コーヒーブレークQ&A その仕事どれくらい時間かかった?

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前回の記事では、賃金の控除協定について労働者からの相談を想定して、Q&A方式で簡単に判例を交えながらお伝えしました。

今回は、使用者側からの相談を想定して、事業場外労働時間制についてのおさらいをしてみたいと思います。 

Q. 

当社は、宅地建物取引業者です。最近大手不動産会社の企画業務型裁量労働制が本来適用すべきでない従業員に適用されていた不適切な運用の問題で監督官庁から特別指導がなされていた話題が新聞を賑わせていますよね。当社は、裁量労働制を採用しているわけではないのですが、営業社員に1日9時間のみなし労働時間制を採用して、協定を労働基準監督署に届け出ています。ところが、最近の連日の報道に触発され社員が1日10時間以上は労働していると差額分の未払い残業代を請求したい旨の申し出を受けて困っています。当社としては、みなし労働時間制は、実労働時間と関係なく協定した時間労働したものとみなす制度で、その時間分給与を払っていれば問題ないと思っているのですが、最近の報道で多少不安になっています。

A.

労働基準法は、その違反に対して刑罰が科せられることを定めることによりその履行の確保をが図られている刑罰法規です。そしてその義務規定の履行義務主体は使用者とされています。労働基準法はその32条で1週間については休憩時間を除き40時間を、1週間の各日については、休憩時間を除き8時間を超えて労働させてはならないことを義務付けています。使用者がその定めた時間を超えて労働させた場合には犯罪構成要件が成立し割増賃金支払い義務が生じるということになります。そのことからも、労働基準法上の労働時間の適正把握義務は使用者にあると考えられています。

「賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針」(平成15年5月23日付け基発第0523004号)でも、使用者の労働時間適正把握義務について次のように述べています。

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/040324-3a.pdf

1 趣旨 略

2  労使に求められる役割
(1)略

(2)使用者に求められる役割
労働基準法は、労働時間、休日、深夜業等について使用者の順守すべき基準を規定しており、これを順守するためには、使用者は、労働時間を適正に把握する必要があることなどから、労働時間を適正に管理する責務を有していることは明らかである。
したがって、使用者にあっては、賃金不払い残業を起こすことのないよう適正に労働時間を管理しなければならない。

以上のように、本来使用者には労働時間の把握算定義務があるのですが、使用者の監督の及ばないような場所での業務の場合にはその労働の特殊性から、全ての場合についてこのような義務を認めることは困難と強いる結果になることから、一定の労働時間があったものと法的に取扱うこととする制度が「みなし労働時間制」という制度であり【ほるぷ事件(東京地判平成9年8月1日・労判722号62頁)】、現行労基法上のみなし労働時間制には、業場外のみなし労働時間制(労基法 38 条の 2)と、裁量労働のみなし労働時間制(同法 38 条の 4)があります。

労働基準法第38条の2】

労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。

使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。 

 原則使用者には、労働時間についての適正把握義務があるわけですから、その責務を免除するかたちとなるこの「事業場外のみなし労働時間制」に関しては、厳格に運用されることが求められているとされています。当時の厚生労働省通達( 昭和63年1月1日 基発第1号、婦発第1号)によれば、事業場外労働の範囲について次のように述べています。

(昭和63年1月1日 基発第1号、婦発第1号)

 事業場外労働の範囲

事業場外労働に関するみなし労働時間制の対象となるのは、事業場外で業務に従事し、かつ、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であること。したがって、次の場合のように、事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであること。

[1] 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

[2] 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

[3] 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

 その運用に対する厳格性の要請から、上記赤ゴシックの2つの要件を満たすことが必要となるわけです。

典型的には、自宅から会社に寄らず直接取引先に出向いて営業活動をするような外勤営業マンや、取材活動で飛び回る記者や、出張などの臨時的事業場外労働によって労働時間の算定が困難となる場合を対象としていて、このような労働者の労働時間の算定を、実際の労働時間にできるだけ近づけて適切に行われることをめざす便宜的な算定制度である厚生労働省 HP版調整事件解説集⑬ 事業場外みなし労働時間制の適用)

