コーヒーブレークQ&A 定年再雇用の事務手続き2 目指せ社労士合格

 

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前回は、定年再雇用の基づく社会保険の資格の得喪関係について手続き上の留意事項を相談事例形式に沿って説明しましたが、説明内容が若干不十分であり、誤解を招くかもしれない事項について補足説明をさせていただきます。前回記事の2.資格喪失の箇所で、「例えば、私立学校の教師や講師等が、1カ月を超えるような夏季長期休暇中の出勤義務がなく給与の支払いもその間なされないようなケースにおいては、一旦資格喪失扱いの取扱いとされる場合もあり得ます。」と書いていましたが、留意事項としての特殊なケースとして事例を載せたような不適切な内容のように思えましたので、原則論から補足説明いたします。

原則:適用事業所に使用されるものは、「その事業所に使用されなくなった日」の翌日にその被保険者資格を喪失する。

行政解釈:行政解釈によると、「その事業所に使用されなくなった」とは、使用関係がなくなることをいい、休職中で無休であっても使用関係が存続しているとみられる場合には被保険者資格は存続する昭和6年2月4日保発59号)

例えば、就業規則の規定に基づく私傷病休職、育児・介護休業法に基づく育児休業や介護休業の場合などです。

実質論:但し、使用関係がなくなったというためには雇用契約関係の喪失まで必要となるわけではないと解されいて、たとえば、休職中に雇用契約関係が存続していても、給料がまったく支給されず、名義は休職でも実質的に使用関係の消滅とみる方が妥当な場合は、被保険者資格の喪失の取り扱いが妥当とされ、(昭和25年11月2日保発75号)公務に就任しこれに専従する場合の休職は、被保険者資格を喪失させるのが妥当とされています。(昭和28年3月9日保文発619号判例・通達からみる 労働・社会保険企業年金生活保護 弁護士 河本毅(著)日本法令

 以上の補足説明を、前回記事に当てはめると、一般的に私立学校の教師とかの通常勤務者に関しては、夏季休暇等に就労義務がなく無休であるからといって被保険者資格を喪失することは原則的にはないことになりますが、任用期間が短期の非常勤講師の1カ月を超えるような夏季休暇とか、常勤の教師であっても、その休暇期間が長期に及び実態として使用従属関係を喪失したと扱う方が妥当な場合は被保険者資格を喪失した扱いとされる場合があるというのが正しい説明になります。因みに、事実上の使用関係が消滅したと認めれるほどの長期に及ぶ出張の場合は、被保険者資格を喪失する場合があり得ることでは同様です。

さて、今回は、同様の継続雇用の手続きシリーズで、次のような質問を想定した記事にしてみました。

質問:有難うございました。今回初めて定年退職者を迎えるに当たって被保険者資格の同日得喪(同日付の資格取得と資格喪失手続きのこと)の手続きができるということを知り多少なりとも当社社会保険料が軽減できることを知り嬉しく思います。前回の貴事務所の記事を参考に早速、社会保険の被保険者資格の取得と喪失の手続き準備に入りましたが、新たな労働条件の給与締め日と賞与支払いの当社規定との関係上、どのような手続きになるのか新たな疑問が生じています。当社の定年再雇用後の給与規定によれば、給与日は10日締め翌10日払いとなっていて、再雇用後初めての給与に関しては、再雇用前の給与を支給することとなっています。また、賞与に関しては、定年退職月に一旦締月分の賞与を支払うこととしています。その場合、資格取得月の資格取得時報酬に記載する報酬は、従前の報酬になるのですか?それとも、新たな労働条件に基づく給与額を記入しておけばよいのでしょうか?また、賞与に関しては、どのように考えればよいのでしょうか?

 答:今回も、実務家の方には少々物足りないかもしれませんが、基本的なことからおさらいしていきましょう。

1.保険料の算定                                                                                                                 まず、健康保険の保険料の算定についての復習ですが、保険料は被保険者資格を取得した月から被保険者資格を喪失した月の前月分までが算定されるのが原則です。

従って、月末退職の場合を除いては、退職日の属する月の分の保険料は原則として徴収されません。賞与についても同様の扱いとなります。(5月10日退職の場合資格喪失は翌日の5月11日となり、退職月分の保険料はかかりませんが、5月末退職の場合、資格喪失日は翌日の6月1日となるため、5月分の保険料が徴収されます。その場合は保険料は翌月末までに前月分を支払うこととされているため、退職月は前月の4月分と5月分の2か月分の支払いが必要となります。)

原則は上記の通りですが、資格取得月の月末でない日に会社を退職した場合は、資格喪失月ではありますが、その月を1カ月としてカウントすることとされています。(その月に更に被保険者資格を取得する場合を除く)

保険料の計算は例え月の途中の資格喪失であっても、日割り計算ではなく月を単位として計算されるため1か月分の保険料の支払いが必要となります。

社会保険の一般的な保険料の計算式は、その者の標準報酬月額及び標準賞与額に保険料率を乗じて算出されますが、健康保険法と厚生年季保険法では、その標準報酬月額の等級区分数*1、細かな保険料率の決定の仕組み(詳しくは、協会けんぽ日本年金機構等それぞれの仕組みを説明しているサイトを参照ください。)健康保険では、介護保険料額がかかる者がある*2こと、などの相違があります。

2.標準報酬月額                                                                                                                  ご存知の通り、標準報酬月額というのは、被保険者の収入を健康保険、厚生年金保険の等級区分に当てはめて決定されます。(例えば、給与収入が33万円以上35万円未満の人は、健康保険では24等級の34万円、厚生年金保険では21等級で同じく34万円となる。)

3.標準賞与額                                                                                                                     標準賞与額に関しては、健康保険も厚生年金保険も、標準報酬月額とは違い等級区分などに当てはめはなく、支払われた月の賞与額に端数がある場合は千円未満を切り捨てて決定されます。ただし、標準賞与額に関しては、それぞれ上限が定められています。

健康保険法については、年度内に支払われた賞与の額の累計額573万円(第40条第2項の規定による標準報酬月額の等級区分の改定が行われたときは、政令で定める額。)を超えることとなる場合には、当該累計額が573万円となるようその月の標準賞与額を決定し、その年度においてその月の翌月以降に受ける賞与の標準賞与額はとするという決まりがあります。〈健康保険法第45条〉

一方、厚生年金保険法の場合は、健康保険法の様な年度での累計額の上限の仕組みはないのですが、1回の上限が定められており、当該標準賞与額が150万円(第20条第2項の規定による標準報酬月額の等級区分の改定が行われたときは、政令で定める額。)を超えるときは、150万円とするという決まりがあります。厚生年金保険法第24条の4〉

事業場で賞与の支給があった場合は、5日以内賞与支払届を提出が必要とされていますが、上記①の場合、つまり、年度の累計額が573万円を超える場合でも、届出が必要とされています。(同一の事業所で支給されている場合は、機械的に標準賞与額の訂正が行われる。)また、転職や転勤など、同一年度内で複数の被保険者期間があり、標準賞与額の年度累計額が573万円を超える場合は、被保険者の申し出により事業主を通じて、標準賞与額累計申出書の提出が必要になります。【年度中の被保険者期間が継続している(資格の取得・喪失がない)場合提出の必要はありませんが、継続していない場合は、賞与が支給されるその都度提出の必要があります。】

繰返しになりますが、保険料は被保険者資格を取得した月から被保険者資格を喪失した月の前月分までが算定されるのが原則で、賞与についても同様です。従って、資格取得日以降に支給された賞与については保険料の負荷対象となる一方、資格喪失日の属する月に支給された賞与については保険料の賦課対象とはなりません。しかしながら健康保険の上限の年度累計額に含まれるため、資格喪失日の前日までに支払われる賞与額についても賞与支払届の提出は必要です。*3

4.報酬の範囲(健康保険法第3条5項、6項 厚生年金保険法第3条3項、4項)

報酬及び賞与については、健康保険法第3条第5項及び第6項*4において「労働者が、労働の対象として受けるすべてのもの」と規定されているが、その解釈と実務上の運用においては「労働の対象として経常的かつ実質的に受けるもので、被保険者の通常の生計費に充てられるすべてのものを包含するもの」とされている。 「健康保険法の解釈と運用」

 上記のように、健康保険法上の報酬とは、①労働の対償であり、②経常的かつ実質的に受けるものであり、③通常の生計費に充てられるすべてのもの とされていますので、臨時に受ける給与や3カ月を超える期間ごとに受ける給与(賞与等)は原則報酬の対象とはなりません。

しかしながら、賞与に関しては、次のような留意すべきことが通達されています。

平成27年9月18日 保保発0918第1号、年管管発0918第5号 】(抜粋)

 1 報酬の範囲                                (1)毎年七月一日現在における賃金、給料、俸給、手当又は賞与及びこれに準ずべきもので毎月支給されるもの(以下「通常の報酬」という。)以外のものの支給実態がつぎのいずれかに該当する場合は、当該賞与は報酬に該当すること。                                    

  賞与の支給が、給与規定、賃金協約等の諸規定によって年間を通じ四回以上の支給につき客観的に定められているとき。                             

  賞与の支給が七月一日前の一年間を通じ四回以上行われているとき。 したがつて、賞与の支給回数が、当該年の七月二日以降新たに年間を通じ て四回以上又は四回未満に変更された場合においても、次期標準報酬月額の定時決定(七月、八月又は九月の随時改定を含む。)による標準報酬月額が適用されるまでの間は、報酬に係る当該賞与の取扱いは変らないものであること。                          

 

(2)賞与の支給回数の算定は、次により行うこと。                 

名称は異なつても同一性質を有すると認められるもの毎に判別すること。                                

例外的に賞与が分割支給された場合は、分割分をまとめて一回として算定すること。                                   当該年に限り支給されたことが明らかな賞与については、支給回数に算入しないこと。

5.標準報酬月額の算定式                           標準報酬月額の決定方式には次のような種類があります。

①資格取得時決定(健康保険法第42条、厚生年金保険法22条)               標準報酬月額は、まず、被保険者の資格を取得した段階で決定することとされていて、「資格取得時決定」といいます。

                               

②定時決定(健康保険法第41条、厚生年金保険法21条)                  標準報酬月額は、実際の報酬月額とあまりかけ離れることのないよう、1年に1回、定期的に決定しなおすことになっており、「定時決定」といいます。

                               

③随時改定(健康保険法第43条、厚生年金保険法23条)                  標準報酬月額は、1年に1回、定時決定が行われますが、その中途に昇給などが行われ、大幅に報酬月額が変動した場合には、標準報酬月額を改定できることとされており、「随時改定」といいます。

                                    

育児休業終了時改定(健康保険法第43条2、厚生年金保険法23条2)            育児休業等を終了した被保険者が、同休業終了日において当該育児休業等に係る3歳未満の子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して保険者等に申し出たときは、育児休業等終了日の翌日から起算して2月を経過した日の属する月から標準報酬月額を改定することとしており、「育児休業終了時改定」という。*5

➄産前産後休業終了時改定(健康保険法第43条3、厚生年金保険法23条3)

産前産後休業を終了した被保険者が、産前産後休業終了日において当該産前産後休業に係る子を養育する場合において、その使用される事業所の事業主を経由して保険者等に申し出たときは、産前産後休業終了日の翌日から起算して2月を経過した日の属する月から標準報酬月額を改定することとしており、「産前産後休業終了時改定」という。*6                                                   

⑥算定の特例(健康保険法第44条、厚生年金保険法24条)                     上記①②④➄の規定によって算定することが困難であるとき、又は上記①~➄の規定によって算定した額が著しく不当であると認めるときは、これらの規定にかかわらず、保険者の算定する額を当該被保険者の報酬月額とすることとされており、「保険者算定」という。*7                                                             

⑦養育期間標準報酬月額の特例厚生年金保険法26条)                    (省略)厚生年金保険の平均標準報酬額の計算の基礎となる標準報酬月額の計算の特例

 

以上、基礎的なことをざっとおさらいしてきましたが、今回の御社の定年再雇用に関しては、前回の記事でも述べたように、労働条件の変更を伴いますが、報酬比例部分の特別支給の老齢厚生年金の受給権者である被保険者であって、定年による退職後継続して雇用される者については、使用関係がいったん中断したものとみなし、事業主から被保険者資格喪失届および被保険者資格取得届を提出させる取扱いとして差し支えないこととされています。従って、原則は定年再雇用後の新給与から3カ月間の実績に基づく随時改定の必要はありませんということを述べました。

しかしながら、今回のご質問内容からは御社規定の定年年齢や定年再雇用対象者の再雇用月が不明ですのでなんともいえませんが、誕生日に定年退職する場合は各人再雇用月がバラバラとなるでしょうし、誕生日を迎える日の属する年度末ということであれば、4月1日が資格取得日になるでしょう。後者の場合ですと、随時改定は必要なくても、結局は上記「5.標準報酬月額の算定方式」②定時決定の手続きは必要になります。

ただ、3カ月を待たずに新たな報酬に基づく保険料の支払いでよいということです。

以上が原則なのですが、今回の御社のご相談内容によると、定年再雇用後の新たな労働条件についても考慮する必要があります。

御社ご相談の定年再雇用規定によると、給与日は10日締め翌10日払いとなっていて、再雇用後初めての給与に関しては、再雇用前の給与を支給することになっていて、賞与に関しては、定年退職月に一旦締月分の賞与を支払うこととしているということでした。

御社もご存知の通り、定年再雇用の手続きでも用いる資格取得届には、取得時報酬を記入する必要があります。ここで問題となるのが、御社の場合は、再雇用後最初の給与締め日には締め日前の従前の給与を支給するということで、従前の金額を記入すべきなのか、それとも新たな資格取得の届出である以上、再雇用後の35%減の給与を記入すれば良いのかという疑問が生じることです。

