通勤災害に安全配慮義務違反?

f:id:sr10worklife:20180211145147j:plain

 

今回は、職務発明の第2回目を予定していましたが、急遽予定を変更して、
昨日2月9日の朝日新聞朝刊第5面に掲載された通勤災害に対する損害賠償請求に関して使用者の安全配慮義務とその義務違反について判例を交えながら考察することにしました。

新聞が伝えている事件の概略は、

深夜勤務後の帰宅中にバイク事故で死亡した会社員の男性(当時24)の遺族が会社に損害賠償を求めた訴訟の和解が8日横浜地裁川崎支部で成立した。会社が遺族に謝罪し、約7600万円を支払う内容。
(中略)
裁判長は和解勧告通勤中の事故にも企業に安全配慮義務があると認めた。
事故の原因は居眠りだったとし、過労状態を認識していた企業側が公共交通機関を使うよう指示するなどして事故を避けるべきだったと指摘

和解金の支払いに加え、就業から次の始業までの休息(11時間)の確保、深夜のタクシー利用を促すーーなど事故後に講じた再発防止策に引き続き取り組むことを和解条件とした。(略) 

という内容です。

ちなみに、御存じとは思いますが、
労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡通勤災害と言います。
通勤によるとは通勤と相当因果関係のある事すなわち、通勤に通常伴う危険が具体化したことが必要とされています。

 

(通勤災害の要件)
①移動が就業に関して(業務に就くためまた業務が終了したため)行われたこと
②その移動
  ア,住居と就業場所との間の往復
  イ,厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業場所への移動
  ウ,赴任先住居と帰省先住居との間の移動
 のいずれかに該当すること
③合理的な経路と方法によること
④移動途中で、合理的な経路の逸脱・中断がないこと
➄業務の性質を有するものではないこと


次の場合には、移動が「就業に関し」に該当するとされていますので、事業者の方は注意が必要です。
 ・事業主の命令で物品を届けに行く場合
 ・参加強制の会社主催行事に参加する場合
 ・事業主の命令による得意先との打ち合わせに参加する場合
 ・電車に乗り遅れて、引き返して会社に遅刻するような移動の場合
 ・会社を早退する場合

  (労災保険給付の手続き 社団法人東京労働基準協会連合会)

 

今回の事故は、仕事終了後の事故ですので、被害者が法令に違反していた等特別な場合を除き当然に通勤災害に該当します。

しかし、事件は帰宅途中にバイクを運転中に居眠りをして電柱にぶつかったということですので、
居眠りして電柱にぶつかるという状態になる確率が通勤に通常伴う危険が具体化したということは困難かもしれません。

今回の新聞報道の事件に関しては、通勤災害の労災認定につていは触れられていませんでしたので詳細は解りかねますが、ただ、被害者遺族の方たちに誤解されたくはないのですが、私が驚いたのは、帰宅途中の通勤災害に使用者の安全配慮義務があるとされていたことでした。

 

安全配慮義務とは、本年1月15日「労働契約上付随義務について」という記事の中で使用者の(信義則上の)付随義務の一つであることについて、列挙させていただきましたが、内容については詳しくお伝えしていなかったので、代表的な労働判例を基に説明させていただこうと思います。

労働契約上の付随義務は、民法1条2項信義誠実の原則(信義則)から導かれる義務であり、その信義則の具体的機能としては、

⑴法律行為の基準となること
⑵社会的接触関係にある者同士の規範関係を具体化する機能を有すること
⑶制定法の規定の存しない部分を補充したり、制定法の形式的適用による不都合を克服したりする機能を有すること

があるとされています。
今回問題となった安全配慮義務は、上記の内の(2)の問題です。
代表的な裁判例によると安全配慮義務について次のような説明をしています。

 

川義事件(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決)

雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解するのが相当である。

 

陸上自衛隊八戸車両整備工場事件(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決)

(略)・・・けだし、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであつて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、・・・(略)

 

安全配慮義務違反は、使用者の義務(債務)違反ですから、正当な理由なく債務の本旨に従った履行をしないときという債務不履行民法415条)の問題として扱われます。
損害賠償責任が問題となるケースとしては、債務不履行責任不法行為責任があるとされていて、債権者はいずれをも任意に主張できるというのが通説的な考え方だとされています。
ただ、不法行為責任については、加害者の故意・過失について債権者側に挙証立証責任があること、債権の消滅時効につき不法行為責任については3年であるのに対して債務不履行については10年であることなど、債務不履行の方が債権者にとって負担が少ない(有利である)といえます。
そういう理由で、労働災害に対する損害賠償請求については、長いこと債務不履行責任構成の構築が期待されていて、それは安全配慮義務の定着により一応実現したとされています。労働判例インデックス 明治大学法科大学院教授 野川 忍著 商事法務)

ただし、この安全配慮義務に関しては、正式な労働契約上の付随義務として認められたわけではない(信義則上の一般的義務)とされています。*1

また、損害には財産的損害精神的損害(慰謝料)の2種類があるとされていて、不法行為責任については、財産以外の損害についての賠償について明文規定がありますが、債務不履行責任にはそのような明文規定がありません。ですから、不法行為の構成を取ると当然に、財産的損害の他に慰謝料の請求ができることになります。

