定年後再雇用「労働条件引き下げに限界」! 労使に新たなお付合い?

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(目次)

 1.2018年3月31日朝日新聞朝刊記事の内容

  2. 高年齢者雇用安定法の概要説明

 3.モデル裁判例 津田電気計器事件の内容

 

1.2018年3月31日朝日新聞朝刊記事の内容

3月31日の朝日新聞朝刊の報道内容です。

北九州市にある食品の加工販売を手掛ける会社に約40年勤務していた女性が、定年後再雇用の条件として、従前からの賃金の75%削減条件の会社側の提案が不法行為に当たるとして慰謝料100万円の支払いを会社側に命じた高裁判決が確定したというものです。

 判決は昨年9月7日付。原告、会社双方が上告したが、最高裁が3月1日にいずれも不受理の決定をして確定した。(中略)原告は60歳の定年時は経理を担当し、月給は約33万円だった。同社は、再給与雇用後は時給制のパート勤務とし、月給換算で定年前の25%相当まで給与を減額する条件を示したが原告は拒んだ。高裁判決は、65歳までの雇用の確保を企業に義務付けた高年齢者雇用安定法の趣旨に沿えば定年前と再雇用後の労働条件に「不合理な相違が生じることは許されない。」と指摘。同社が示した再雇用の労働条件は「生活への影響が軽視できないほどで厚年法の趣旨に反し、違法」と認めた。

という内容の記事です。

 新聞記事が出たのが3月31日で、4月になると各社で定年を迎える労働者が出てきますので、もの凄く企業実務にインパクトを与えるタイミング出てきた記事だなぁと思いました。

高年齢者雇用安定法により、平成10年4月から定年を60歳を下回ることができないとされたこともあり、現在ほとんどの企業が60歳定年制を下回る制度で運用しているところはないと思います。

この高年齢者雇用安定法について、少しおさらいをさせていただくと、我国の少子高齢化による労働力人口の減少と特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分の段階的支給開始年齢の引き上げを契機に、高年齢者が老後においてもその年齢にかかわりなく意欲と能力に応じて安定して働き続けることができる環境の整備が重要となり、平成16年改正および平成24年改正において、企業に対する65歳までの雇用確保措置の制度が導入されました。

 

 2. 高年齢者雇用安定法の概要説明

 (1)(平成16年改正の雇用確保措置)

65歳を下回る定年制の定めのある企業では、定年退職を迎えた労働者が、希望した場合は、65歳までの安定した雇用確保措置が義務化されました。雇用確保措置の内容としては、① 65歳以上への定年制度年齢の引き上げ  継続雇用制度の導入  定年制度の廃止 のいずれかの制度を導入することが義務とされました。

②の継続雇用制度の導入を選択する企業が大多数であると言われていて、その継続雇用制度には、定年退職後も引き続き同じ労働条件で働き続ける勤務延長制度と、定年後いったん退職し、新たな労働条件で再雇用される再雇用制度2種類があります。

継続雇用制度の定義は、現に雇用する労働者が希望する場合には、当該高年齢者をその定年後も引き続き雇用する制度ということですから、本人が希望をすれば定年後も引き続き雇用を継続する制度であるのが原則であるとされています。

但し、②の継続雇用制度を導入する場合、この平成16年改正では、原則通りに、必ず希望者全員を継続雇用することまでを求めるものではなく、継続雇用制度の対象者に係る基準を企業側は労使協定(労使の協議が整わない場合における就業規則への基準の策定導入の経過措置あり)に定めることができることとされていました。継続雇用に係る年齢についても、一気に65歳までの継続雇用措置にする必要はなく、特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢段階的引き上げに呼応する形で、継続雇用制度導入に係る年齢を段階的に引き上げていく制度となっていました。*1

 

 (2)(平成24年改正の雇用確保措置)

職発1109第2号 平成 24 年 11 月9日 (抜粋)

 1.継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止 

 少子高齢化が急速に進展する中、労働力人口の減少に対応し、経済と社会を発展させるため、高年齢者をはじめ働くことができる全ての人が社会を支える全員参加型社会の実現が求められており、また、現在の年金制度に基づき平成25年度から特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分(以下「厚生年金報酬比例 部分」という。)の支給開始年齢が段階的に引き上げられることから、現状のままでは、無年金・無収入となる者が生じる可能性がある状況であります。 このような状況を踏まえ、継続雇用制度の対象となる高年齢者につき事業主が 労使協定により定める基準により限定できる仕組みを廃止するなどの改正を行っ たものであるとされています。
 