ここで一旦、資格取得時の報酬の決め方の原則ルールを確認しましょう。

〈健康保険法第42条、厚生年金保険法第22条〉

 保険者等は、被保険者の資格を取得した者があるときは、次に掲げる額を報酬月額として、標準報酬月額を決定する。
 月、週その他一定期間によって報酬が定められる場合には、被保険者の資格を取得した日の現在の報酬の額をその期間の総日数で除して得た額30倍に相当する額
 日、時間、出来高又は請負によって報酬が定められる場合には、被保険者の資格を取得した月前一月間に当該事業所で、同様の業務に従事し、かつ同様の報酬を受ける者が受けた報酬の額を平均した額
 前二号の規定によって算定することが困難であるものについては、被保険者の資格を取得した月前1月間に、その地方で、同様の業務に従事し、かつ同様の報酬を受ける者が受けた報酬の額
 前三号のうち2以上に該当する報酬を受ける場合には、それぞれについて、前三号の規定によって算定した額の合算額

(1) さて、今回の御社の定年再雇用後の雇用形態が不明ですが、通常の完全月給者であると仮定すると、上記により決定することになります。青ゴシックにもあるように、通常の完全月給者の資格取得時報酬は、資格を取得した日の現在の報酬の額を、その期間の総日数で除して得た額の30倍に相当する額ですので、御社の給与締め日と支払日の関係上、資格を取得した日の現在の報酬の額はあくまで、従前の退職前の報酬額ということになりますので、その金額を資格取得届の取得時報酬の欄に記入する必要があります。

 

(2)ただし、御社の定年再雇用契約の内容で、雇用形態が複数存在し、給与規定の内容も、給与計算期間中に定年再雇用日を境に従前の報酬額と新たな報酬額とを日割りで計算する者がいる場合は、上記が適用され、事業所に同様の業務に従事し、かつ、同様の報酬を受ける者がすでにいる場合新たな報酬額 で決定することになります。

しかし、御社は今回初めて定年退職者を迎えるということですので、その場合、の規定によって算定することが困難である場合上記が適用されることになります。従って、被保険者の資格を取得した月前1月間に、その地方で、同様の業務に従事し、かつ、同様の報酬を受ける者が受けた報酬の額で決定することになり、その金額を資格取得届の取得時報酬の欄に記入する必要がありますが、そのような雇用形態の従業員がいなければ、上記(1)のケースだけ考えれば問題ないということです。

以上により決定した資格取得時報酬を基に、再雇用対象者の標準報酬月額が決定されることになり、その者の資格取得日が1月1日〜5月31日の場合は、資格取得した月からその年の8月まで、その者の資格取得日が6月1日〜12月31日の場合は、翌年の8月までの各月の標準報酬月額となりますが、上記期間内に随時改定等に該当する場合は、その改定月の前月までとなります。

非常に残念ですが、社長さんが折角喜んでいた3カ月の実績に基づく随時改定を待たずに当初から安い保険料が適用になるケースには該当しないということになります。

対象者の定年再雇用による資格取得日が1月1日〜5月31日の場合は、その年の定時決定の対象となりますが、3月1日以降の取得の場合は、随時改定が7月以降の予定者となるため定時決定の対象外となります。(実際の給与支給日が翌月である例であるため)

次に、御社の退職時の賞与についてですが、先述した通り、資格取得日以降に支給された賞与については保険料の負荷対象となる一方、資格喪失日の属する月に支給された賞与については保険料の賦課対象とはなりません。しかしながら健康保険の上限の年度累計額に含まれるため、資格喪失日の前日までに支払われる賞与額についても賞与支払届の提出は必要です。また、御社の今回のケースは定年再雇用で、同一年度内で複数の被保険者期間がある場合に該当しますので、再雇用後に支給される賞与により、標準賞与額の年度累計額が573万円超える場合は、被保険者の申し出により事業主を通じて、標準賞与額累計申出書提出が必要になります。

因みに、被保険者期間中の労働の対償として支給予定の200万円の賞与を、資格喪失の月に150万円、再雇用後の一定支給日に50万円と分割支給する場合はどうなるのでしょうか?

上述したように健康保険法の場合は、資格喪失月であっても被保険者期間中に支払われる賞与に基づき決定される標準賞与額は、年度の累計額に算入することとされていますので、200万円に対して保険料の賦課がかかります。しかし、一方で厚生年金保険法にはそのような年度累計の規定(通達)がなく、再取得後に支給された賞与をもとに標準賞与額を決定することになります。従って、厚生年金保険法では、資格喪失月の150万円には保険料の賦課はなく、再雇用後に支給された50万円に対してのみ保険料の賦課がかかります。

今回の手続きのテーマは、以上で終了です。

今後、手続きテーマについては、読者の方々の反応により、継続の可否を決定しようと思いますので、次回の具体的内容は未定です。

 

 【参考図書】
・TAC ナンバーワン 社労士必修テキスト
社会保険の実務相談 全国社会保険労務士連合会(編) 中央経済社

社会保険の事務手続き 社会保険研究所(編)

・【裁判例・通達からみる 労働・社会保険企業年金生活保護 弁護士 河本毅(著)日本法令

 

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*1:健康保険第1級5万8千円〜第50級139万円(施行日:平成29年4月1日)、厚生年金保険第1級8万8千円〜第31級62万円(施行日:平成30年4月1日): 健康保険法第40条2 毎年3月31日における標準報酬月額等級の最高等級に該当する被保険者数の被保険者総数に占める割合が100分の1.5を超える場合において、その状態が継続すると認められるときは、その年の9月1日から、政令で、当該最高等級の上に更に等級を加える標準報酬月額の等級区分の改定を行うことができる。ただし、その年の3月31日において、改定後の標準報酬月額等級の最高等級に該当する被保険者数の同日における被保険者総数に占める割合が百分の0.5を下回ってはならない:厚生年金保険法第20条2 毎年3月31日における全被保険者の標準報酬月額を平均した額の100分の200百に相当する額が標準報酬月額等級の最高等級の標準報酬月額を超える場合において、その状態が継続すると認められるときは、その年の9月1日から、健康保険法(大正11年法律第70号)第四40条第1項に規定する標準報酬月額の等級区分を参酌して、政令で、当該最高等級の上に更に等級を加える標準報酬月額の等級区分の改定を行うことができる。

*2: 介護保険第2号被保険者の場合保険料額一般保険料額【(標準報酬月額+標準賞与額)×一般保険料率】+介護保険料額【(標準報酬月額+標準賞与額)×介護保険料率】 介護保険第2号被保険者以外の被保険者保険料額一般保険料額【(標準報酬月額+標準賞与額)×一般保険料率】〈健康保険法第156条1項〉
※健康保険の一般保険料は、基本保険料特定保険料を合算したものであるが、特定保険料は、高齢者医療を支えるために使われる費用に充てるための保険料であり、基本保険料はそれ以外の健康保険事業に要する費用に充てるための保険料である。一般保険料率は協会管掌も組合管掌も1000分の30〜1000分の130の範囲内で決定される。

*3:資格取得・喪失の同一月の賞与については、保険料賦課の対象となる。また、産前産後休業・育児休業等を開始した日の属する月から終了する日の翌日が属する月の前月までについては、事業主が申し出ることにより保険料の賦課が免除されます。賞与支払届や標準賞与額累計申出書の提出は必要。

*4:健康保険法第3条5 この法律において「報酬」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのものをいう。ただし、臨時に受けるもの及び三月を超える期間ごとに受けるものは、この限りでない同条6 この法律において「賞与」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもののうち、三月を超える期間ごとに受けるものをいう

*5:ただし、育児休業等終了日の翌日に次条第1項に規定する産前産後休業を開始している被保険者は、この限りではない。

*6:ただし、産前産後休業終了日の翌日育児休業等を開始している被保険者は、この限りでない。

*7:保険者が健康保険組合であるときは、同項の算定方法は、規約で定めなければならない健康保険法第44条第2項

コーヒーブレークQ&A 定年再雇用の事務手続き 資格喪失?

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今回は、前回の記事の定年後の継続雇用に関連する手続きについての相談を想定しての記事にしました。実務家の方は、「何を今更」 とお思いかもしれませんが、事業者の方の中には、初めて定年を迎える方もいらっしゃるかもしれませんので、今回記事として取り上げることにしました。

質問. 当社は、創業して20年目を迎える中小企業です。今回初めて、60歳定年を迎える従業員が出てきます。先日、お宅様の事務所の継続雇用についての記事を見ていて、当社でも65歳までの安定した雇用の確保措置として、継続雇用制度の中の再雇用制度を導入することに決定しました。定年再雇用後の労働条件につていは、事業主の合理的な裁量の範囲の条件で相違させたいと思っており、先日、当社唯一の組合と協議手続きに入りました。現在、正社員との職務の内容や当該職務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲の相違に伴う合理的な賃金格差として、定年前の35%減で歩み寄りを図っていて合意できそうです。当社は今まで定年退職者がいなかったため、質問するのが非常にお恥ずかしいのですが、その場合、やはり月額変更届の手続きを踏まないと、社会保険料はそれまでは従前と同じ金額を支払わなければなりませんか?

答. まずは、社会保険ついての資格の得喪についての原則的な考えについて、おさらいしましょう。 社会保険に関しての資格の得喪については、厚生年金も健康保険も適用事業所での常用的使用関係に基づき判断されます。

1.資格取得
適用事業所での事実上の使用関係が生じたことをいい、法律上の雇用契約関係がなくても事実上の使用関係が認められれば被保険者となります。ここでいう、事実上の使用関係とは、適用事業所で働き報酬を受けている関係が常態であることをいい、以上の関係が実態として認められれば、得ている報酬の多寡、国籍を問わず被保険者となり、資格所得の届出をしなければなりません。被保険者該当性の判断基準である常用的雇用関係とは、就労者の労働日数、労働時間、就労形態、職務内容等を総合的に勘案し、個別具体的事例に即して判断されます。具体的に常用使用関係の確認が行われる際には、労務が提供されていること ②その労務の提供に対して報酬が支払われていること ③実際に支配従属関係にあることの以上3要件が常態であることの確認が行われ判断されることとなります。従って、臨時社員という社内区分の名称を有していても、上述の3要件を勘案し、使用関係の実態が常用的と認められれば、最初から一般の被保険者扱いすべきであり、採用内定者について、4月1日採用とされていても、名目的に辞令書が交付されているにすぎず、実際の就労とその対価の賃金の支払関係が1か月後である5月1日からであれば、5月1日が資格取得日になります。

【資格取得日】*1
①適用事業所(強制適用事業所又は任意適用事業所)に使用されるに至った日
②使用される事業所が適用事業所となった日
③適用除外に該当しなくなった日 
(※法が定める適用除外者を除く)

2.資格喪失厚生年金保険法第14条、健康保険法第36条)

被保険者と事業主との間の事実上の使用関係が消滅したことをいい、法律上の使用関係がなくなった時のことを言うのではありません。厚生年金も、健康保険も適用事業所に使用されなくなった時には、その翌日に資格を喪失しますが、資格喪失の効力は、厚生労働大臣の確認によって生じます。そしてこの厚生労働大臣の資格確認の権限に係る事務は、日本年金機構に行わせるものとさそれています。厚生年金保険法及び健康保険法が、「その事業所に使用されなくなったとき」を被保険者の資格喪失事由としたのは、その保険料については、被保険者及び被保険者を使用する事業主がそれぞれ保険料の半額を負担するが、保険者に対する保険料の納付義務は、被保険者の負担すべき保険料についても事業主が負担義務を負い(厚生年金保険法第82条1項、2項、健康保険法第161条1項、2項)*2、事業主は、被保険者の負担すべき保険料を被保険者に対して支払う報酬から控除することができることとされていて(厚生年金保険法第84条、健康保険法第167条)*3事業主と被保険者との使用関係が事実上消滅すれば、事業主から被保険者に対する報酬が支払われなくなり、その結果、事業主が被保険者の負担すべき保険料を納付することができなくなるからであるとされています。【被保険者資格確認処分取消請求事件(福岡地方裁判所平成25年9月18日判決)】従って、例えば、私立学校の教師や講師等が、1カ月を超えるような夏季長期休暇中の出勤義務がなく給与の支払いもその間なされないようなケースにおいては、一旦資格喪失扱いの取扱いとされる場合もあり得ます。

【資格喪失日】原則次に掲げる事実のあった日の翌日、下記➄⑧⑨の場合は、その日

①死亡(共通)
②その事業所又は船舶に使用されなくなった(厚年)
③任適用事業所の適用取消の認可があった(厚年)
④適用除外の規定に該当(厚年)
➄70歳到達(厚年)
⑥任意継続被保険者となった日から起算して2年を経過(健保)
⑦保険料(初めて納付すべき保険料を除く)を納付期日までに納付しなかった(健保)
⑧一般被保険者または船員保険の被保険者となった(健保)
後期高齢者医療の被保険者となった(健保)

3.短時間正社員*4の取扱い
短時間正社員の資格取得の取り扱いについては、当該事業所の就業規則等における短時間正社員の位置付けを踏まえつつ、労働契約の期間や給与等の基準等の就労形態、職務内容等を基に判断されます。具体的には、次の要件を満たすと被保険者となります。

①労働契約、就業規則、及び給与規定等に短時間正社員に係る規定がある

期間の定めのない労働契約が締結されている。

給与規定等における、時間当たりの基本給及び賞与、退職金等の算定方法等同一事業所に雇用される同種フルタイムの正規型の労働者と同等である場合であって、かつ就労実態も当該諸規定に即したものとなっている

 

4.報酬の範囲
報酬には、基本給や家族手当、住宅手当などの諸手当のほか、非課税である通勤手当や毎月支給額が一定でない残業手当など名称は何であっても労働に対する対価であれば、対象となります。(臨時に支払われる賞与等は年4回以上支給されれば対象。)

