によると、被害者の男性は、
上司の叱責もあり2010年6月ごろ(事件は、同年8月20日)心の病の適応障害を発症していたと認定したが、適応障害を患う前の負荷のレベルを「中」と判断、同年7月以降の人事部による面談を「退職強要」にあたると指摘し、この際の心理的負荷レベルは「強」と判断され、どちらも認定基準を満たさないとされた。
ということです。
今回の事件の被害者の場合、適応障害を患う前の心理的負荷は、上司の叱責で、別表1の心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例に合致し、その強度は「中」となりますので、認定要件の2番目の要件を満たせません。
いや、ちょっと待って!!
「貴方は前回の記事で、業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合、原則、労災認定されると書いていたでしょう」
と思われたかもしれませんよね。
正式には、認定基準では自殺について次のように記載されています。
業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと 認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選 択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著 しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。
しかし、残念ながら、被害者の患ったとされる適応障害については、
ICD10コード:F43-11(重度ストレスへの反応及び適応障害 )に分類されているので、認定基準の自殺の対象疾病には含まれないのです。
つまり、その後、退職勧奨があったとしても、その退職勧奨の心理的負荷が現行基準で「強」である以上は、その出来事の心理的負荷により、対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認め られる場合には該当せず、労災認定されないということです。
今回の事件は、自殺事案なので、専門部会意見による判断事案となります。
主治医の意見に加え、地方労災医員協議会精神障害等 専門部会に協議して合議による意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する事案ということです。
(Q&A)
Q.当社では、長時間労働がよく行われているのですが、うつ病になってしまったら、その長労働時間だけでは労災認定されないのですか?
A.労働時間に関しては、基準で3つに場合分けされています。ア. 極度の長時間労働による評価 イ .長時間労働の「出来事」としての評価 ウ. 恒常的長時間労働が認められる場合の総合評価 です。今回の記事でもお伝えした通り、アに該当する、つまり
極度の時間外労働の場合(発病直前1カ月おおむね160時間超や発病直前3週間おおむね120時間以上)は、その出来事だけで「強」となります。
イの場合ですが、長時間労働そのものを出来事としてとらえることはしますが、対象は、発病前1カ月から3カ月前の長時間労働で、別表1の項目16(1カ月に80時間以上の時間外労働を行った)で評価します。本件ブログ上は、表Bの項目16のいうことです。
「強」となるのは、(発病直前2カ月連続おおむね120時間超や発病直前3カ月連続おおむね100時間以上)の時間外労働があった場合です。
ウの場合は、長時間労働自体を出来事とはとらえずに、心理的負荷の強度を修正する要素としています。
「強」となる例としては出来事の前後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合とされています。
以上で、今回のテーマ精神障害の労災認定についてを終了いたします。
参考までに
厚生労働省 みんなのメンタルヘルス総合サイトの適応障害を調べてみました。
適応障害自体については、それほど深刻な心の病ではなくストレスとなる状況や出来事がはっきりしているので、その原因から離れると、症状は次第に改善するそうです。
ICD-10の診断ガイドラインを見ると、「発症は通常生活の変化やストレス性の出来事が生じて1カ月以内であり、ストレスが終結してから6カ月以上症状が持続することはない」とされています。
しかし、うつ病となるとそうはいかないことがあります。環境が変わっても気分は晴れず、持続的に憂うつ気分は続き、何も楽しめなくなります。これが適応障害とうつ病の違いです。持続的な憂うつ気分、興味・関心の喪失や食欲が低下したり、不眠などが2週間以上続く場合は、うつ病と診断される可能性が高いでしょう。
しかし適応障害と診断されても、5年後には40%以上の人がうつ病などの診断名に変更されています。つまり、適応障害は実はその後の重篤な病気の前段階の可能性もあるといえます。
皆さん、できるだけ仕事はやりがいを持って楽しくやりましょう。
ダンケネディのブログにおもしろい記事がありました。
https://direct-connect.jp/knowledges/472
精神障害の労災認定について その2
前回までは、2018年1月15日付の朝日新聞朝刊に掲載されていた、大手企業に勤務していた33歳の男性の自殺が労災認定されなかった事件に関連して使用者の退職勧奨の権利と精神障害の労災認定についての内容説明の前段階の話を2回にわたってお届けしました。
簡単に精神障害という疾病の考え方というのをおさらいしておきましょう。
精神障害についても労災認定、つまり業務災害と認められるためには、業務起因性が必要なのですが、当該疾病の性質上、この業務起因性の判断が非常に難しいとされているということを前回までにお話ししました。
対象疾病の発病に至る原因の考え方については、「ストレ ス-脆弱性理論」に依拠しているとされているからです。
環境由来の心理的負荷(ストレス)と、 個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方のようです。
精神的強弱の個人差については、皆さん職場等で
「あいつは打たれ強いから平気な顔をしているし、反省しているかわからない」
とか、逆に
「あいつは直ぐ落ち込む(傷つきやすい、或いは直ぐキレる)から、注意が必要だ」というようなことを言ったり、聞いたりした経験がないでしょうか?