 とされています。

御社は営業マンにこの事業場外のみなし労働時間制を適用しているということですから上記①事業場外の業務に従事という要件は満たしていることになります。従って、その営業マンたちが従事する業務態様が次の②の使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であることという要件を満たしているか別途検証する必要があります。御社の具体的な営業マンの業務態様については設問からは詳細なことが解りませんが、参考になるかもしれない判例として同じ不動産会社のレイズ事件(東京地裁平成22年10月27日・労判1021号39頁があります。被告会社を解雇された当時営業本部長の地位にあった原告が時間外・休日労働にかかる未払賃金の支払いを求めたのに対し、被告会社は、原告が管理監督者にあたること、事業場外みなし制度が適用されることなどを主張して争った事件で、結論としては、事業場外みなし労働時間制が否定されています。

(前略)・・・そして、使用者は、本来、労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのであるから、本件みなし制度が適用されるためには、例えば、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに、労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず、具体的事情において、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。(中略)Xが従事した業務の一部又は全部が事業場外労働(いわゆる営業活動)であったことは認められるものの、Xは、原則として、Y社に出社してから営業活動を行うのが通常であって、出退勤においてタイムカードを打刻しており、営業活動についても訪問先や帰社予定時刻等をY社に報告し、営業活動中もその状況を携帯電話等によって報告していたという事情にかんがみると、Xの業務について、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるとは認められない
また、Xは、営業活動を終えてY社に帰社した後においても、残務整理やチラシ作成等の業務を行うなどしており、タイムカードによって把握される始業時間・終業時間による限り、所定労働時間(8時間)を超えて勤務することが恒常的であったと認められるところ、このような事実関係において、本件みなし制度を適用し、所定労働時間以上の労働実態を当然に賃金算定の対象としないことは、本件みなし制度の趣旨にも反するというべきである。

 と判決の中で述べ、被告会社は、原告に対し、時間外労働や休日労働を命じていない旨主張し、これに沿った証拠もあると認めながら、原告らが出社時及び退社時にタイカードを打刻していたことから被告会社が原告らの勤務実態を把握していたこと、被告会社は、従業員の労働管理の責任を負う使用者として、仮に原告らが業務指示に反する形で勤務していたならば、その旨注意ないし指導すべきであるが、そのような事情はうかがわれないこと、原告らの時間外労働及び休日労働は恒常的なものであったと解されることをも併せ考えると、原告らは、少なくとも被告会社による黙示の指示に基づいて業務(時間外労働及び休日労働)に従事していたものと解されるとして、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しています。

地裁レベルの判決ではありますが、上述のとおり、事業場外のみなしの2番目の要件については、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに、単に労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りないとしており相当厳しい姿勢を感じられます。

 因みに、事業場外労働に該当する場合には、その労働時間は以下の3つのいずれかの時間とみなされることになるとされています。

① 所定労働時間(38 条の 2 第 1 項)

② 通常必要とされる労働時間(同条 1 項但書)

③ 労使協定による労働時間(同条 2 項)

上記の①~③について若干補足説明と問題提起をさせてもらうと、そもそも事業場外のみなし労働時間制は、営業職等時間管理をする者がおらず正確な労働時間把握が困難な業務に限り認められている制度なので、制度の対象となる外勤労働者の実際の外勤時間とは関係なく、内勤時間も含め所定労働労働したものとみなすことができる制度ですが、外勤業務が通常の所定労働時間内では終了しないことが明らかな時には、その業務の遂行に通常必要とされる時間労働したとみなすことができ、その時間が法定労働時間を超えるときには労使協定に定めた時間労働したとみなすことができる制度です。もちろんその場合には、当該労使協定を所轄労働基準監督署へ届けなければなりませんが、同時に内勤業務も行うことが明らかなときには、その内勤業務に必要な時間も含め36協定の締結が必要となります。問題は、内勤も含め所定労働時間労働したものとみなす「みなし労働時間制」を採用している場合、所定労働時間の労働とみなしている以上、残業を何時間行わせても所定労働時間労働したとみなしてよいのか、それとも、所定労働時間とみなした以上は、終業時刻にすべての業務が終了するようにしなければならず、まったく残業が許されないのかという問題があります。

この法律上規定されている「みなす」という言葉の効果についてですが、「労働時間・休日・休暇の実務 Q&A120 弁護士 外井浩志(著)」(三協法規出版)の中で著者である外井弁護士は次のように述べています。