5.定年再雇用者の取り扱い
今回のご質問の回答になりますが、上述したように、

一定の事業所に使用されるものが事業主との間に事実上の使用関係が消滅したと認められる場合には、その被保険者資格を喪失する者と解されていますので、同一の事業所において雇用契約上一旦退職した者が1日の空白もなく引き続き雇用された場合は、退職金の支払いの有無又は身分関係若しくは職務内容の変更の有無にかかわらず、その者の事実上の使用関係は中断なく存続していますから、被保険者の資格も存続し、資格の得喪の手続きは要しません。しかしながら、ご質問の御社の従業員のように、報酬比例部分の特別支給の老齢厚生年金の受給権者である被保険者であって、定年による退職後継続して雇用される者については、使用関係がいったん中断したものとみなし、事業主から被保険者資格喪失届および被保険者資格取得届提出させる取扱いとして差し支えないこととされています

(平成8年4月8日保文発第269号、庁文発第1431号)
社会保険の実務相談 全国社会保険労務士連合会(編) 中央経済社より】

従って御社の場合も、再雇用後の3カ月の給与支払い実績に基づく月額変更届の手続きではなく、被保険者資格の喪失と取得の手続きが必要となります。
具体的取扱いとして、上記通知で示されている定年再雇用に当たるか否かを判断するに当たっては、定年退職前に作成されている就業規則に従前から明記されている場合の他、退職辞令の写し、事業主の証明等の定年退職後に作成されたものであって、客観的に定年再雇用であることを明らかにすることができる書類により行うとされていますので、手続きに当たっては、その客観的に定年再雇用が証明できる書類が必須となりますので、就業規則退職辞令の写し定年退職したことを証明できる書類だけでなく、雇用契約事業主の証明等再雇用されたことが証明できる書類が必要です。
また、その場合の定年再雇用とは、正社員が定年退職し嘱託などにより再雇用された場合をいうものであり、その後に再退職し再雇用される場合は該当しないとされていますので注意が必要です。
因みに、役員の場合も対象となりますが、役員の場合は、役員規定取締役会議事録株主総会議事録等役員を退任したこと及び再雇用または再任されたことがわかる書類が必要です。
尚、上記書類により、退職年月日、再雇用年月日が適正であることの確認を行うとされており、資格取得年月日が同時に提出される資格喪失届の資格喪失年月日同日であることが必要です。但し、委託社労士からの届出の場合内容確認した旨を届出書に明示(電子申請の時は、提出代行者名欄にコピー確認済みと表示)することにより省略できます。

以上で今回の記事を終了します。

 

【参考図書】
・TAC ナンバーワン 社労士必修テキスト
社会保険の実務相談 全国社会保険労務士連合会(編) 中央経済社

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*1:(資格取得の時期)厚生年金保険法 第13条 第9条の規定による被保険者は、適用事業所に使用されるに至つた日若しくはその使用される事業所が適用事業所となつた日又は前条の規定に該当しなくなつた日に、被保険者の資格を取得こうする。健康保険法第35条 被保険者(任意継続被保険者を除く。)は、適用事業所に使用されるに至った日若しくはその使用される事業所が適用事業所となった日又は第3条第1項ただし書の規定に該当しなくなった日から、被保険者の資格を取得する。

*2:(保険料の負担及び納付義務)厚生年金保険法 第82条1項 被保険者及び被保険者を使用する事業主は、それぞれ保険料の半額を負担する。2.事業主は、その使用する被保険者及び自己の負担する保険料を納付する義務を負う。健康保険法第161条1項 被保険者及び被保険者を使用する事業主は、それぞれ保険料額の二分の一を負担する。ただし、任意継続被保険者は、その全額を負担する。2.事業主は、その使用する被保険者及び自己の負担する保険料を納付する義務を負う。

*3:(保険料の源泉控除)厚生年金保険法第84条,健康保険法第167条 事業主は、被保険者に対して通貨をもつて報酬を支払う場合においては、被保険者の負担すべき前月の標準報酬月額に係る保険料(被保険者がその事業所又は船舶(厚年のみ)に使用されなくなつた場合においては、前月及びその月の標準報酬月額に係る保険料)を報酬から控除することができる。

*4:他のフルタイムの正規型の労働者と比較し、その所定労働時間の短い正規型の労働者であって、①期間の定めのない労働契約を締結している者であり、かつ②時間当たりの基本給及び賞与、退職金等の算定方法等が同一事業所に雇用される同種フルタイムの正規型の労働者と同等である者を言う

定年後再雇用(その2)何歳まで働く? 

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 今回は、退職後の継続雇用に対する問題の第2回目を取り上げたいと思います。第1回目では、2018年3月31日(土)の朝日新聞朝刊の記事をきっかけとして今回のテーマを取り上げ、高年齢者雇用安定法の概要、特に法第9条の継続雇用制度の問題について、モデル裁判例である津田電気計器事件を参考に継続雇用に係る基準を満たしている労働者に対する再雇用拒否の違法性について、高裁の解雇権濫用法理の考え、最高裁の合理的期待に対する考えについて簡単に説明させていただきました。

法は、企業の実情に応じた柔軟な措置を想定しながらも、高年齢者が年齢にかかわりなく働き続けることのできる環境を整備するという高年齢者雇用安定法の趣旨に鑑みれば、継続雇用に係る基準を満たしているにもかかわらず再雇用しないためには、客観的合理的理由を欠き社会通念上相当と認めらる必要があるとしました。

今回は、前回の記事で問題提起させていただいたもう一つの違法性の問題、企業側が新たに提示した雇用条件に、再雇用希望者が同意を拒み、結果として再雇用を拒否する結果となった場合の違法性の問題について考えてみたいと思います。

厚生労働省平成24年改正の際に出された、Q&Aは、その問題について次のような参考となる考えが示されています。

Q1-9: 本人と事業主の間で賃金と労働時間の条件が合意できず、継続雇用を拒否した場合も違反になるのですか。

A1-9: 高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であって、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではなく事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではありません。

 今回、企業側が新たに提示した雇用条件に、再雇用希望者が同意を拒み、結果として再雇用を拒否する結果となった場合の違法性の問題を取り上げようと思ったのは、新聞記事の事件の内容が、そのような問題に絡んだ事件であり、今後の企業実務にも影響することが予想されるとされていたからです。

新聞が伝える問題となる内容部分は次の通りです。

判決によると、原告は食品の加工・販売を手掛ける会社(北九州市)に2015年まで40年余り正社員として勤めた。60歳の定年時は経理を担当し、月給は約33万円だった。同社は、再雇用後は時給制のパート勤務とし、月給換算で定年前の25%相当まで給与を減額する条件を示したが、原告は拒んだ。

結論は前回もお伝えした通り、原告被告側双方の上告不受理により、再雇用(継続雇用)の条件として、賃金を25%相当に減らす提案をしたのは不法行為に当たるとして会社に慰謝料100万円の支払いを命じた福岡高裁の判決が確定しています。

上述のQ&Aの考えによれば、事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、法違反となるものではないということになりますので、上記事件の内容である会社が示した労働条件は事業主の合理的裁量の範囲の条件ではないと判断されたということです。

そのことについては、新聞記事が伝える判決の内容では次のように述べられています。

高裁判決は、65歳までの雇用の確保を企業に義務付けた高年齢者雇用安定法の趣旨に沿えば、定年前と再雇用後の労働条件に「不合理な相違が生じることは許されない」と指摘。同社が示した再雇用の労働条件は「生活への影響が軽視できないほどで高年法の趣旨に反し、違法」と認めた。

個人的にも、客観的に判断して退職時より75%も給与が減額となるというのは、新たな労働契約の締結に限りなく近い状態であり、継続雇用という名目すら保っていない労働条件であると思わざるを得ないですので不合理であるというのは何となく理解できます。単純に月換算で計算してよいかの問題もありますが、33万円の25%とは、いくらかと計算してみると月平均82,500円ということですから、以前からの職場で働きやすい環境というメリットを除けば、他のパートの職を探しても問題ない金額ということになります。事件の原告の女性の場合、新たに提示された職務の内容は、以前と同様経理の仕事ということですから、正社員時の仕事とは当然異なる課業ということなのでしょう。会社側としては、高年齢雇用継続給付が最大15%で約5万円支給されることになりますので、給与と併せ13万円もあれば、福岡では十分生活できると判断したのかもしれませんね。皆さん福岡は住みやすい街ですね。老後は福岡に住みましょう。

話が脱線しましたが、それでは、定年退職後の65歳までの雇用確保義務としては、勤務形態をパートタイマーとすることは事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示したことにならないのでしょうか?

前述の厚生労働省改正法Q&Aでは次のように述べています。

継続雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保するという高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえたものであれば最低賃金などの雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関し、事業主と労働者間で決めることができます
1年ごとに雇用契約を更新する形態については、高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみれば、年齢のみを理由として65歳前に雇用を終了させるような制度は適当ではないと考えられます。したがって、その場合は、
[1]65歳を下回る上限年齢が設定されていないこと
[2]65歳までは、原則として契約が更新されること(ただし、能力など年齢以外を理由として契約を更新しないことは認められます。
が必要であると考えられますが、個別の事例に応じて具体的に判断されることとなります。

 従って、新聞記事の事件の場合も正社員から定年退職後の労働条件の雇用形態をパートタイム勤務としたことだけで問題とされているわけではないということになります。であれば、当然正社員とパートタイマーとの雇用形態の区分の違いに応じて労働条件を合理的に相違させることは問題ないということでもあります。もともと、定年再雇用制度とはいっても、労使対等な立場による合意の原則という労働契約の性質から言っても、裁判所が、明文の規定がないまま、労働条件を補充することは、できる限り控えるべきであると述べており(ハマキョウレックス事件 大阪高平成28年7月26日判決)、改正法は企業の実情に応じた柔軟な措置を想定しているとされています。ですから問題となるのは、法の趣旨に反したり、他の労働関係法令や公序良俗に反するような措置ということになります。

例えば、継続雇用制度において定年前後で、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がないにもかかわらず労働条件を相違させることの問題があります。

そのことに関連する問題として、最近判例が相次いでいるとされるのが、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止を定めた労働契約法第20条に関する判決です。

<労働契約法>

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条 有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」とう。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 この労働契約法20条が争われた裁判例では、定年前後での労働条件の相違が同条違反に該当するかということと、法違反とされた場合の法20条の私法的効果が問題とされています。

代表的な参考判例としては、長澤運輸事件(東京高判平成 28 年 11 月2日判決)ハマキョウレックス事件(大阪高平成28年7月26日判決)があります。(但し、ハマキュウレックス事件は、定年再雇用の問題ではなく、定年後の嘱託契約社員と正社員との労働条件の相違が問題とされている事件です。)どちらも上告審の判決を待つ状態(長澤運輸事件に関しては本年6月1日判決予定。)ですが、参考までに高裁判決の内容をとりあげます。

長澤運輸事件(東京高判平成 28 年 11 月2日判決)

 【事案の概要】
本件は、控訴人を定年退職した後に期間1年の有期労働契約(本件有期労働契約)を締結して嘱託社員として再雇用された被控訴人らが、控訴人に対し、被控訴人らと無期労働契約の正社員との間の賃金格差(本件相違)が不合理であることを理由に、主位的には、本件有期労働契約による賃金の定めが労働契約法 20 条に違反し無効であると主張して、正社員用就業規則による賃金の定めが適用される労働契約上の地位確認及び差額賃金の支払を求め、予備的には、労働契約法 20 条及び公序良俗違反による不法行為に基づき、差額賃金相当額の損害賠償を求めた事案の控訴審です。 

 【争点】 については、次の4つとされていました。
(1)本件相違は労働契約法 20 条の「期間の定めがあることにより」生じたものであるといえるか。

(2)労働契約法 20 条にいう不合理性の判断基準

(3)本件相違が不合理と認められるか否か

(4)本件相違が労働契約法 20 条または公序良俗に反し違法といえるか否か 

本件の第1審判決においては、争点(1)について、被告会社における嘱託社員の労働条件が、再雇用者採用条件によるものとして運用されているという実態、正社員就業規則及び賃金規程が一律に適用されている無期契約労働者である正社員の労働条件の相違から両者間には、賃金の定めについて、その地位の区別に基づく定型的な労働条件の相違があることが認められるから本件相違が期間の定めの有無に関連して生じたことは明らかであるとしました。そして、争点(2)では、労働契約法 20 条にいう①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が同一であるにもかかわらず、賃金の額について有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらずこれを正当と解すべき特段の事情がない限り不合理であるとの評価を免れない。という判断基準を示しながらも、争点(3)以降については、被告会社における嘱託社員の労働条件が、再雇用者採用条件によるものとして運用されているという実態について、本件定年再雇用の措置を労働条件の不利益変更の法理に準じた手法を用いたともとれるような内容で、不合理性と違法性を判断しています。結論としては、労働条件の不利益変更法理における考慮要素を、「特段の事情」と定義して考察しているともとれるような内容ということですが、我が国の企業一般においての定年退職後の継続雇用の状況、被告会社における賃金圧縮の必要性、労働組合との協議の経緯、定年後再雇用者を定年前と全く同じ立場で同じ業務に従事させつつ、その賃金水準を新規採用の正社員よりも低く設定することについての労働者の不利益性及び正当性につき考慮したうえで、上記「特段の事情」があると認めることはできないと判事し、労働者の主位的請求を全部認容したという結果となっています。(本件有期労働契約における賃金の定めは労働契約法 20 条に違反し無効となり、正社員就業規則の解釈によって原告らには同就業規則が適用される。

それに対して、同事件の控訴審判決(東京高判平成 28 年 11 月2日)では、原審と同様に労働条件の不利益変更の法理に準じた手法を用いたとも思われるような内容で、不合理性と違法性を判断していますが、その考慮要素については、労働契約法 20 条にいう①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲が同一であるにもかかわらず、賃金の額について有期契約労働者と無期契約労働者との間に相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れないとした第1審とは異なり、争点(2)について次のように述べています。