 2.継続雇用制度の対象者を雇用する企業の範囲の拡大 

 継続雇用制度には、事業主が、特殊関係事業主(当該事業主の経営を実質的に支配することが可能となる関係にある事業主その他の当該事業主と特殊の関係のある事業主として厚生労働省令で定める事業主)との間で、当該事業主の雇用する高年齢者であってその定年後に雇用されることを希望するものをその定年後に当該特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約を締結し、当該契約に基づき当該高年齢者の雇用を確保する制度が含まれることとされました。

 継続雇用先の範囲を拡大する特例において、特殊関係事業主とされるのは、
[1]元の事業主の子法人等
[2]元の事業主の親法人等
[3]元の事業主の親法人等の子法人等
[4]元の事業主の関連法人等
[5]元の事業主の親法人等の関連法人等
 のグループ会社です。

<他社を自己の子法人等とする要件>

当該他社の意思決定機関を支配しているといえることです。具体的には、図1に示す親子法人等関係の支配力基準を満たすことです。

(図1)

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<他社を自己の関連法人等とする要件>

当該他社の財務及び営業又は事業の方針の決定に対して重要な影響を与えることができることです。具体的には、図2に示す関連法人等関係の影響力基準を満たすことです。

(図2)

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3.義務違反の企業に対する公表規定の導入

 厚生労働大臣は、事業主に対し高年齢者雇用確保措置に関する勧告をした場 合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができることとされました。

4.高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針の策定

事業主が講ずべき高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針の根拠を設けられました。

5.その他

 経過措置により、平成 37 年3月 31 日までの間、継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を厚生年金報酬比例部分の支給開始年齢以上の者を対象に、利用することができることとされました。*2

以上、説明してきたように、企業は高年齢者雇用安定法により、定年を迎えた高年齢者が希望する場合には、65歳までの安定した雇用の継続を確保するための措置を講じなければならなくなりました。平成16年改正の継続雇用に係る基準については、特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分支給開始年齢以上を対象に、平成37年3月までの経過措置が設けられましたが、その経過措置を除けば、当該企業の解雇事由や退職事由に該当する場合以外は、原則希望者全員を継続雇用の対象にしなければなりません。

ここで問題となるのが、法第9条第1項の「高年齢者雇用確保措置」の内、継続雇用制度の再雇用制度を選択している場合で、継続雇用に係る基準を満たすにもかかわらず企業側が継続雇用を拒む場合や企業側が新たに提示した雇用条件に、再雇用希望者が同意を拒み、結果として再雇用を拒否する結果となった場合、企業側は法違反に問われるのかという問題があります。

まずは、高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみ、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意が必要とされています。

ここで参考とされている裁判例として、津田電気計器事件(平成24年11月29日 第一小法廷判決) というモデル裁判例があります。

事件自体は、平成24年改正前の高年法の9条1項、2項に基づき判断されたものです。

 

3.モデル裁判例 津田電気計器事件の内容

事件の概要としては、電気計測器の会社に雇用され定年を迎えた労働者が、継続雇用制度によって継続雇用されたと主張して、労働契約上の地位の確認を求めるとともに未払賃金等の支払を請求し、これに対し会社は、改正後(平成16年改正)の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律に基づき制定した「高年齢者継続雇用規程」(継続雇用規程)の定める継続雇用の基準を労働者が満たしていなかったとして争った事案の上告審です。

第一審大阪地裁は、労働者は継続雇用規程に定める再雇用の基準(保有資格、業務習熟度、社員実態調査結果、賞罰実績)を満たしているとして地位確認を認め、賃金請求については、確定判決までの主位的請求を棄却し、予備的請求を認め賃金支払を命じた(将来請求は却下)。会社が控訴。労働者も敗訴部分の取消しを求め附帯控訴し、賃金請求に係る遅延損害金の支払を追加して請求。 第二審大阪高は、継続雇用規程及び雇用継続基準は適法とした上で、継続雇用規程における業務習熟度表、社員実態調査票等から総合点数を求めても労働者は基準を満たすのにもかかわらず会社が承諾しなかったものであり、不承諾は権利濫用であるから継続雇用契約が成立したものというべきであるとして、原審を支持しました。

控訴審では、

(1)(控訴人の継続雇用規程に定められた本件選定基準は適法なものといえるか。)