外的負荷要因(ストレス)の大小については、
「あいつが塞ぎ込むくらい落ち込むなんて、よっぽど酷い失敗をしたんだな」
とかです。
環境由来の心理的負荷(ストレス)に対する個人の精神的強弱の個人差によって破たんが生じるかどうかの違いがあるし、それだけではなく、逆に環境由来の心理的負荷(ストレス)の程度によっては、精神的強弱のいずれの者に破たんが生じるかわからないという関係のことを言っていると簡単に理解してよいと思います。
ということなので、
前述の業務起因性の評価に関しては、精神障害を発病した労働者がその出来事及 び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかで判断するわけにはいかない ということになるのです。
そこで厚生労働省は、平成11年9月14日に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」において、心理的負荷を客観的に評価する手法を公表し、その指針に基づいて、業務上の判断を行っていました。(新たな認定基準の作成に伴い廃止。)
現在の心理的負荷による精神障害の労災請求事案の業務上外の判断については、
「心理的負荷による精神障害の認定基準」(H23.12.26 基発1226 第 1 号 )
により行われていますが、その基準の中では、
強い心理的負荷とは、(中略)同種 の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、 「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似す る者をいう。
とされています。
さて、ところどころ話を事件に戻しながら、この認定基準の内容を説明していくこととします。事件についてショッキングだったことは、心の病が原因で労働者が自らの命を絶ったことですが、認定基準では、この心の病に基づく自殺については、
業務により対象疾病(ICD-10のF0からF4)に分類される精神障害を発病したと 認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選 択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著 しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。
となっています。ということは、事件の被害者である男性も、業務により対象疾病(ICD-10のF0からF4)に分類される精神障害を発病したという認定基準の要件を満たすことができれば業務起因性が認められ、労災認定されたということになります。
では、どういう基準を満たせば精神障害が労災認定されるのかについて、話が前後してしまいましたが、早速認定基準の中身に入っていきましょう。
まずは、認定要件 についてですが、
業務上の疾病と認定される(労働基準法施行規則別 表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う)ためには、次のすべての要件も満たす対象疾病である必要があります。
1 .対象疾病を発病していること。
2 .対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認 められること。
3. 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。 また、要件を満たす対象疾病に併発した疾病については、対象疾病に付随する疾病として認められるか否かを個別に判断し、これが認められる場合には当該対 象疾病と一体のものとして、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する 業務上の疾病として取り扱う。
ここで、上述の精神障害の発病に至る原因の考え方についての「ストレ ス-脆弱性理論」が関係してくることになります。
どういうことかというと
労働者災害補償保険法の性質上、客観的な判断がなされる必要があることから
心理的負荷による精神障害の業務起因性を判断する要件としては、
対象疾病の発病の有無、発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断があること
に加え、当該対象疾病の発病の前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められることを求めているということです。
要件の1番目の対象疾病というのは、
国際疾病分類 第10回修正版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神および行動の障 害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するもの を除く。 対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてI CD-10のF2からF4に分類される精神障害である。 なお、器質性の精神障害及び有害物質に起因する精神障害(ICD-10のF 0及びF1に分類されるもの)については、頭部外傷、脳血管障害、中枢神経変性疾患等の器質性脳疾患に付随する疾病や化学物質による疾病等として認めら れるか否かを個別に判断する。 また、いわゆる心身症は、本認定基準における精神障害には含まれない。