労働契約法 20 条は、有期契約労働者と無期契約労働者の間の労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素として、①職務の内容②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、③その他の事情を掲げており、その他の事情として考慮すべきことについて、上記①及び②を提示するほかに特段の制限を設けていないから、労働条件の相違が不合理であるか否かについては、上記①及び②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきものと解される。 

 争点(1)に関しては、控訴人が高年齢者雇用安定法が定める選択肢の1つとして被控訴人らと有期労働契約を締結したのは、賃金節約や雇用調整を弾力的に図る目的もあると認められるので、本件相違が「期間の定めの有無に関連して」生じたことは明らかであるとしました。そして契約法20条の考慮要素について、本件では被控訴人らと正社員との間で上記①②がほぼ同一でありであるその他の事情については、

 ア)控訴人が定年退職者に対する雇用確保措置として選択した継続雇用たる有期労働契約は、社会一般で広く行われている。

イ)従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるに当たり、その賃金が引き下げられるのが通例であることは、公知の事実であるといって差し支えない。このことについては、a)高年齢者雇用安定法による高年齢者雇用確保措置の義務づけ、b)企業は定年到達者の雇用のみならず若年層を含めた労働者全体の安定的雇用実現の必要があること、c)定年到達者については、在職老齢年金制度及び高年齢雇用継続給付があること、d)定年後の継続雇用は法的には従前の雇用関係を消滅させて退職金を支給した上で新規雇用契約を締結するものであること、を考慮すると定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げること自体が不合理であるとはいえない。

(略)

キ)控訴人は「定年退職者を再雇用して正社員と同じ業務に従事させる方
が、新規に正社員を雇用するよりも賃金コストを抑えることができるという意図」を有していたと認められるが、継続雇用制度導入の選択は高年齢者雇用安定法が認めており、定年前後で上記①②が変わらないまま一定程度賃金が減額されることは一般的であり社会的に容認されている。
平均2割強という減額率も不合理とはいえない。

 ク)控訴人と被控訴人加入の労働組合との間で嘱託社員の賃金水準等の労
働条件に関する一定程度の協議が行われ、控訴人が本件組合の主張や意見を聞いて一定の労働条件の改善を実施したことは考慮すべき事情である。
(4)上記(3)によれば、本件相違は、上記①②③に照らして不合理なものとはいえず、労働契約法 20 条に違反するとは認められない。
よって、控訴人らの主位的請求はいずれも理由がない。
(5)控訴人が被控訴人らと有期労働契約を締結し、定年前と同一の職務に従事させながら、賃金額を 20~24%程度切り下げたことが社会的相当性を欠くとはいえず、労働契約法または公序(民法 90 条)に反し違法であるとは認められない。

よって、被控訴人らの予備的請求はいずれも理由がない。

 以上の様に述べ、原判決を取り消し、被控訴人らの主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却しました。

 本件は労働契約法20条の違法性の判断に対する内容であり、労働契約法10条の就業規則の不利益変更についての判断(平成10年4月1日施行の改正高年法のもとで,就業規則上の定年延長についての合理性を判断した裁判例として協和出版販売事件〈東京高判 平19・10・30 労働判例963号54頁〉ではなく、本判決の内容と直接関係があるかどうかは解りませんが、55歳以降の賃金引下げを内容とす就業規則の不利益変更の違法性が争われた第四銀行事件(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決)みちのく銀行事件(最高裁平成12年9月7日第1小法廷判決)の判断内容を連想させられました。

この両判決においては、就業規則の不利益変更に対する合理性の判断の際の考慮要素となる労働組合と締結された労働協約の位置付けについて、相反する判断がなされました。いずれも、賃金や退職金などの重要な労働条件についての不利益変更については、高度の必要性に基づく合理性が求められるという前提条件は変わらないのですが、第四銀行事件では、行員の90%で組織する労働組合との間で締結された労働協約について、労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであるとして考慮要素として評価されているのに対して、みちのく銀行事件では、行員の約73%で組織する労働組合が、第1次変更、第2次変更の2回の変更に合意しているにもかかわらず、最後まで不利益変更に反対していた一部高年層の行員の被る不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないとされています。

上記、長澤運輸事件の高裁判決の内容に影響があったかどうかはさておき、平均2割強という減額率不合理とはいえないという判断*1のもと、労働組合との間で嘱託社員の賃金水準等の労働条件に関する一定程度の協議が行われ、控訴人が本件組合の主張や意見を聞いて一定の労働条件の改善を実施したことは考慮すべき事情であるとされています。ですから、もし、嘱託社員の減額率が大きければ、本件のように組合との合意に至っていない協議の状況が、どのように評価されるかはわからないということも言えるかもしれません。

  但し、①第四銀行事件では、昭和58年当時は60歳定年制の実現が、いわば国家的政策課題とされ、社会的に強く要請されていたという背景も考慮されています。

高年齢者雇用安定法においても、65歳までの安定した雇用の確保という国家政策課題があり、社会的に強く要請されているということでは、同様ですが、個人的には、法自体が、企業の実情に応じた柔軟な措置を想定して、企業運営にも配慮した内容として定められていることに鑑みれば、 同様に解すべきではないと思います。*2労働協約上の「労働者の待遇に関する基準」を定めた規定が労働者に不利な規定である場合には、そのような規定にも規範的効力*3が生じるかという問題があります。

菅野和夫(著)「労働法」弟八版 法律学口座双書】によると

一般的に言えば、団体交渉は相互譲歩の取引であり、その結果、労働協約は労働者に有利な条項と不利な条項が一体として規定されることが多い(例えば休日日数を増加しつつ変形労働時間制を導入するという協定)。また、継続的な労使関係では、労使の取引は不況時の譲歩と好況時の獲得など時期を異にした協約交渉間でも生じうる。要するに、労働組合としては、組合員の利益を全体的長期的に擁護しようとして、それ自体では不利益に見える協定をも締結するのである。そのような内容の交渉をし協約を締結する権限を労働組合が有していないとすることは、労働組合の任務の著しい縮減となり、憲法28条や労組法の本旨とする労使自治の理念に照らし適切な解釈とは考えられない。従って、一般論としては、労働協約は労働者に不利な事項についても規範的効力を有するといわざるを得ない。(556頁~557頁)

労働法の文言によれば規範的効力の生ずる範囲は「労働条件その他労働者の待遇に関する基準」である(16条)。このうち「労働条件その他労働者の待遇」とは、賃金、労働時間、休日、休暇、安全衛生、職場環境、災害補償、服務規律、懲戒、人事、休職、解雇、定年制、教育訓練、福利厚生など、企業における労働者の個別的または集団的な取扱いの殆ど全てを含みうる広い概念である。ただし、規範的効力は、労働契約成立後のその契約内容を規律する効力なので、「採用」についての協約規定は、規範的効力を持ちえない。(557頁)

 まったく同様のケースではありませんが、前述した、厚生労働省の改正高年法Q&Aが55歳以降の労働条件の変更を含む措置について述べた部分があるので抜粋します。

Q1-6: 例えば55歳の時点で、
[1]従前と同等の労働条件で60歳定年で退職
[2]55歳以降の雇用形態を、65歳を上限とする1年更新の有期労働契約に変更し、55歳以降の労働条件を変更した上で、最大65歳まで働き続ける。 のいずれかを労働者本人の自由意思により選択するという制度を導入した場合、継続雇用制度を導入したということでよいのでしょうか。

A1-6: 高年齢者が希望すれば、65歳まで安定した雇用が確保される仕組みであれば、継続雇用制度を導入していると解釈されるので差し支えありません。
 なお、1年ごとに雇用契約を更新する形態については、高年齢者雇用安定法の趣旨にかんがみれば、65歳までは、高年齢者が希望すれば、原則として契約が更新されることが必要です。個々のケースにおいて、高年齢者雇用安定法の趣旨に合致しているか否かは、更新条件がいかなる内容であるかなど個別の事例に応じて具体的に判断されることとなります。

 今回の記事の冒頭で紹介した2018年4月10日月、労働新聞の電子版記事によれば、近年相次ぐ労働契約法第20条に関する判決で、多くのケースで基本給格差を容認する一方、諸手当では厳格な判断が下されている事を伝えています。

その考えが定年再雇用のケースにもあてはまるのであれば:表現方法が不適切と思われたので後日加筆)基本給に関しては、定年前後の雇用形態の相違やその雇用形態の相違に基づく課業の内容の相違から認められやすいということになるのかもしれませんね。しかし、こと諸手当に関しては、そのような相違(期間の定めがあることにより)に基づき差異をもけることに合理性があるかどうか(正確には不合理なものではないかどうかです)厳格に吟味されなければならないということなのでしょう。特に定年前後で、前述した契約法第20条の考慮要素①②が同一である場合は、なおさらということになると理解してよいのではないでしょうか。その諸手当ごとに踏み込んで判断した裁判例として、上記長澤運輸事件と同じ運送業の事件であるであるハマキョウレックス事件(大阪高平成28年7月26日判決)があり、正社員のドライバーの業務内容と契約社員のドライバーの業務内容は大きな相違があるとは認められないが、しかし、正社員と契約社員との間には、職務遂行能力の評価や教育訓練等を通じた人材の育成等による等級・役職への格付け等を踏まえた広域移動や人材登用の可能性といった人材活用の仕組みの有無に基づく相違が存するしたがって、「不合理と認められるもの」に当たるか否かについて判断するに当たっては、労働契約法20条所定の考慮事情を踏まえて、個々の労働条件ごとに慎重に検討しなければならないとされています。

その考えを基にするならば、長澤運輸事件に関しては、考慮要素①②が同一とされていますので、尚更個々の労働条件ごとに慎重に検討しなければならないことになるはずです。前記1審判決では、考慮要素①②が同一である以上、賃金額に差を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れないと判断したのに対して、高裁判決では次のように述べました。

オ)賃金構成の各項目について不合理性を判断せよとの被控訴人らの主張については、定年前後で上記①②が変わらないまま一定程度賃金が減額されることは一般的であり社会的に容認されていることのほか控訴人が、e)正社員の「能率給」に対応する嘱託社員の「歩合給」につき上記「能率給」より支給割合を高くしていること、f)無事故手当を正社員より増額して支払ったことがあること、g)老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について調整給を支払ったことがあることなど、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らすと、個別の諸手当の支給の趣旨を考慮しても、不合理であるとは認められない。

 

2016.11.17 【労働新聞】電子版より抜粋

現状追認判決だ」ーー注目された長澤運輸事件の控訴審判決直後の会見で、原告が所属する全日本建設運輸連帯労働組合の小谷野毅書記長は、判決に対し怒りを込めてこう語った。「社会問題化している格差や差別の不合理性を糺すのが労働契約法20条の理念。定年後再雇用だから仕方ないというのは到底承伏できない」とも述べ、最高裁で争う考えを示した。同席した宮里邦雄代理人弁護士は、同一労働同一賃金が議論されている社会的背景を考えても妥当性を欠く判決だと語った。…

ということで、本年6月1日の契約法第20条についての初の最高裁判決に注目したいと思います。

 今まで考察してきた、裁判所の労働契約法20条に基づく判断と厚生労働省の改正Q&Aの説明に基づく限り、企業側が賃金節約や雇用調整の弾力性を図るための対策としては、定年前後での職務内容を大幅に変えることが考えられ、その職務の相違に基づく労働条件(特に賃金)について相違させることは、65歳までの安定した雇用の確保が保証されている限り問題ないような気もします。勿論、改正高年法の趣旨に反するような労働条件の相違は認められないということになるのでしょうから、問題はどこまでなら許容されるのかという問題に尽きることになると思われます。

参考となる裁判例として、トヨタ自動車事件(名古屋高裁平成28年9月28日判決)があります。

 【事件の概要】

被告会社においては,平成24年法律第78号による改正後の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の定める継続雇用制度につき,社員就業規則上の規定を受けて,25年3月31日付で労使協定が締結されており、健康基準,職務遂行能力基準,勤務態度基準からなる選定基準を満たした者には定年後再雇用者就業規則に定める職務(「スキルドパートナー」と呼ばれる)を提示し当該基準を満たさない者にはパートタイマー就業規則に定める職務を提示することとされていた。

Xは,スキルドパートナーとしての再雇用の基準に達していないことを前提として、パートタイマーの職務を提示されたが、期間にして1対5,受給額にして1対10にもなる落差があること定年後再雇用になる場合の労働条件について,主な業務内容はシュレッダー機ごみ袋交換および清掃(シュレッダー作業は除く),再生紙管理,業務用車掃除,清掃(フロアー内窓際棚,ロッカー等),であったことから、「控訴人が隅っこの掃除やってたり,壁の拭き掃除やってて,見てて嬉しいかね。…これは,追い出し部屋だね。」などと述べ、再三の被告会社からのパートタイム勤務帳票の提出の催促にもかかわらず、あくまで「スキルパートナー」としての職務を希望する旨書面を提出していたが、結局再雇用されることなく60歳に達したことにより,被控訴人会社を定年退職となったため、

①「スキルドパートナー」としての再雇用契約に基づいてXが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認

②賃金および一時金ならびにこれらに対する遅延損害金の支払い

③Y1社の使用者としての安全配慮義務等の違反を理由として,債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として慰謝料およびこれに対する遅延損害金の支払い

以上3つの内容とする請求を提訴。一審判決はXの請求を棄却したためXが控訴したという内容です。

その控訴審で、名古屋高裁は、改正高年法は,60歳の定年後,再雇用されない男性の一部に無年金・無収入の期間が生じるおそれがあることから,この空白期間を埋めて無年金・無収入の期間の発生を防ぐために,老齢厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢に到達した以降の者に限定して,労使協定で定める基準を用いることができるとしたものと考えられると改正法の趣旨を述べ、従って、定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについては一定の裁量があるとしても,提示した労働条件が,無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり,社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては,当該事業者の対応は改正高年法の趣旨に明らかに反するものであるといわざるを得ないとしました。