以上のような分類は、債務不履行においても共通のものと考えられていますが、債務不履行責任構成の場合は、安全配慮義務違反に基づく損害賠償などのケースを除いては、特別事情があるとき以外は原則的には慰謝料は認められないとされています。

「労働関係ADRに必要な民法を学ぶ」(日本法令:弁護士 山中健児著)

したがって、今回の事件のケースは、安全配慮義務違反に対する損害賠償請求事案ですので、慰謝料請求が認められることになります。

更に、被害者(債権者)に故意・過失がある場合の過失相殺に関する考え方ですが、債務不履行構成をとると、裁判所は、債権者に故意・過失がある場合必ず斟酌しなければならない民法418条)のにたいして、不法行為使用者責任を含む)の場合は、過失の斟酌が任意的であり、斟酌した結果として責任を否定することができない民法722条2項)という違いがあるとされています。

その過失相殺につき、損害賠償の根拠を使用者責任構成で判断した判例でありますが、今回の事件の判断にも影響を与えた可能性があると思われる判例があり、次のように述べているので注意が必要です。

 

電通事件(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)

(付随的義務と監督選任責任の過失について*2

「使用者は、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うとされ、労働者が恒常的に著しく長時間業務に従事しその健康状態が悪化していることを認識しながら負担軽減措置をとらなかったことにつき過失があるとされた。」労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。

 

(過失相殺について)

身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生または拡大にに寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で斟酌することができる
・・・・この趣旨は、労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても、基本的に同様に解すべきものである。しかしながら、・・・・・ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限りその性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生または拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。
しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行うものは、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。

従って、労働者の性格が前期の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできないというべきである。

 

ということで、労働者側の事情を過失相殺において斟酌することに慎重な姿勢も、その後の実務に大きな影響を与えているとされています。

労働判例インデックス 明治大学法科大学院教授 野川 忍著 商事法務)

 

労働安全衛生法労働契約法その他法令や公序良俗に違反するような業務命令は当然その必要性自体が否定されます
例えば、労働安全衛生法は、業務命令に深い関わりを持つ配置について、
その第62条で中高年齢者その他労働災害の防止上その就業に当たって特に配慮を必要とする者についてその心身の条件に応じた適正な配置を、第65条の3では、労働者の健康に配慮した労働者の従事する作業の適切な管理についてそれぞれ努力規定を置いています。
その他にも労働安全衛生法が事業者に講ずべきとしている措置に反する業務命令は発することができません。

繰り返しになりますが、
労働安全衛生法上の措置努力義務に限らず、使用者には信義則上の一般的義務として、就業に関し労働者の心身を危険にさらさないようにする安全配慮義務を負っています。
その安全配慮義務が、平成20年3月から施行された労働契約の民事的基本ルールを定めた労働契約法の中に、労働者の安全への配慮として第5条に規定されています。

その他労働契約法の中には、労働契約の原則を定めた第3条の中で、第3項に労働契約の締結・変更場面において労働者及び使用者双方に仕事と生活の調和への配慮を求め、第4項では、労使双方に、権利と義務の履行に対する信義誠実義務を求め、更に、第5項で、労使双方に対する権利濫用禁止を規定しています。
従って、事業主が業務命令を発する場合には、そういった定めをきちんと遵守する必要があります。

 

(参考)

労働安全衛生法 第七章 健康の保持増進のための措置(第六十四条-第七十一条)

<抜粋>

(作業の管理)
第六十五条の三

事業者は、労働者の健康に配慮して、労働者の従事する作業を適切に管理するように努めなければならない。

(面接指導等)
第六十六条の八 

事業者は、その労働時間の状況その他の事項が労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省令で定める要件に該当する労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導(問診その他の方法により心身の状況を把握し、これに応じて面接により必要な指導を行うことをいう。)を行わなければならない。

第2項から第5項(略)

第六十六条の九 

事業者は、前条第一項の規定により面接指導を行う労働者以外の労働者であつて健康への配慮が必要なものについては、厚生労働省令で定めるところにより、必要な措置を講ずるように努めなければならない。

心理的な負担の程度を把握するための検査等)
第六十六条の十 

事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。第2項~第9項(略)

 

※(高精度で従業員のメンタル傾向を把握できます。)

90%の高精度で判定できる適性検査 メンタルトレンドって何 - 人と組織の活かし方の研究 労務カフェ

 

 

(健康の保持増進のための指針の公表等)
第七十条の二

厚生労働大臣は、第六十九条第一項の事業者が講ずべき健康の保持増進のための措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。

http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/kouji/K151130K0010.pdf

厚生労働大臣は、前項の指針に従い、事業者又はその団体に対し、必要な指導等を行うことができる。

 

*1:労働契約上の付随義務とされた場合、安全配慮義務が認められるためには労働契約関係の成立が必要条件となる

*2:この事件では、安全配慮義務ではなく、労働者の健康維持に留意する義務を採用している