本当は、上記の難解な引用は避けようかと思いましたが、赤ゴシック体の器質性の精神障害という項目が除かれることとされていることになっていたため引用しました。
コトバンクによれば、
器質性とは、症状や疾患が臓器・組織の形態的異常にもとづいて生じている状態とされ器質性精神障害とは、症状や疾患が臓器・組織の形態的異常にもとづいて生じている状態。脳そのものの器質的病変により、または脳以外の身体疾患のために、脳が二次的に障害を受けて何らかの精神障害を起こすことがあり、それを器質性精神障害という。身体疾患に基づく精神障害を症状性精神障害として分けることもある。器質性精神障害の症状の現れ方として主な症状は、認知症(にんちしょう)と意識障害で、(中略) 意識障害とは、昏睡(こんすい)と呼ばれる、どんな強い刺激を与えても深く眠ったままで目を覚まさない重度のものから、一見意識清明なように見えるものの、注意力が散漫で、放っておくとぼんやりとして、うとうとするような軽度のレベルまでいろいろな段階がある。 このとき、幻覚(比較的幻視(げんし)が多い)や妄想が生じたり、言動や行動がまとまらず興奮することもしばしばみられ、意識障害ではなく、その他の何らかの精神障害と誤って判断されることもあるので、注意が必要。
とされていたからです。
何の関係があるのと思われるかもしれませんが、実は、事件の被害者の男性というのが、6歳の時に脳腫瘍が見つかり左半身に障害を残した経験があると記事に記されていたからです。それは、後述する認定基準の業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断 において何らかの影響を与えた可能性もあるということです。
とにかく、1番目の要件は対象疾病を発病しているということが必要です。
そして、その次に2番目の要件、
その対象疾病の発病前おおむね6カ月間の間に業務による強い心理的負荷が認められることが必要です。
その心理的負荷の程度の判断には、認定基準の別添の(別表1)「業務による心理的負荷評価表」を指標として、その強度を「強」、 「中」、「弱」の三段階に区分することにより行われることになります。
当然、強い心理的負荷が要件ですので、ここでは、「強」と判断されなければなりません。そして、その「強」と判断された心理的負荷により発病した疾病が、
次の、3番目の要件
業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認め られないことという要件を満たすと、その精神障害に業務起因性が認められる、つまり労災認定されるということになります。
次回は、2番目の要件判断の指標となる「業務による心理的負荷評価表」について見ていきたいと思います。
お詫びと訂正
お詫びがございます。
前回1月20日付の「精神障害の労災認定について その1」の記事の中で
「労災認定の判断要件の具体的検討に当たっては、客観的な判断がなされる必要があることから複数の専門家による合議等によって行う」と指針に示されている。
ということを書きましたが、正式に言うと、その指針は 平成23年12月26日 付で厚生労働省労働基準局長 から都道府県労働局長宛に出された(基発1226第 1 号 )
「心理的負荷による精神障害の認定基準について 」という通達の中で、
(前略)・・・認定基準を新たに定めたので、今後は本認定 基準に基づき業務上外を判断されたい。 なお、本通達の施行に伴い、判断指針は廃止する。
とされており、上述した前回の記事の内容(・・・複数の専門家による合議等によって行う)はその廃止された指針の内容に基づくものとなっていました。
申し訳ありません。
医師の 意見調査については、
(旧)精神科医の専門部会に全数を協議 → (新)判断が難しい事案のみ協議
というように内容が改められました。
精神障害の労災認定について その1
前回は、2018年1月15日付の朝日新聞朝刊に掲載されていた、大手企業に勤務していた33歳の男性の自殺が労災認定されなかった事件に関連して使用者の退職勧奨の権利について簡単に説明しました。
繰返しになりますが、退職勧奨自体は違法なものでなく、行使は使用者の権利として自由です。
問題とすべきなのは、それよりはむしろ
従業員を退職に追いやるための苛めや嫌がらせを伴う、飼い殺しではないでしょうか。
ただし、退職勧奨がまともな方法で行われた場合の話ですが・・・
話し合いを始める前段階や会話の中などで、「くれぐれも強要しているわけではない」ことを説明したり、できたら、後日紛争となることを避けるため、会話の内容をメモ等に残し、終始会話内容の理解度の確認や相手の話した事を確認してもらうことなどを心掛けたいものです。
会話の内容も退職勧奨の理由をできるだけ具体的に説明し、理解を求めるような姿勢が大切でしょう。