具体的には、

なお、控訴人会社は,改正高年法の定める継続雇用制度を採用するにあたり,再雇用との文言を用いているが,その運用の適否を検討するにあたっては,上記の改正高年法の趣旨に従い,あくまで継続雇用の実質を有しているか否かという観点から考察すべきものである。

(略)

上記の改正高年法の趣旨からすると,被控訴人会社は,控訴人に対し,その60歳以前の業務内容と異なった業務内容を示すことが許されることはいうまでもないが,両者が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には,もはや継続雇用の実質を欠いており,むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから,従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り,そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである。そして,被控訴人会社が控訴人に提示した業務内容は,上記のとおり,控訴人のそれまでの職種に属するものとは全く異なった単純労務職としてのものであり,地方公務員法がそれに従事した者の労働者関係につき一般行政職に従事する者とは全く異なった取扱いをしていることからも明らかなように,全く別個の職種に属する性質のものであると認められる。
したがって,控訴人会社の提示は控訴人がいかなる事務職の業務についてもそれに耐えられないなど通常解雇に相当するような事情が認められない限り,改正高年法の趣旨に反する違法なものといわざるを得ない。
したがって,控訴人の従前の行状に被控訴人らが指摘するような問題点があることを考慮しても,控訴人会社の提示した業務内容は,社会通念に照らし労働者にとって到底受け入れ難いようなものであり,実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないのであって,改正高年法の趣旨に明らかに反する違法なものであり,被控訴人会社の上記一連の対応は雇用契約上の債務不履行に当たるとともに不法行為とも評価できる。(略)

 控訴人は逸失利益の賠償を求めておらず慰謝料の支払を求めており,本件事案の内容からすると,債務不履行に基づいて慰謝料の支払を求めるのは困難であるが,不法行為に基づく慰謝料請求については,控訴人が上記賃金等の給付見込額と同額の損害賠償金を得ることができれば,その精神的苦痛も慰謝されるものと認められる。

 この控訴審の判断では、被控訴人会社はが我が国有数の巨大企業であって事務職としての業務には多種多様なものがあると考えられるにもかかわらず,従前の業務を継続することや他の事務作業等を行うことなど,清掃業務等以外に提示できる事務職としての業務があるか否かについて十分な検討を行ったとは認め難いという事情も結論に影響を与えており、これらのことからすると,控訴人に対し清掃業務等の単純労働を提示したことは,あえて屈辱感を覚えるような業務を提示して,控訴人が定年退職せざるを得ないように仕向けたものとの疑いさえ生ずるところであると評価され、結果として、原告請求の内、③の「安全配慮義務違反」という表現を「雇用契約上の債務不履行又は不法行為責任」という表現に改めたうえで、一部認容しています。

 このトヨタ自動車事件の高裁判決が出されたのが、前述した長澤運輸事件の東京地裁判決の約4か月後であったため(後日訂正箇所)、現場が混乱したといわれています。定年前後で職務内容が同一であれば、労働条件を相違させすぎても駄目、使用者が賃金節約や雇用調整の弾力性を図るために職務の内容を変更しすぎるのも駄目という様な碁石を置かれたような結論の事を言っているようです。特にハマキュウレックス事件高裁判決においては、「裁判所が、明文の規定がないまま、労働条件を補充することは、できる限り控えるべきである」と述べていたという経緯もあります。

その一方で、高年法の趣旨に反するような労働条件を定めることの可否については、従来の裁判例においても、「賃金等の労働条件については、基本的に当事者の自治に委ねる趣旨であったと認められるが具体的状況に照らして極めて苛酷なもので、労働者に同法の定める定年までの勤務する意思を削がせ、現実には多数の者が退職する等高年齢者の雇用の確保の促進という同法の目的に反するものであってはならないことも、前記雇用関係についての私法秩序に含まれるというべきである。協和出版販売事件(東京高判 平19・10・30 労働判例963号54頁)」とされていました。

 では、企業側が講じる賃金節約や雇用調整の弾力性を図るための対策が正当と認められるためにはどうしたら良いのでしょうか?トヨタ自動車事件が平成24年改正法後の事件であること、前述の長澤運輸事件、ハマキュウレックス事件の両事件が上告されており、最高裁判決の結果を待つしかない状況ですから、やはり、改正法の指針の内容にできるだけ忠実な対策を講じておくほかないと思いますので、以降関連する改正法Q&A と関連する項目の指針内容を抜粋したいと思います。

(Q&A抜粋)

Q1-7: 継続雇用制度として、再雇用する制度を導入する場合、実際に再雇用する日について、定年退職日から1日の空白があってもだめなのでしょうか。

A1-7:継続雇用制度は、定年後も引き続き雇用する制度ですが、雇用管理の事務手続上等の必要性から、定年退職日の翌日から雇用する制度となっていないことをもって、直ちに法に違反するとまではいえないと考えており、このような制度も「継続雇用制度」として取り扱うことは差し支えありません。ただし、定年後相当期間をおいて再雇用する場合には、「継続雇用制度」といえない場合もあります。

(指針抜粋)

 4 賃金・人事処遇制度の見直し
高年齢者雇用確保措置を適切かつ有効に実施し、高年齢者の意欲及び能力に応じた雇用の確保を図るために、賃金・人事処遇制度の見直しが必要な場合には、次の⒧から⑺までの事項に留意する。

⒧ 年齢的要素を重視する賃金・人事処遇制度から、能力、職務等の要素を重視する制度に向けた見直しに努めること。
この場合においては、当該制度が、その雇用する高年齢者の雇用及び生活の安定にも配慮した、計画的かつ段階的なものとなるよう努めること。

⑵ 継続雇用制度を導入する場合における継続雇用後の賃金については、継続雇用されている高年齢者の就業の実態、生活の安定等を考慮し、適切なものとなるよう努めること。

⑶ 短時間勤務制度、隔日勤務制度など、高年齢者の希望に応じた勤務が可能となる制度の導入に努めること。

⑷ 継続雇用制度を導入する場合において、契約期間を定めるときには、高年齢者雇用確保措置が 65 歳までの雇用の確保を義務付ける制度であることに鑑み、65 歳前に契約期間が終了する契約とする場合には、65 歳までは契約更新ができる旨を周知すること
また、むやみに短い契約期間とすることがないように努めること。

職業能力を評価する仕組みの整備とその有効な活用を通じ、高年齢者の意欲及び能力に応じた適正な配置及び処遇の実現に努めること。

勤務形態や退職時期の選択を含めた人事処遇について、個々の高年齢者の意欲及び能力に応じた多様な選択が可能な制度となるよう努めること。
この場合においては、高年齢者の雇用の安定及び円滑なキャリア形成を図るとともに、企業における人事管理の効率性を確保する観点も踏まえつつ、就業生活の早い段階からの選択が可能となるよう勤務形態等の選択に関する制度の整備を行うこと。

⑺ 継続雇用制度を導入する場合において、継続雇用の希望者の割合が低い場合には、労働者のニーズや意識を分析し、制度の見直しを検討すること。

 今回は、朝日新聞の朝刊記事をきっかけに選んだテーマである高年齢者雇用安定法の2回目として、企業側が新たに提示した雇用条件に、再雇用希望者が同意を拒み、結果として再雇用を拒否する結果となった場合の違法性の問題を取り上げ、本年6月以降に最高裁の判決を控えた運送会社の2件の裁判例と平成24年改正後の裁判例を基に、平成24年改正法の厚生労働省指針とQ&A を交えながら考察してきました。

以上、今回の記事内容をまとめると、

⑴ 高年齢者雇用安定法が求めているのは、継続雇用制度の導入であるり、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件での雇用を義務付けるものではない。

⑵ 事業主の合理的な裁量の範囲の条件を提示していれば、労働者と事業主との間で労働条件等についての合意が得られず、結果的に労働者が継続雇用されることを拒否したとしても、高年齢者雇用安定法違反となるものではない。

⑶ 高年齢者雇用安定法の趣旨を踏まえたものであれば、雇用に関するルールの範囲内で、フルタイム、パートタイムなどの労働時間、賃金、待遇などに関し、事業主と労働者間で継続雇用後の労働条件について決めることができる。

⑷ 期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

⑸ その他の事情として考慮すべきことについて、上記①及び②を提示するほかに特段の制限を設けていないから、労働条件の相違が不合理であるか否かについては、上記①及び②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮して判断すべきものと解される。

労働協約は労働者に有利な条項と不利な条項が一体として規定されることが多く一般論としては、労働協約は労働者に不利な事項についても規範的効力を有するといわざるを得ないが、賃金や退職金などの重要な労働条件についての不利益については一部労働者のみに被る不利益性の程度や内容次第では、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないと判断される場合がある。(但し、労組と協約締結や協議と尽くしていることが望ましい事は言うまでもない。)

⑺ 社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては,当該事業者の対応は改正高年法の趣旨に明らかに反するものであるといわざるを得ない。

⑻ 改正高年法の定める継続雇用制度を採用するにあたり,再雇用との文言を用いているが,その運用の適否を検討するにあたっては,上記の改正高年法の趣旨に従い,あくまで継続雇用の実質を有しているか否かという観点から考察すべきものであると判断されている。

⑼ 使用者の提示した継続雇用後の労働条件が無効となった場合でも、法自体から直ちに従前の労働条件での雇用契約が成立したと解されないこともあるが、民事的責任(債務不履行不法行為に基づく損害賠償責任)は生じうる。

 

 今回の記事を書いていて、定年後の継続雇用に関しては本当に様々な問題をはらんでいて、正直非常に難しいなという感想を抱きました。微力ながら何かお手伝いをさせていただければ幸いに思います。事企業者様の皆様からのご相談をお待ちしております。

少々古いデータではありますが、最後に大手中堅の高齢者雇用確保措置の動きをつたえる労働新聞電子版の記事をご紹介します。今回のテーマも、長い説明となってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございます。

2017.06.01【労働新聞】
【今週の視点】65歳定年は一様ならず

大手・中堅で移行増 減額ゼロや役職維持も  今年4月から少なくない企業が65歳定年制へ移行した。公的年金の支給開始年齢の引上げが折り返し地点に差し掛かるなか、大手・中堅規模で様ざまな仕組みが採られている。いずれ避けられない大量退職や法定定年年齢の引上げを思えば、企業としては外堀が埋まる前に手を付け、ソフトランディングを図りい。……

 

 【参考文献・資料】

 (文献)

・【菅野和夫(著)「労働法」弟八版 法律学口座双書】

 (裁判例

 ・2018年3月31日(土)朝日新聞朝刊

 ・「ハマキュウレックス事件」:「弁護士オフィシャルWEBサイト 竹村 淳」より

 ・「協和出版販売事件」: MEMORANDUM:協和出版販売事件より

 ・「長澤運輸事件」: 弁護士 木 野 綾 子のレポートより

 ・「トヨタ自動車事件他」: BUSINESS LAWYERSサイトより(伊東 亜矢子弁護士)

 

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*1:契約法10条就業規則の変更による労働条件の不利益変更の規定は、変更後の労働条件が就業規則の内容となるためには合理性を求めているのに対して、契約法20条では、労働条件の相違不合理なものであってはならないことを求めているという違いがあります。

*2:但し、北バス事件判例の説示からすると、新たな就業規則の作成または変更によって、既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないという就業規則の作成変更による合理性の判断と、契約法20条の有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が、同条所定の考慮事情を考慮しての不合理性判断とでは、労使協議の評価におのずと違いが生じることになるという判断基準があるのかもしれません。※本脚注は、同最高裁判決が出てから加筆したものであることを申し添えます。

*3:労働協約中の「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」に違反する労働契約の部分は無効となり、無効となった部分は労働協約上の基準の定めるところによる。労働契約に定めがない部分についても同様である。このように労働協約中の「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」はここの労働契約を直接規律する効力を与えらており「規範的効力」と呼ばれる。菅野和夫(著)「労働法」弟八版 法律学口座双書 より

コーヒーブレークQ&A 事業場外みなし(2)事務処理どこでしよう?