(2)(控訴人と被控訴人との間で継続雇用契約が成立したか。)       (3)(継続雇用契約が成立した場合の賃金額)

 以上の3つが争点とされていますが、ここでは、参考に(2)(控訴人と被控訴人との間で継続雇用契約が成立したか。)についての内容について簡単に紹介しておきたいと思います。

 大阪高裁は、「契約成立の判断について」の中で、(平成24年改正前)高年法9条2項は、事業主と労働者の過半数代表との書面協定によって「継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定め、当該基準に基づく制度を導入したときは、前項第二号に掲げる措置を講じたものとみなす」と定めているので、高年法は、労働者の過半数の代表者との書面協定によって継続雇用の対象とする労働者を事業主が選別することを許容したものと解されるとした上で、控訴人の「会社は、継続雇用を希望する高年齢者のうちから選考して高年齢者を採用する。」と定められている継続雇用規程の定めと実際の運用に照らし、継続雇用対象者の希望が継続雇用契約の申込みであり、査定の結果通知が承諾、不承諾に当たると解するのが相当であるとしています。

そして、核心の契約成立の判断について、

もっとも、このように解したからといって、労働者から継続雇用の申込みがあった場合に事業主である控訴人において自由に採否を決められるものではなく、当該労働者が選定基準を満たす場合は、控訴人には継続雇用を承諾する義務が課せられていると解すべきである。そこで、これに反して被控訴人が不承諾とした場合には、解雇法理(解雇権濫用法理)を類推適用して、不承諾は使用者の権利濫用に当たり、不承諾を当該労働者に主張することができない結果継続雇用契約が成立したと扱われるべきものと解するのが相当である。
 〔中略〕
以上の査定帳票の点数を継続雇用対象者の査定表に当てはめると、保有資格0点、業務習熟度表0点、社員実態調査票マイナス4点、賞罰実績5点であり、総合点数は1点になる。
 そうすると、控訴人は、被控訴人の継続雇用の申込みに対し、被控訴人が基準を満たすのにもかかわらず承諾しなかったことになる控訴人が被控訴人の継続雇用を不承諾とするのは権利濫用であり、被控訴人との間で継続雇用契約が成立したものというべきである。

 以上の様に述べ、被控訴人の請求のうち地位確認請求は理由があるとされました。  

控訴審では、控訴人は、被控訴人が基準を満たしているにも関わらず継続雇用を不承諾としたことが権利濫用であるとしました。控訴人と被控訴人(第1審原告)とで基準の適・不適についての判断にくい違いがあったため争いとなったわけですが、基準に適合するか否かの主張・立証については、選定基準を定めたのは控訴人であること、選定基準に係る査定帳票がいずれも控訴人の作成保管するものであること、選定基準の内容は人事評価に係ることであり、もっぱら控訴人側が把握している事実であることにかんがみ、控訴人側においてなされる必要であるとしています。平成16年改正法は、継続雇用制度の対象者に係る基準については、労働者の過半数の団体意思を反映させるとともに、使用者による恣意的な対象者の限定を防ぐため過半数を代表する労働組合と労使協定を結ぶことを原則として求めていますが、協議をするために努力したにもかかわらず協議が整わないときには、就業規則などに基準を定めることにより制度を導入できるという経過措置が設けられていたことは前述のとおりです。

継続雇用制度の対象者に係る基準の策定に当たっては、労使間で十分協議の上、各企業の実情に応じて定められることを想定しており、その内容については、原則として労使に委ねられるものであり、労使間で十分協議の上定められたものであれば、高年齢者雇用安定法違反とまではいえないとされています。しかしながら労使で十分に協議の上、定められたものであっても、事業主が恣意的に継続雇用を排除しようとするなど、高年齢者雇用安定法の趣旨に反するものや、他の労働関連法規に反する又は公序良俗に反するものは当然認められません。高年齢者が年齢にかかわりなく働き続けることのできる環境を整備するという高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみれば、職種や管理職か否かによって選別するのではなく、意欲と能力のある限り継続雇用されることが可能であるようなより具体的かつ客観的な基準が定められることが望ましいとされています。

その具体性客観性について通達(平 成 16 年 11 月 4 日 職 高 発 第 1104001 号)

http://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/dl/tuu1a.pdf

では次のように説明されています。

 ① (具体性)意欲、能力等をできる限り具体的に測るものであること

労働者自ら基準に適合するか否かを一定程度予見することができ、到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような具体性を有するものであること。