当然怒鳴ったり、威嚇したりと従業員が”脅迫されている”と誤解されるような態度はとるべきではありません。
前置きが長くなってしましましたが、今回は、前回と同様事件に関連して精神障害の労災認定基準について簡単に説明したいと思います。
まずは、労災保険についてですが、
労災保険によって保険給付の対象となる保険事故は、業務災害と通勤災害ですが、
その両者とも「労働者」に該当していなければならず、
ここにいう「労働者」とは、労働基準法第9条に定める労働者のことであるとされています。
つまり、使用者と労働者間に使用従属関係があり、かつその対価として賃金を受ける者ということになります。
次に、労災給付の対象となる業務災害についてですが、労働者の業務上の負傷、疾病、傷害又は死亡のことをいいます。
業務災害と認定されるためには、業務起因性と業務遂行性の2つが必要です。
業務起因性:業務に内在する危険有害性が現実化したと経験則上認められる
業務遂行性:災害事故発生時に事業主の支配下に置かれていた
以上を前提に精神障害の労災認定についての話に入りたいと思います。
精神障害についても、業務災害と認定されるためには業務起因性が当然必要になります。
ただし、精神障害の場合は普通の業務災害とは違って、業務上外の判断がとても難しいという事情があります。
以降、【労災保険給付の手続き(社団法人 東京労働基準協会)】から抜粋
精神障害というのが外的および私生活上のストレスや個人の心理的な反応性、脆弱性が複雑に関係しあって発生する疾病と考えられているからであるといわれています。
つまり、個人のストレスに対する心理的反応性や脆弱性が大きければストレスが小さくても発症する可能性があり、逆に個人のストレスに対する心理的反応性や脆弱性が小さくても、ストレスが大きければ破綻が生じるという相対的関係で理解することが今日の精神医学的知見となっているとされています。従って、個人の反応性や脆弱性を客観的に評価することは非常に難しく、現実に判断することは不可能と言われているそうです。
そこで、厚生労働省は過労自殺を含む精神障害等の認定の考え方について、平成11年9月14日に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」において「心理的負荷」を客観的に評価する手法を公表し、更に平成21年4月6日にその一部を改正しています。ー
(後日訂正箇所)
上記指針については、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(平成23 年11月)」の内容を踏まえ、別添の認定基準を新たに定められたことにより廃止となっていますが、内容についてはさほどの変更は行われていません。
その指針によれば、
「精神障害の労災請求事案の処理に当たっては、まず、精神障害の発病の有無等を明らかにしたうえで、業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷及び個体側要因の各事項について具体的に検討し、それらと当該労働者に発病した精神障害との関連性について総合的に判断する必要がある。」とされています。
(上記内容も指針の抜粋となっていますが、新認定基準についても同様の見地で定められていると判断してよい内容となっています。)
現在の労災認定は、
旧労働省が具体的認定事務のために定めた「労災補償における業務上外認定の理論と実際」という本と昭和36年以降に行われた労働基準局長による個別の解釈例規(通達)により行われていて、労基署長(労働基準監督署長)が、労災保険給付の唯一の決定権者であることには変わりないのですが、
精神障害の労災認定の判断要件の具体的検討に当たっては、客観的な判断がなされる必要があることから複数の専門家による合議等によって行うことと指針で定められています。(新認定基準では、自殺事案等、複雑な事案のみ合議等とされた)
今回の事件では、労基署長が冷たかったというより、やはり現在の精神障害の認定基準からはいた仕方ないでしょう。
本年2月22日に予定されている高裁の判決の行方に注目したいと思います。
皆さん、今回は解りづらかったですね。
長々と説明したこともあって申し訳なかったと思いますので、
今回の話の要点をまとめます。
⑴労災保険の給付の対象となるのは労働基準法第9条に定まられた労働者である。
⑵業務災害と認定されるためには、業務起因性と業務遂行性の2つが必要
⑶精神障害の労災認定については、発病に関係する個人の反応性や脆弱性を客観的に評価することは非常に難しく、現実に判断することは不可能と言われているため、
その業務起因性の判断に当たっては、厚生労働省が定めた「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(現在は、心理的負荷による精神障害の認定基準)において「心理的負荷」を客観的に評価する
⑷労災認定の判断要件の具体的検討に当たっては、客観的な判断がなされる必要があることから複数の専門家による合議等によって行う
以上、今回はここまでとして、次回指針の内容について見ていきたいと思います。