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今回は、前回のコーヒーブレイクの第2回目みなし労働時間制の続きです。前回は、不動産会社を営む経営者からの相談を想定しての内容で、自社の営業マンに適用している事業場外みなし労働時間制の適用について、連日の大手不動産会社の裁量労働制の不適切運用の報道に触発された社員から、実労働時間との差額賃金支払いの求めを受けて困っているという内容でした。その記事の中で、事業外労働のみなし労働時間制が適用されるための2つの要件を制度発出当時に出された1号通達と設定会社と同じ不動産会社のみなし労働時間制の裁判例であるレイズ事件を題材に簡単に説明してきました。

さらに「みなす」という言葉の法律上の効果について、参考文献の中から解説を抜粋しお伝えして終了しました。

 その前回の記事でお伝えした通り、企業(事業場)が就業規則で事業場外労働のみなし労働時間制を採用することを規定し、労働時間を「みなす」とした場合、労働者の意思とは関係なく、「その業務を行うのに通常必要とされる時間」は、その定めたところの時間となり、反証を挙げて覆すことができない効果が発生するということでした。

みなし労働時間制については、労働基準法の労働時間規制の積み上げ算定による実績原則の下で、実際の労働時間にできるだけ近づけた現実的な算定方法を定めるものであり、その限りで労基法上使用者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除する制度ということができると考えられています。阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第1)事件(東京高裁平成23年9月14日・労判1036号14頁)】

 従って、事業場外のみなし労働時間制が適用できるための2つの要件、特に、2番目の要件である使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であることの判定は厳格になされていると考えてよいと思います。

上述したように、通常は、労働基準法は積み上げ算定による実績原則の労働時間規制の考えなので、未払い賃金等が問題となる場面であっても、労働者の自己申告が実態あったものであれば労働時間として認定されるための証拠となりえる余地があるはずです。その場合であっても労働者の自己申告という信憑性の問題は残されていますが・・・

しかし、採用している事業場外のみなし労働時間制が前述の2つの要件を満たした場合は、上述した「みなし」効果が与えられ、通常であれば労働時間の算定の証拠たりえる余地のある自己申告の資料をもってしても「みなし時間」は覆らないということになるはずです。

ところが、その「みなし」に関連して、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であるか否かの判断において、自己申告となる「添乗員が実際に行った旅程管理の状況について出発時刻、到着時刻等を詳細かつ正確に記載した添乗日報」を「補充的に用いる」ことによって「本件添乗業務についての添乗員の労働時間を把握するについて、その正確性と公正性を担保することが社会通念上困難であるとは認められないとし、みなし労働時間制の適用はないと判示する高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第1事件)(東京高裁平成23年9月14日)】が現れるとともに、その後、実質同様の判断を示した最高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2事件)(最高裁第二小法廷平成26年1月24日】が現れるという阪急トラベルサポートの一連の事件の判例がでてきました。

この阪急トラベルサポートのみなし労働時間制の適用可否をめぐる事件は、第1事件~第3事件まで3つの事件があり、地裁では統一された結論とはなりませんでしたが、高裁では3事件すべてで、適用を認めない結論に至っています。

そして、上述した、事件は各々第1事件*1・第2事件*2で国内旅行添乗員と海外旅行添乗員と事件の内容となった旅行業務の種類を異にしますが、労働者からの自己申告に当たる「添乗日誌」使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務に該当するか否かの判定をする際の考慮に用いられています。ただ第1事件の高裁判決では、「補充的に用いることによって」という言葉を用いているのに対し、第2事件の最高裁判決では、そのような言葉を用いず、「業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等」に含まれて鑑みられているという違いがありますが、その正確性と公正性の担保という意味では同じ内容の事を述べています。

労働者からの労働時間に対する自己申告に信憑性の問題が残されていることは先述の通りですから、労働時間について「みなし」の強い効果がある事業場外のみなし労働時間制の適用判断要件である、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務について、そのような信憑性に問題が残されている労働者の自己申告をもとに判定することは、法の条文の趣旨に反することになるようにも思えます

 以上のような疑問については、被告会社においても第1事件の中で主張していたようで、その第1事件の高裁判決の中で裁判所は次のように述べています。

 確かに、使用者の指揮監督が及んでいなくとも、従業員の自己申告に依拠した労働時間の算定が可能な限りは「労働時間を算定し難いとき」に当たらないというのであれば、「労働時間を算定し難いとき」はほとんど想定することができず、事業場外みなし労働時間制が定められた趣旨に反するというべきである。しかし、本件で問題となっているのは、自己申告に全面的に依拠した労働時間の算定ではなく社会通念上、事業場外の業務遂行に使用者の指揮監督が及んでいると解される場合に補充的に従業員の自己申告を利用して労働時間が算定されるときであっても、従業員の自己申告が考慮される限り、「労働時間を算定し難いとき」に当たると解すべきかということであり、事業場外みなし労働時間制の趣旨に照らすと、使用者の指揮監督が及んでいるのであれば、労働時間を算定するために補充的に自己申告を利用する必要があったとしてもそれだけで直ちに「労働時間を算定し難いとき」に当たると解することはできず、当該自己申告の態様も含めて考慮し、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かが判断されなければならない。

上記第1事件の高裁判決は、国内旅行業務の判断についてですが、単純に考えて、国内旅行より、海外旅行の添乗の方が使用者の指揮監督が及びづらく、その分労働時間の管理が困難であることは容易に想像ができます。従って、事業場外のみなし労働時間制に関しても、海外旅行の添乗員の方が認められやすいような気がしますね。参考までに、第2事件の最高裁の判断の内容に入る前に、その海外旅行の添乗業務についての地裁がどのように判断していたかを簡単に紹介したいと思います。

第3事件の第1審判決*3では、結論として事業場外のみなし労働時間制の適用自体、換言すれば、制度適用のための1番目の要件である事業場外での業務に従事という要件は満たしている前提で、2番目の要件である労働時間を算定しがたい場合に該当するかが検討され、原告の1号通達のみなしが適用されない状況例外(1)~(3)に該当するとの主張のいずれもが退けられ、原告の従事する業務が制度の適用を受ける業務に該当するとされていました。

そして、添乗員らの添乗日誌による自己申告がある以上、使用者が原告らの労働時間を客観的に把握できたことからみなしの適用はないとの主張に対しては、裁判所は次のように述べその客観性を否定していました。

(ウ) 原告らは,実際の旅程結果を添乗日報等に詳細に記入するように本件派遣先が指示し,ツアー終了後,添乗日報を提出させているから,実際の労働時間を把握することができる旨主張する。・・・
しかしながら,添乗日報の記載内容,程度には,相当のばらつきがあり添乗日報から始業時刻及び終業時刻が直ちに判定できない場合も少なくない。また,前記検討のとおり,添乗業務はツアー客に帯同するものではあるが,休憩自由行動時間において,添乗員が労働義務から解放されていると評価すべき時間も含まれていると解されるところ,原告らの添乗日報は,前述したとおり,記載の程度に相当の差異があり,休憩の取得を具体的に記載しているものから,全く記載していないものまで多種多様であって,これら非労働時間を添乗日報等から把握することは現実には困難である(そもそも,本件派遣先がこのような非労働時間の記載まで求めているとは認められない。)

結局,添乗日報の記載によっても実際の労働時間を把握(算定)することは相当困難であるといわざるを得ない。 なお,労働時間の自己申告が可能であること自体から直ちに「労働時間を算定し難いとき」に該当しないということはできないことは明らかである(このように解さなければ,本件みなし制度を適用する余地はないこととなってしう。)・・・・・・・ しかしながら,前述したとおり,添乗日報の記載には相当程度ばらつきがあり,その内容から具体的に労働時間を把握することも困難である以上,添乗日報を作成して提出している事実を勘案しても,原告らの添乗業務が「労働時間を算定し難いとき」に該当するといわざるを得ない。

一方、第2事件の1審判決でも、上記第3事件1審判決での裁判所の説示と同旨の事を次のように述べていました。

この労働時間を把握する方法として、平成13年4月6日労働基準局長通達第339号「労働時間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に関する基準」(以下「労働時間把握基準」という。)は「使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること」とされ、その方法として原則として「ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録することイ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。」とし、例外として自己申告制を規定する(〈証拠略〉)。これらによれば、みなし労働時間制が適用される「労働時間を算定し難いとき」とは、労働時間把握基準が原則とする前記ア及びイの方法により労働時間を確認できない場合を指すと解される。なお、労働時間把握基準は、みなし労働時間制が適用される場合には適用がないものとされている。
 ここで、例外である自己申告制によって労働時間を算定することができる場合であっても、「労働時間を算定し難いとき」に該当する場合があると解される。なぜなら、もし、自己申告制により労働時間を算定できる場合を事業場外みなし労働時間制から排除するとすれば、事業場外労働であって、自己申告制により労働時間を算定できない場合は容易に想像できず、労基法が事業場外みなし労働時間制を許容した意味がほとんどなくなってしまうからである。〔中略〕

以上のように、第1審では、第1事件でみなし否定、第2事件、第3事件でみなし肯定というように結論が分かれていました。国内で否定、海外で肯定という結果です。

ところが、国内否定の第1事件の1審判決に対して、上述した高裁の「補充的に」という言葉を用いた論理が出てきたわけです。

あくまで自己申告は補助的な考慮要素であるということです。従って、労働時間を算定しがたい場合の判定の主な決め手は、社会通念上、事業場外の業務遂行に使用者の指揮監督が及んでいると解される場合ということになります。

では、この「補充的に」とは、どのような意味合いでとらえたらよいのでしょうか?言葉を素直に読めば、上述したように「補助的な考慮要素として」ということになると思います。言葉の背景にある考えについては、裁判官が前回の記事で紹介したレイズ事件(東京地裁平成22年10月27日・労判1021号39頁)と同様の事を述べています。

⑴ 使用者は,本来,労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのである。

⑵ みなし制度が適用されるためには使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず,具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。

⑶ 昭和63年1号通達*4は、発出当時の社会状況を踏まえた「労働時間を算定し難いとき」の例示である。

以上の考えを基に第1事件高裁判決の結論をまとめると、

⑴ 原告ら、派遣添乗員は被告会社の工程管理指示書(アイテナリー)に基づき、添乗業務を行っている。

⑵ 添乗員の行程管理がその裁量に任されている部分があるといえるとしても、添乗員の裁量は、緊急臨時的な限定的なものであり、阪急交通社の指揮監督を離脱しているということはできない。

⑶ 添乗日報は、指示書により指示された行程を実際に管理した際の状況を記載して報告した文書であり、その記載は詳細であって、事実と異なる記載がされ、あるいは事実に基づかないいい加減な記載がされているというような事実は認められない

社会通念上添乗業務は指示書による阪急交通社の指揮監督の下で行われるもので、Y社は、阪急交通社の指示による行程を記録した添乗日報の記載を補充的に利用して添乗員の労働時間を算定することが可能であると認められ、添乗業務は、その労働時間を算定し難い業務には当たらないと解するのが相当である。

事件の行程管理指示書に基づく添乗業務の態様が、 昭和63年通達の例外事例のどれにも、そのままは当てはまらない(例外の理由とするには弱い)が、通達はあくまで発出当時の社会的状況を踏まえた例示であり、みなし制度を適用するためには、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りないという厳しい姿勢を貫いたような結論となっています。

事業場外のみなし労働時間制で最高裁の判断が出たということで注目された第2事件については、冒頭で第1事件と同様に事業場外のみなし労働時間制が否定されたという結論を述べましたが、どのような判断経緯だったのか、簡単に内容を見ていきたいと思います。

 この第2事件の最高裁判決は、添乗業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に該当するかの検討につき、「補充的に」という言葉の背景にある考えのところで述べた

 ⑵ みなし制度が適用されるためには,使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。

 という考えにより上記青ゴシックの3つの要件に基づき検討されていると思われます。

従って、今回の記事では、敢て判決文の検討見出しを上記3要件の見出しとしました。

⑴当該業務の内容・性質

(出発前業務)出発日の2日前に,上告人の事業所に出社して,パンフレット,最終日程表,アイテナリー等を受取り,現地手配を行う会社の担当者との間で打合せをなど。

(出発日当日業務) 集合時刻の1時間前までに空港に到着し,主にツアー参加者の受付や出国手続及び搭乗手続の案内等、機内業務、現地到着後はホテルへのチェックイン等を完了するまで手続の代行や案内等の業務

(発帰国機内業務)航空機内においては搭乗後や到着前の時間帯を中心に案内等の業務

(現地業務) アイテナリーに沿って,原則として朝食時から観光等を経て夕食の終了まで,旅程の管理等の業務を行う。

(帰国日業務) ホテルの出発前から航空機への搭乗までの間に手続の代行や案内等の業務を行うほか,航空機内業務を行い到着した空港においてツアー参加者が税関を通過するのを見届けるなどして添乗業務を終了

(帰国後業務) 3日以内に上告人の事業所に出社して報告を行うとともに,本件会社に赴いて添乗日報やツアー参加者から回収したアンケート等を提出する。

⑵使用者の具体的な指揮命令の程度

会社は,添乗員に対し,国際電話用の携帯電話を貸与

(携帯電話)常に電源を入れておくものと指示

(添乗日報)作成し提出することを指示している。

添乗日報には,ツアー中の各日について,行程に沿って最初の出発地,運送機関の発着地,観光地等の目的地,最終の到着地及びそれらに係る出発時刻,到着時刻等を正確かつ詳細に記載し,各施設の状況や食事の内容等も記載するものとされており,添乗日報の記載内容は,添乗員の旅程の管理等の状況を具体的に把握することができるものとなっている。

⑶労働者の裁量の程度等

 添乗員は,参加者との間の契約に係る旅行業約款に定められた旅程保証に反することとなるような変更が生じないように旅程の管理をすることが義務付けられている
旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必要最小限の範囲において旅行日程を変更することがあり添乗員の判断でその変更の業務を行うこともある

目的地や宿泊施設の変更等のようにツアー参加者との間で変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更や,ツアー参加者からのクレームの対象となるおそれのある変更が必要となったときは,本件会社の営業担当者宛てに報告して指示を受けることが求められている。

 以上の事実関係を前提に、3つの要件について次のように述べて結論を導いています。

本件添乗業務は,ツアーの旅行日程に従い,ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ,(要件1)ツアーの旅行日程は,本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており,その旅行日程につき,添乗員は,変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように,また,それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。
そうすると,(要件3)本件添乗業務は,旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。
また,ツアーの開始前には,(要件2)本件会社は,添乗員に対し,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに,添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。

そして,ツアーの実施中においても,(要件2)本件会社は,添乗員に対し,携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。

さらに,ツアーの終了後においては,本件会社は,添乗員に対し,前記のとおり(要件2)旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ,その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。

これらによれば,本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。
以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。 

※上記(要件1)~(要件3)という用語はブログ記事内容の説明の便宜上、記事の著者が勝手に用いたものです。

 昭和63年1号通達は、今回紹介した事件の1審判決が述べるように、発出当初の社会状況を踏まえた例外例示ですから、現代では、みなしが適用されない例外の例示に該当しなくても、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りないとされるケースが多くなる可能性が非常に高いと思われます。従って、過去から「事業場外みなし」を問題なく適用している会社でも、今一度、上記3つの要件に照らし自社の制度に問題がないか再確認しておくことをお勧めします。