(客観性)必要とされる能力等が客観的に示されており、該当可能性を予見することができるものであること

企業や上司等の主観的な選択ではなく、基準に該当するか否かを労働者が客観的に予見可能で、該当の有無について紛争を招くことのないよう配慮されたものであること。

(望ましい基準例)

『社内技能検定レベルAレベル』

『営業経験が豊富な者(全国の営業所を3か所以上経験)』

『過去3年間の勤務評定がC以上(平均以上)の者』(勤務評定が開示さ れている企業の場合)

あくまでも、法の趣旨に沿うようにとの基準策定上の留意事項とされていますが、「会社が必要と認める者」や「上司の推薦がある者」というだけでは基準を定めていないことに等しく、したがって、このような不適切な事例については、公共職業安定所において、必要な報告徴収が行われるとともに、個々の事例の実態に応じて、助言・指導、勧告、企業名の公表の対象となるとされています。*3下線部にあるように紛争防止のため、具体性、客観性ともに労働者からのある程度の予見可能性を備えることを求めていますし、具体性については、到達していない労働者に対して能力開発等を促すことができるような具体性を望ましい基準として求めています。

話を事件に戻すと、争点(1)(控訴人の継続雇用規程に定められた本件選定基準は適法なものといえるか。)について、継続雇用規程及び選定基準は違法無効とはいえず適法なものと判断されています。ただ、適法とされているということは、法の趣旨に反しておらず、他の労働関係法令や公序良俗にも反しないということであるのでしょうから、そのことだけで控訴会社の選定基準が上記望ましい基準であったかどうかまでは断言できませんが、選定基準が控訴会社査定帳票の具体的客観的基準項目点数の総合点数によって継続雇用の適否が判断されるものとなっていることから望ましい基準を満たしているといってよい と思います。

多くの労使協定がそうであるように、高年齢者雇用安定法の労使協定については私法的効力が認められていないとされていて、ただ、法が想定する各企業の実情に応じた内容とするため、原則(65歳までの雇用確保)以外の方法を採用する場合、法の継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めることが許容されており、協定に定めた場合には、法の9条1項の②の継続雇用制度を導入したことになると原審でも述べられています。従って、基準以外の継続雇用後のその他の労働条件も含め、私法的効力を持たせるためには、制度の詳細内容を協定と別に就業規則に定めなければなりません。但し、協定が過半数労働組合と締結される場合は、基準以外の労働条件についても定めることができ、その場合は、協約の一般的拘束力により組合員を拘束することになります。

ただ、現在は経過措置はなくなりましたが、原審は、基準について就業規則に定めた場合の取り扱いについては、そのことで直ちに雇用契約が成立することはなくとも、その定めた規定を周知する行為は申込みの誘因であり、継続雇用希望者の希望申し出が申込みであり、企業側の返答が承諾・不承諾となるとしながらも、高年法の趣旨にかんがみ、基準を満たしていながら承諾しないことは、解雇権の濫用法理の類推適用により権利濫用であり、結果雇用契約が成立するとしています。

この原審の判断は、改正法9条自体の私法的効力を否定していることになるのでしょうけれど、高齢法の趣旨に鑑み、完全なる労使の私的自治に委ねるのではなく、基準が就業規則に定められ、その基準を満たしている以上は、期待権の保護に値するに等しい効果を認めていることになると思います。一旦有効に成立した雇用契約の解除は解雇であり、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、解雇権の乱用に該当するということなのでしょう。

この改正法9条自体の雇用契約に対する直接的な私法的効力についての裁判所の立場は、実質的に肯定説の立場をとる裁判例京濱交通事件(横浜地川崎支判平22.2.25労判1002号5頁)*4もありますが、大半の判例は、「同条は、私人たる労働者に、事業主に対して、公法上の措置義務や行政機関に対する関与を要求する以上に、事業主に対する継続雇用制度の導入請求権ないし継続雇用請求権を付与した規定(直截的に私法的効力を認めた規定)とまで解することはできない」という否定的立場であるとされています。「NTT東日本事件(東京高判平22.12.22判 時2126号133頁)等」。