使用者が就業規則で事業場外労働についてはみなし労働時間制を採用すると定めれば、その業務が事業場外労働であって労働時間が算定できない業務の遂行に該当すれば、労働者の意思如何にかかわらず、労働時間の計算方法といして「みなし労働時間」制度が適用になると解されています。

法律上明白に「みなす」と規定されており、「みなす」とは「推定」とは違い反証を許さないということであり、反証をいかに挙げてもその法律効果は覆らないという定めです。実際に労働した時間が多くても証拠となるメモや申告書を持ち出しても、所定労働時間または通常業務に必要とされる時間(または労使協定時間)だけ労働したものと取り扱われることになります。

 所定労働時間ではない「みなし」の場合ですが、通常は、「その業務をおこなうのに通常必要とされる時間」は、その業務を行うのに必要な平均的な時間として定めていると思います。例えば、ある事業場外での業務について、8.5時間で終了することもあれば9.5時間かかる日もあるけれど、平均すれば9時間かかるような場合であれば、「その業務をおこなうのに通常必要とされる時間」は9時間となります【新訂3版 知らなきゃトラブル!労働基準関係法の要点 公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会(編)

なお、当該業務の遂行に通常必要とされる時間とは、通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間であることとされています(昭和63年1月1日 基発第1号、婦発第1号)

しかしながら、通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要な時間は、個人差があり一定ではないはずですが、ここでは、通常人という概念を設定し、「通常人が通常労働する場合」の平均的労働時間を想定しているそうです。従って「通常人」を想定しなければならないわけであり、そこが、使用者の裁量的判断に委ねるのと同視されることになってしまい、「みなし」という強い効果を与える基準として曖昧であり好ましくないという指摘もなされています。 「労働時間・休日・休暇の実務 Q&A120 弁護士 外井浩志(著)」(三協法規出版)

その、労働時間の設定に関して、上記裁判例では次のように述べています。

労働基準法は、事業場外労働の性質にかんがみて、本件みなし制度によって、使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから、本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が、現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。したがって、例えば、ある業務の遂行に通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合であるにもかかわらず(本来、労働基準法38条の2第1項但書が適用されるべき場合であるにもかかわらず)、労働基準法38条の2第1項本文の「通常所定労働時間」働いたものとみなされるなどと主張して、時間外労働を問題としないなどということは、本末転倒であるというべきである。

 以上の事からすれば、御社では連日の報道に触発された社員から実働時間の差額分の未払い残業代を請求されていたとしても、「みなし」の効果がある以上、職場で定めた(協定された)「その業務を行うのに通常必要とされる時間」が労働時間であり、他に上記のような本末転倒となるような事情がなければ、その定めた時間に対応した時間分の賃金を支払っていれば問題ないということになります。

ところが、その「みなし」に関連して、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であるか否かの判断において、自己申告となる「添乗員が実際に行った旅程管理の状況について出発時刻、到着時刻等を詳細かつ正確に記載した添乗日報」を「補充的に用いる」ことによって「本件添乗業務についての添乗員の労働時間を把握するについて、その正確性と公正性を担保することが社会通念上困難であるとは認められない」とし、みなし労働時間制の適用はないと判示する高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第1事件)(東京高裁平成23年9月14日)】が現れるとともに、その後、実質同様の判断を示した最高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2事件)(最高裁第二小法廷平成26年1月24日】が現れるという阪急トラベルサポートの一連の事件の判例がでてきました。 

 

今回はここまでとして、次回、最後にご紹介した判例につてい若干触れることとして今回のテーマである事業場外みなし労働時間制を終了したいと思います。

 

〈参考文献および資料〉 

(文献)

・「労働時間・休日・休暇の実務 Q&A120 弁護士 外井浩志(著)」(三協法規出版)

・【新訂3版 知らなきゃトラブル!労働基準関係法の要点 公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会(編)】

労働判例インデックス 明治大学法科大学院教授 野川 忍(著)商事法務

・最新重要判例200労働法(増補版)神戸大学大学院法学研究科教授 大内伸哉(著)弘文堂

判例 

レイズ事件(東京地裁平成22年10月27日・労判1021号39頁)弁護士法人 栗田勇法律事務所HP

厚生労働省 HP版調整事件解説集⑬ 事業場外みなし労働時間制の適用

 


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