 それにしても、情報技術の進歩がめざましい現代において、この事業場外のみなし労働時間制という制度は、人里離れた不便な場所での仕事や単発の出張以外では、仕事仲間内でもほとんど使えないのではないかと言われて久しい訳ですが、今回海外旅行の添乗員でも認められないという(勿論、ケース毎に判断されるべきですが)ことになってしまうと、その可能性が更に少なくなってしまったような感じが個人的にはしています。

 そこで、参考までにみなしが肯定された裁判例をご紹介して最後にしたいと思います。

【日本インシュアランスサービス(休日労働・第1)事件-東京地判 平21・2・16 労働判例983号51頁】という事件で、原告らの業務内容は、保険に関する調査及び報告書の作成業務に従事していました。その業務遂行の仕方は、被告会社の本支店には原則として出社することなく、自宅を本拠地として、自宅に被告会社から送付されてくる資料等を受領し、指定された確認項目に従い、自宅から確認先等(保険契約者宅、被保険者宅・病院・警察・事故現場等)を訪問し、事実関係の確認を実施し、その確認作業の結果を確認報告書にまとめて、本社ないし支社に郵送又はメール等でこれを送付する、というものでした。その原告らが被告会社に対して、休日労働をしたと主張して、休日労働手当について支払われた額との差額等の支払を求めたという内容です。

このように、Xらの業務執行の態様は、契約形態が雇用であるから従属労働であるとはいえ(実際、同じ業務を担当しているが、業務委託契約の職員もいる。〈証拠略〉。)、Yの管理下で行われるものではなく、本質的にXらの裁量に委ねられたものである。したがって、雇用契約においては、使用者は労働者の労働時間を管理する義務を有するのが原則であるが、本件における雇用契約では、使用者が労働時間を厳密に管理することは不可能であり、むしろ管理することになじみにくいといえる

(2) ・・・Yの就業規則において、・・・(略)平日においては、みなし労働時間制が採られており、就業時間は7時間(休憩時間は1時間で随時取る。)であるところ(5、6条)、「日常の確認活動については、通常の労働時間労働したものとみなす」(6条3項)とされている。前記(1)のXらの業務執行の態様からすれば、このみなし労働時間制は、その業務執行の態様に本質的に適っているということができる。

(3) 本件は、Xらが休日労働をしたと主張して、その時間外労働に関する手当を請求するものである。一般的に、少なくとも休日労働については、労働者は自己の意思で休日労働をするか否かを決定する裁量が本来なく使用者の休日労働の個別の命令を要すると解される。平日の時間外労働についても、変わるところはないといえるが、(略)包括的・黙示的な同命令があるものと認められ易いというにすぎない。これに対し、休日労働は、前日までの平日の労働と時間的に連続していないため、労働者に犠牲を強いる点も多く、それゆえに時間外手当の割増率も高くなっているもので、本来労働者の裁量では行えず、包括的・黙示的な同命令も容易に認められるものではないといえる。
 これを本件において見るに、本件の業務職員の業務執行の態様は、その労働のほとんど全部が使用者の管理下になく、労働者の裁量の下にその自宅等で行われているため、確認業務の必要上、休日労働を行わざるを得ない場合には、休日労働をした場合には振替えの休日をなるべく取るようにするとの前提の下に少なくともこれまでは、使用者の休日労働の個別の命令を要することなく、当該業務職員の裁量で休日労働を行うことがされてきた(略)このような業務執行の態様の下では、休日労働のあり方も、平日のそれと本質的な差異はないのであるから、休日労働の時間の算定も、平日同様、みなし労働時間制によることが、その業務執行の態様に本質的に適っているということもできる。しかしながら、休日は本来労働することを予定していない日であるため、「所定労働時間」や「通常所定労働時間」(労基法38条の2第1項)といったものが存在しないので、みなすべき労働時間が存在せず、これによることができないというにすぎない。平日の労働にみなし労働時間制が採用されている場合でも、休日労働は実労働時間によらねばならないという格別の要請が労基法上存在するとは解されない。

「Yの業務職員の業務執行の態様は、その労働のほとんど全部が使用者の管理下になく、労働者の裁量の下にその自宅等で行われているのであるから、休日における報告書作成時間等も、使用者において管理しているものではなく、作成に要した実時間を使用者において知ることができるものではない。業務職員もYに報告していないし、また実際にもYが把握してはいない。したがって、一定の算定方法に基づき、概括的に報告書作成時間等を算定することにも合理性が存するといえる。そして、そのような算定方法は、(略)・・司法審査をするに当たっては、社内の取決めを作成する者と同じ立場に立っていずれかが最適かといった見地から審査するのではなく、恣意にわたるような定め方や、時間外手当請求権を実質的に無意味としかねないような裁量権の逸脱が存するか否かの点に限って審査すべきである。」

「Yの算定方法では、平日も含め、かなり実際の労働時間よりも短くなるとXらが感じていることもうかがわれる。しかしながら、Yの算定方法は、基本的に、平日1日当たりの報告書作成時間等と同程度の時間の業務を行ったとの考えに基づくものであり、平日のみなし労働時間制は、・・・Xらの業務執行の態様に合致したもので、十分な合理性を有するということができる。また、このみなし労働時間制という労働条件は、Xらの採用時の交渉により決まったものであり、今になって否定できるものではないし、報告書の中には、相当短時間で仕上げられるものもあることが認められるから、Yの算定方法によることに、全体でならせば、ある程度実際の労働時間よりも短くなるとしても、裁量権の逸脱があるとまではいえないというべきである。

 以上のように、原告らの仕事の本拠は使用者の管理の及ばない自宅であり、会社から送られてくる確認書に基づき業務を行うにしても、確認事項のために具体的な訪問手順等が決まっているわけでもなく、その業務態様は労働者の自由裁量性が高く、従って、本件における雇用契約では、使用者が労働時間を厳密に管理することは不可能であり、むしろ管理することになじみにくいといえるとされています。

上記裁判例は、在宅勤務の例とは違いますが、いわゆるテレワーカー等の情報通信機器を用いて自宅で業務を行う在宅勤務者に対しても、一定の基準を満たすことにより、労働基準法第38条の2の事業場外のみなし労働時間制の適用があるとされていますが、次の通達により、一定の注意事項が示されています。

例えば、労働契約において、午前中の9時から12時までを勤務時間とした上で、労働者が起居寝食等私生活を営む自宅内で仕事を専用とする個室を確保する等、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在することのないような措置を講ずる旨の在宅勤務に関する取決めがなされ、当該措置の下で随時使用者の具体的な指示に基づいて業務が行われる場合については、労働時間を算定し難いとは言えず、事業場外労働に関するみなし労働時間制は適用されないものである

 (1)  当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。
 (2)  当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。
 (3)  当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。

(平成16年3月5日付け基発第0305001号「情報通信機器を活用した在宅勤務に関する労働基準法第38条の2の適用について」)

情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの策定について

今回で、前回からのコーヒーブレイク「事業場外みなし労働時間制」は、終了します。

 

【参考資料】

阪急トラベルサポート判例資料  弁護士法人栗田勇法律事務所 サイトより

・同阪急トラベル第3事件東京地裁判決 第2事件最高裁判決 裁判所ホームページより

・同阪急トラベル第1第2事件概要 2010年(平成22年)労働判例・命令年間総索引 

・日本インシュアランスサービス事件資判例資料 MEMORANDUMブログサイトより

 

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*1:国内旅行添乗員Xの未払割増賃金請求につき,始業時刻から終業時刻までの間の時間は休憩時間(1時間)を除き,Y社(および派遣先Z社)の指揮命令下に置かれていると評価できる等として,X主張に沿った時間外労働時間等の算定がなされ,割増賃金合計56万余円と同額の付加金が認容された例

*2:登録型派遣添乗員として被告Y社に雇用された原告Xの海外旅行の添乗業務従事につき,みなし労働時間制の適用を認めたうえで,時間外・休日割増賃金合計12万0700円および同額の付加金請求が認容された例の最高裁

*3:裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

*4:使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであること。
[1] 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合 [2] 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合 [3] 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

サイト内不具合のお知らせ!

過去の記事で、記事全体がゴシック体になっていて、編集がきかない状態になっています。運営側に問い合わせています。 暫く、過去の記事に関しては、読みづらいこともあるかもしれませんが 記事の全体が、ゴシック体になっているだけですので、記事の内容を変更するものではありません。 読者の方には何か意味があって記事全体をゴシック体にしているのかと思われた方もいるかもしれませんが、ただの不具合です。 過去記事に関しては、改善までもう暫くお待ちください! 引き続き、当事務所のブログをごひいきにお願いいたします。

(編集) お詫びしたとたん、同じ状況になっています。 詳しい方誰か、ご教授願います。

コーヒーブレークQ&A その仕事どれくらい時間かかった?

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前回の記事では、賃金の控除協定について労働者からの相談を想定して、Q&A方式で簡単に判例を交えながらお伝えしました。

今回は、使用者側からの相談を想定して、事業場外労働時間制についてのおさらいをしてみたいと思います。 

Q. 

当社は、宅地建物取引業者です。最近大手不動産会社の企画業務型裁量労働制が本来適用すべきでない従業員に適用されていた不適切な運用の問題で監督官庁から特別指導がなされていた話題が新聞を賑わせていますよね。当社は、裁量労働制を採用しているわけではないのですが、営業社員に1日9時間のみなし労働時間制を採用して、協定を労働基準監督署に届け出ています。ところが、最近の連日の報道に触発され社員が1日10時間以上は労働していると差額分の未払い残業代を請求したい旨の申し出を受けて困っています。当社としては、みなし労働時間制は、実労働時間と関係なく協定した時間労働したものとみなす制度で、その時間分給与を払っていれば問題ないと思っているのですが、最近の報道で多少不安になっています。

A.

労働基準法は、その違反に対して刑罰が科せられることを定めることによりその履行の確保をが図られている刑罰法規です。そしてその義務規定の履行義務主体は使用者とされています。労働基準法はその32条で1週間については休憩時間を除き40時間を、1週間の各日については、休憩時間を除き8時間を超えて労働させてはならないことを義務付けています。使用者がその定めた時間を超えて労働させた場合には犯罪構成要件が成立し割増賃金支払い義務が生じるということになります。そのことからも、労働基準法上の労働時間の適正把握義務は使用者にあると考えられています。

「賃金不払残業の解消を図るために講ずべき措置等に関する指針」(平成15年5月23日付け基発第0523004号)でも、使用者の労働時間適正把握義務について次のように述べています。

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/040324-3a.pdf

1 趣旨 略

2  労使に求められる役割
(1)略

(2)使用者に求められる役割
労働基準法は、労働時間、休日、深夜業等について使用者の順守すべき基準を規定しており、これを順守するためには、使用者は、労働時間を適正に把握する必要があることなどから、労働時間を適正に管理する責務を有していることは明らかである。
したがって、使用者にあっては、賃金不払い残業を起こすことのないよう適正に労働時間を管理しなければならない。

以上のように、本来使用者には労働時間の把握算定義務があるのですが、使用者の監督の及ばないような場所での業務の場合にはその労働の特殊性から、全ての場合についてこのような義務を認めることは困難と強いる結果になることから、一定の労働時間があったものと法的に取扱うこととする制度が「みなし労働時間制」という制度であり【ほるぷ事件(東京地判平成9年8月1日・労判722号62頁)】、現行労基法上のみなし労働時間制には、業場外のみなし労働時間制(労基法 38 条の 2)と、裁量労働のみなし労働時間制(同法 38 条の 4)があります。

労働基準法第38条の2】

労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。

前項ただし書の場合において、当該業務に関し、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。

使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。 

 原則使用者には、労働時間についての適正把握義務があるわけですから、その責務を免除するかたちとなるこの「事業場外のみなし労働時間制」に関しては、厳格に運用されることが求められているとされています。当時の厚生労働省通達( 昭和63年1月1日 基発第1号、婦発第1号)によれば、事業場外労働の範囲について次のように述べています。

(昭和63年1月1日 基発第1号、婦発第1号)

 事業場外労働の範囲

事業場外労働に関するみなし労働時間制の対象となるのは、事業場外で業務に従事し、かつ、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であること。したがって、次の場合のように、事業場外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであること。

[1] 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合

[2] 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

[3] 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

 その運用に対する厳格性の要請から、上記赤ゴシックの2つの要件を満たすことが必要となるわけです。

典型的には、自宅から会社に寄らず直接取引先に出向いて営業活動をするような外勤営業マンや、取材活動で飛び回る記者や、出張などの臨時的事業場外労働によって労働時間の算定が困難となる場合を対象としていて、このような労働者の労働時間の算定を、実際の労働時間にできるだけ近づけて適切に行われることをめざす便宜的な算定制度である厚生労働省 HP版調整事件解説集⑬ 事業場外みなし労働時間制の適用)

 とされています。

御社は営業マンにこの事業場外のみなし労働時間制を適用しているということですから上記①事業場外の業務に従事という要件は満たしていることになります。従って、その営業マンたちが従事する業務態様が次の②の使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であることという要件を満たしているか別途検証する必要があります。御社の具体的な営業マンの業務態様については設問からは詳細なことが解りませんが、参考になるかもしれない判例として同じ不動産会社のレイズ事件(東京地裁平成22年10月27日・労判1021号39頁があります。被告会社を解雇された当時営業本部長の地位にあった原告が時間外・休日労働にかかる未払賃金の支払いを求めたのに対し、被告会社は、原告が管理監督者にあたること、事業場外みなし制度が適用されることなどを主張して争った事件で、結論としては、事業場外みなし労働時間制が否定されています。