今回記事は、モデル裁判例控訴審の内容の説明が大半になってしまいましたが、事件の上告審自体が控訴審判決の内容の趣旨と同旨であるとしていることを理由としています。

その上告審では、上述のように原審の内容と同旨としながら、原審の解雇権乱用の類推適用の判断枠組みについては、有期労働契約における雇止めに関する判例法理を確立した東芝柳町工場事件(最一小判昭49.7.22 民集28-5-927)および日立メディコ事件(最一小判昭61.12.4 労判486-6)を引用・参照し、継続雇用への合理的期待に言及して、次のように述べています。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/762/082762_hanrei.pdf

上告人は,法9条2項に基づき,本社工場の従業員の過半数を代表する者との書面による協定により,継続雇用基準を含むものとして本件規程を定めて従業員に周知したことによって,同条1項2号所定の継続雇用制度を導入したものとみなされるところ,期限の定めのない雇用契約及び定年後の嘱託雇用契約により上告人に雇用されていた被上告人は,在職中の業務実態及び業務能力に係る査定等の内容を本件規程所定の方法で点数化すると総点数が1点となり,本件規程所定の継続雇用基準を満たすものであったから,被上告人において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる*5一方,上告人において被上告人につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来により被上告人の雇用が終了したものとすることは,他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって,本件の前記事実関係等の下においては,前記の法の趣旨等に鑑み,上告人と被上告人との間に,嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり,その期限や賃金,労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される最高裁昭和45年(オ)第1175号同49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁,最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁参照)。そして,本件規程によれば,被上告人の再雇用後の労働時間は週30時間以内とされることになるところ,被上告人について再雇用後の労働時間が週30時間未満となるとみるべき事情はうかがわれないから,上告人と被上告人との間の上記雇用関係における労働時間は週30時間となるものと解するのが相当である。
原審の前記判断は,以上と同旨をいうものとして,是認することができる。論旨は採用することができない。

 以上のように、モデル裁判例である津田電気計器事件控訴審及び上告審を参考に、継続雇用に係る基準を満たすにもかかわらず企業側が継続雇用を拒む場合の違法性の問題について、考察してきましたが、改正法自体に私法的効力がなくとも、基準を満たしている継続雇用希望者に企業側が特段の理由もなく拒絶することは、違法と判断される可能性が高いということになります。最新の改正により継続雇用に係る基準が廃止され原則希望者全員に対して65歳までの雇用確保措置が義務化されましたが、同時に特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢の段階的引き上げの時間的猶予の関係から、経過措置が認められており、引き続き企業側には、基準の見直し等注意が必要です。

さて、モデル裁判例では、継続雇用基準を満たすものに対する特段の事情のない再雇用拒否が、客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないとされ、会社の継続雇用規定に従った労働条件での雇用契約の成立を認めていますが、そもそも基準以外に詳細な再雇用後の労働条件が定められていない場合は、どうなるのかという問題があります。裁判所が勝手に再雇用後の労働条件を決定することができない以上、65歳までの再雇用が従前と同様の労働条件で認められたことになってしますのでしょうか?それとも改正法9条自体に私法的効力がないというのが大半の裁判所の立場ですので、労働条件が確定できない以上、再雇用の成立自体あり得ないと判断されてしまうのでしょうか?参考となる裁判例として、

(日本ニューホランド〔再雇用拒否〕事件・札幌地裁平22.3.30判決)があります。

以降は、2011年(平成23年)労働判例・命令総索引からの抜粋です。 

被告Y社が,少数組合である訴外B組合の中央執行委員長であった原告Xの定年(満60歳)後の再雇用を拒否した件につき,本件再雇用制度における再雇用契約とは,Y社を定年退職した従業員がY社と新たに締結する雇用契約であり,雇用契約において賃金の額は契約の本質的要素であるから,再雇用契約においても当然に賃金の額が定まっていなければならず,賃金の額が定まっていない再雇用契約の成立は法律上考えられないとされ,本件再雇用規程8条によれば,再雇用契約における賃金の額は,再雇用を希望する従業員とY社の合意により定まるものであること,Y社はXとの再雇用契約締結を拒否しており,再雇用契約における賃金額について何らの意思表示もしていないことからすると,仮に本件再雇用拒否が無効であるとしても,Xの賃金額が不明である以上,XとY社との間に再雇用契約が成立したと認めることはできないとして,Xの地位確認および未払賃金の請求が棄却された。

 Xには,本件再雇用拒否によって再雇用契約締結の機会が奪われたことによる財産的および精神的損害が発生したといえるとして,Xの損害額につき500万円,弁護士費用につき50万円を認めた一審判決は相当であるとして,Y社による事実認定,法的評価等が不当であるとする主張が棄却された。