(前略)・・・そして、使用者は、本来、労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのであるから、本件みなし制度が適用されるためには、例えば、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに、労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず、具体的事情において、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。(中略)Xが従事した業務の一部又は全部が事業場外労働(いわゆる営業活動)であったことは認められるものの、Xは、原則として、Y社に出社してから営業活動を行うのが通常であって、出退勤においてタイムカードを打刻しており、営業活動についても訪問先や帰社予定時刻等をY社に報告し、営業活動中もその状況を携帯電話等によって報告していたという事情にかんがみると、Xの業務について、社会通念上、労働時間を算定し難い場合であるとは認められない
また、Xは、営業活動を終えてY社に帰社した後においても、残務整理やチラシ作成等の業務を行うなどしており、タイムカードによって把握される始業時間・終業時間による限り、所定労働時間(8時間)を超えて勤務することが恒常的であったと認められるところ、このような事実関係において、本件みなし制度を適用し、所定労働時間以上の労働実態を当然に賃金算定の対象としないことは、本件みなし制度の趣旨にも反するというべきである。

 と判決の中で述べ、被告会社は、原告に対し、時間外労働や休日労働を命じていない旨主張し、これに沿った証拠もあると認めながら、原告らが出社時及び退社時にタイカードを打刻していたことから被告会社が原告らの勤務実態を把握していたこと、被告会社は、従業員の労働管理の責任を負う使用者として、仮に原告らが業務指示に反する形で勤務していたならば、その旨注意ないし指導すべきであるが、そのような事情はうかがわれないこと、原告らの時間外労働及び休日労働は恒常的なものであったと解されることをも併せ考えると、原告らは、少なくとも被告会社による黙示の指示に基づいて業務(時間外労働及び休日労働)に従事していたものと解されるとして、事業場外のみなし労働時間制の適用を否定しています。

地裁レベルの判決ではありますが、上述のとおり、事業場外のみなしの2番目の要件については、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに、単に労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りないとしており相当厳しい姿勢を感じられます。

 因みに、事業場外労働に該当する場合には、その労働時間は以下の3つのいずれかの時間とみなされることになるとされています。

① 所定労働時間(38 条の 2 第 1 項)

② 通常必要とされる労働時間(同条 1 項但書)

③ 労使協定による労働時間(同条 2 項)

上記の①~③について若干補足説明と問題提起をさせてもらうと、そもそも事業場外のみなし労働時間制は、営業職等時間管理をする者がおらず正確な労働時間把握が困難な業務に限り認められている制度なので、制度の対象となる外勤労働者の実際の外勤時間とは関係なく、内勤時間も含め所定労働労働したものとみなすことができる制度ですが、外勤業務が通常の所定労働時間内では終了しないことが明らかな時には、その業務の遂行に通常必要とされる時間労働したとみなすことができ、その時間が法定労働時間を超えるときには労使協定に定めた時間労働したとみなすことができる制度です。もちろんその場合には、当該労使協定を所轄労働基準監督署へ届けなければなりませんが、同時に内勤業務も行うことが明らかなときには、その内勤業務に必要な時間も含め36協定の締結が必要となります。問題は、内勤も含め所定労働時間労働したものとみなす「みなし労働時間制」を採用している場合、所定労働時間の労働とみなしている以上、残業を何時間行わせても所定労働時間労働したとみなしてよいのか、それとも、所定労働時間とみなした以上は、終業時刻にすべての業務が終了するようにしなければならず、まったく残業が許されないのかという問題があります。

この法律上規定されている「みなす」という言葉の効果についてですが、「労働時間・休日・休暇の実務 Q&A120 弁護士 外井浩志(著)」(三協法規出版)の中で著者である外井弁護士は次のように述べています。

使用者が就業規則で事業場外労働についてはみなし労働時間制を採用すると定めれば、その業務が事業場外労働であって労働時間が算定できない業務の遂行に該当すれば、労働者の意思如何にかかわらず、労働時間の計算方法といして「みなし労働時間」制度が適用になると解されています。

法律上明白に「みなす」と規定されており、「みなす」とは「推定」とは違い反証を許さないということであり、反証をいかに挙げてもその法律効果は覆らないという定めです。実際に労働した時間が多くても証拠となるメモや申告書を持ち出しても、所定労働時間または通常業務に必要とされる時間(または労使協定時間)だけ労働したものと取り扱われることになります。

 所定労働時間ではない「みなし」の場合ですが、通常は、「その業務をおこなうのに通常必要とされる時間」は、その業務を行うのに必要な平均的な時間として定めていると思います。例えば、ある事業場外での業務について、8.5時間で終了することもあれば9.5時間かかる日もあるけれど、平均すれば9時間かかるような場合であれば、「その業務をおこなうのに通常必要とされる時間」は9時間となります【新訂3版 知らなきゃトラブル!労働基準関係法の要点 公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会(編)

なお、当該業務の遂行に通常必要とされる時間とは、通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間であることとされています(昭和63年1月1日 基発第1号、婦発第1号)

しかしながら、通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要な時間は、個人差があり一定ではないはずですが、ここでは、通常人という概念を設定し、「通常人が通常労働する場合」の平均的労働時間を想定しているそうです。従って「通常人」を想定しなければならないわけであり、そこが、使用者の裁量的判断に委ねるのと同視されることになってしまい、「みなし」という強い効果を与える基準として曖昧であり好ましくないという指摘もなされています。 「労働時間・休日・休暇の実務 Q&A120 弁護士 外井浩志(著)」(三協法規出版)

その、労働時間の設定に関して、上記裁判例では次のように述べています。

労働基準法は、事業場外労働の性質にかんがみて、本件みなし制度によって、使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから、本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が、現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。したがって、例えば、ある業務の遂行に通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合であるにもかかわらず(本来、労働基準法38条の2第1項但書が適用されるべき場合であるにもかかわらず)、労働基準法38条の2第1項本文の「通常所定労働時間」働いたものとみなされるなどと主張して、時間外労働を問題としないなどということは、本末転倒であるというべきである。

 以上の事からすれば、御社では連日の報道に触発された社員から実働時間の差額分の未払い残業代を請求されていたとしても、「みなし」の効果がある以上、職場で定めた(協定された)「その業務を行うのに通常必要とされる時間」が労働時間であり、他に上記のような本末転倒となるような事情がなければ、その定めた時間に対応した時間分の賃金を支払っていれば問題ないということになります。

ところが、その「みなし」に関連して、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であるか否かの判断において、自己申告となる「添乗員が実際に行った旅程管理の状況について出発時刻、到着時刻等を詳細かつ正確に記載した添乗日報」を「補充的に用いる」ことによって「本件添乗業務についての添乗員の労働時間を把握するについて、その正確性と公正性を担保することが社会通念上困難であるとは認められない」とし、みなし労働時間制の適用はないと判示する高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第1事件)(東京高裁平成23年9月14日)】が現れるとともに、その後、実質同様の判断を示した最高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2事件)(最高裁第二小法廷平成26年1月24日】が現れるという阪急トラベルサポートの一連の事件の判例がでてきました。 

 

今回はここまでとして、次回、最後にご紹介した判例につてい若干触れることとして今回のテーマである事業場外みなし労働時間制を終了したいと思います。

 

〈参考文献および資料〉 

(文献)

・「労働時間・休日・休暇の実務 Q&A120 弁護士 外井浩志(著)」(三協法規出版)

・【新訂3版 知らなきゃトラブル!労働基準関係法の要点 公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会(編)】

労働判例インデックス 明治大学法科大学院教授 野川 忍(著)商事法務

・最新重要判例200労働法(増補版)神戸大学大学院法学研究科教授 大内伸哉(著)弘文堂

判例 

レイズ事件(東京地裁平成22年10月27日・労判1021号39頁)弁護士法人 栗田勇法律事務所HP

厚生労働省 HP版調整事件解説集⑬ 事業場外みなし労働時間制の適用

 


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コーヒーブレークQ&A 差額支給行進曲

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前回は、経営者からの相談を想定してのQ&Aでしたが、今回は労働者側からの相談を想定してのQ&Aです。

(Q)

現在の会社に就職し2年が経ち、先日、大学新卒の2等級から3等級に昇級しました。今回の昇級は、人事評価とは関係なく、2年が経過すると誰でも昇級できる制度になっていて、同期3人全員同時昇級ということになります。そこで毎回恒例の昇格祝いが開催されることになったのですが、当社では、昇格をお祝いする側ではなく、お祝いされる側が「皆さんのお陰です会費」を負担する習わしとなっていて、男は1人20,000円、女1人は10,000円と決まっているそうです。 そのため、先日25日の給料日に給与から20,000円天引きされました。当初は習わしだから仕方ないと思っていたのですが、よくよく考えてみるとみんな平等に飲み食いする飲み会で、会社で一番下の立場の人間が会費を負担するという制度に納得がいきません。 どうしたら良いでしょうか?

 

(A)

今回は、労基法の賃金支払いの5原則に関する基本的な問題ですので、簡単に頭を整理する形でまとめました。

【賃金支払いの5原則】とは労働基準法第24条に定められている諸原則のことを言います。

⑴通貨払いの原則

 賃金は通貨で支払わなければならないという原則です。               

(例外)

 ①法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合(現在法令の定めはない)

 ②一定の賃金について確実な支払方法で一定の者による場合

⑵直接払いの原則

 賃金は直接労働者に支払わなければならないという原則のことです。

 委任状を持った代理人であってもダメです。妻子等使者のみOKとされています。

⑶全額払いの原則

 賃金はその全額を支払わなければならないという原則のことです。

(例外)

 ①法令に別段の定めがある場合(給与等の源泉徴収社会保険料の控除など)

 ②労使協定がある場合(上記①以外)

⑷毎月1回以上払いの原則

 賃金は毎月1回以上支払わなければならないという原則のことです。

⑸一定期日払いの原則

 賃金は毎月一定の期日を定めて支払わなければならないという原則のことです。

 

以上が賃金支払い5原則ですが、今回のご相談については、その原則の中の⑶全額払いの原則が関係してきます。結論から述べると、賃金からの控除は上記の通り、法令に別段の定めがある場合か賃金の控除に関する労使協定がある場合に限られます。従って、御社の「皆さんのお陰様です会費」を給与から天引きすることは、例え労働者の同意があっても協定されていない限り原則許されません。そもそも飲み会の会費等は、一般的には、「社内親睦会費」等の名義で、協定により毎月給与天引きにより一定額を積み立てる方式で行われている企業が多いと思います。しかも、サラリーマンの1回の飲み会の費用としては20,000円は少額ではありませんが、昇級による差額給与が振り込まれることも考慮すると給与に占める割合的としてはそれほど大きな金額ともいえないでしょう。社内貸し付けの退職金からの返済等のように多額のお金を労働者本人の意思により相殺するほどの必要性もありません。ですから、本人が同意しているとしても、全額を一旦支払い、その中から本人が支払いをすることにしても企業の事務手続き上も何ら支障もないはずです。

では、どんな場合でも労働基準法の強行的直律的効力から賃金からの控除は、法が認める例外以外には認められないのでしょうか?

参考となる最高裁判決として、【シンガー・ソーイング・メシーン事件=最判昭和48.1.19】があります。

事件の概要は、在職中に競合他社に転職することが被上告会社に判明しており、填補旅費等経費の使用につき不明な点があったことからその損害の填補の趣旨も込めて、退職に当たって使用者に対し、「いかなる請求権も有しない」旨の書面を差し入れた労働者からの退職金請求が、自由な意思による退職金債権の放棄は労基法24条の全額払いの原則に反しないとして棄却された事例です。この裁判では、労働者が敗訴の結果となっているのですが、その中で最高裁は賃金の全額払いの原則の趣旨について次のように述べています。

 本件退職金は、就業規則においてその支給条件があらかじめ明確に規定され、Ý社が当然にその支払い義務を負うものというべきであるから、労働基準法11条の「労働の対償」といしての賃金に該当し、従って、その支払いについては、同法24条1項本文の定める全額払いの原則が適用されるものと解するのが相当である。しかし、右全額払いの原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、本件のように労働者たるⅩが退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払いの原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。もっとも、右全額払いの原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯定するには、それⅩの自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるが、・・・・・

 この、最高裁の判断によれば、労働者の債権である賃金に関しても、労基法24条の全額払いの趣旨に反しない労働者の明確な自由意思に基づく債権放棄であれば認められるということになります。しかし、上述した通り、その自由意思もあくまで労働者本人のためという事情の基になされたものでなければ認められないと考えれば、本当に例外の例外的な取扱いと考えておくべきです。労働者の意思形成過程に何らかの使用者の働きかけが許されるべきではないと思います。

今回の判例を引用した、【商事法務出版 労働判例インデックス】でもその著者である明治大学法科大学院野川 忍教授が、判例解説のなかで次のように述べています。

モデル裁判例である日新製鋼事件(最二小判平2.11.26 労判584-6)の様な

相殺と異なり、労働者には消滅させるべき自己の債務はなく、純粋に債権の消滅だけがじるのであるから、自由意思の認定は、合意相殺の場合に比べても一層厳格になされるべきであろう

話を、相談内容に戻すと、御社の「皆さんのお陰です会費」は、強い立場にある使用者からの働きかけによるものといってよいと思います。制度の詳細は解りかねますが、一般的にうと、更に、昇格祝いともなれば、その会社行事はなかば半強制的で昇格した労働者側に断る自由裁量性はほとんどないと言っても過言ではないかもしれません。もし行事への参加の自由があったとしても、昇格祝いという性質上会費だけは支払いをさせらる可能性が高いのではないでしょうか?

従って、上記判例の様な労働者の自由意思による債権の放棄を例として、労基法24条の全額払いの原則に反することはできません。

支払い済みの会費に関しては、まずは使用者と温和な話合いで解決を図るしかないと思います。

それでも解決しない場合には、行政官庁に相談し、それでも解決しない場合は弁護士等に相談するしかないでしょう。各都道府県の社会保険労務士会の方では、裁判外紛争解決手続制度(ADR)という裁判外で時間と費用をかけずに簡単な和解による解決を図る制度も用意されています。まずはお気軽にご相談ください。

 

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