 結局は、重要な雇用契約の要素が決まっていない以上労働契約の成立は法律上考えられないと判断されていますが、会社の再雇用拒絶は不法行為に該当するとして違法と判断され損害賠償が認められています。

 企業の皆様には、定年退職者が多く出るであろう4月中に、継続雇用規定の見直しを強くお勧めします。

次回の予定は、同じテーマで、本件記事の中で取り上げたもう一つの継続雇用に対する問題、企業側が新たに提示した雇用条件に、再雇用希望者が同意を拒み、結果として再雇用を拒否する結果となった場合の違法性の問題について考察を予定しています。

(参考) 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律
(目的)
第一条 この法律は、定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もつて高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的とする。


(高年齢者雇用確保措置)
第九条 定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。
一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
三 当該定年の定めの廃止

2 継続雇用制度には、事業主が、特殊関係事業主(当該事業主の経営を実質的に支配することが可能となる関係にある事業主その他の当該事業主と特殊の関係のある事業主として厚生労働省令で定める事業主をいう。以下この項において同じ。)との間で、当該事業主の雇用する高年齢者であつてその定年後に雇用されることを希望するものをその定年後に当該特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約を締結し、当該契約に基づき当該高年齢者の雇用を確保する制度が含まれるものとする。

3 厚生労働大臣は、第一項の事業主が講ずべき高年齢者雇用確保措置の実施及び運用(心身の故障のため業務の遂行に堪えない者等の継続雇用制度における取扱いを含む。)に関する指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。

4 第六条第三項及び第四項の規定は、指針の策定及び変更について準用する。


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<参考文献及び資料>

(資料)

厚生労働省ホームページより最新平成24年改正法 Q&A

独立行政法人労働政策研究・研修機構サイトより 85)再雇用 ~定年退職後の再雇用および雇用延長~

判例 

 「京濱交通事件」について「952号 京濱交通事件 - 労働ジャーナル」のサイトより

   「津田電気計器事件 最高裁第一小法廷判決」について裁判所裁判例検索サイトより

   「日本ニューホランド事件」について「労働判例2011. 12. 15(No.1034)付録 」のサイトより

・論文

    LIBRA 2014年1月号 「近時の労働判例~労働法制特別委員会若手会員から~  第14回 最高裁平成24年11月29日判決 (津田電気計器事件)労働法制特別委員会研修員 大野 俊介」

(文献)

・「労使協定・労働協約完全実務ハンドブック」弁護士 渡邊 岳著 日本法令

*1:平成18年4月からは、62歳まで、平成19年4月からは63歳まで、平成22年からは64歳までの雇用確保の措置とされていればよく、65歳までの雇用確保措置が必要となるのは平成25年4月以降とされていた。

*2:経過措置により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることができるのは、改正高年齢者雇用安定法が施行されるまで(平成25年3月31日)に労使協定により継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めていた事業主に限られます。

*3:改正高年齢者雇用安定法においては、高年齢者雇用確保措置が講じられていない企業が、高年齢者雇用確保措置の実施に関する勧告を受けたにもかかわらず、これに従わなかったときは、厚生労働大臣がその旨を公表できることとされていますので、当該措置の未実施の状況などにかんがみ、必要に応じ企業名の公表を行い、各種法令等に基づき、ハローワークでの求人の不受理・紹介保留、助成金の不支給等の措置を講じることにしているとされています。

*4:被告会社の各事業所には当該事業所の過半数を代表する組合はなく、また労働者代表も選出されていなかったのに加盟する全京浜交通労組との間で労使協定を締結していた。また、継続雇用措置の導入を定める被告就業規則29条は、「協定をするため努力をしたにもかかわらず協議が整わない」という手続き要件を欠いており無効であると判示し、結論として、原告は、被告会社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを認めている。出典:952号 京濱交通事件 - 労働ジャーナル社より

*5:原審の適法に確定した事実関係等の概要によると、被上告人の在職中の業務実態及び業務能力に係る査定等の内容を本件規程所定の方法で点数化すると,総点数は1点となるが、上告人は,被上告人に係る上記査定等の内容の点数化に当たり,直近の査定帳票を用いず賞罰実績につき表彰実績を加算しないなど評価を誤り,総点数を0点に満たないものと評価していた。