コーヒーブレークQ&A 事業場外みなし(2)事務処理どこでしよう?

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今回は、前回のコーヒーブレイクの第2回目みなし労働時間制の続きです。前回は、不動産会社を営む経営者からの相談を想定しての内容で、自社の営業マンに適用している事業場外みなし労働時間制の適用について、連日の大手不動産会社の裁量労働制の不適切運用の報道に触発された社員から、実労働時間との差額賃金支払いの求めを受けて困っているという内容でした。その記事の中で、事業外労働のみなし労働時間制が適用されるための2つの要件を制度発出当時に出された1号通達と設定会社と同じ不動産会社のみなし労働時間制の裁判例であるレイズ事件を題材に簡単に説明してきました。

さらに「みなす」という言葉の法律上の効果について、参考文献の中から解説を抜粋しお伝えして終了しました。

 その前回の記事でお伝えした通り、企業(事業場)が就業規則で事業場外労働のみなし労働時間制を採用することを規定し、労働時間を「みなす」とした場合、労働者の意思とは関係なく、「その業務を行うのに通常必要とされる時間」は、その定めたところの時間となり、反証を挙げて覆すことができない効果が発生するということでした。

みなし労働時間制については、労働基準法の労働時間規制の積み上げ算定による実績原則の下で、実際の労働時間にできるだけ近づけた現実的な算定方法を定めるものであり、その限りで労基法上使用者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除する制度ということができると考えられています。阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第1)事件(東京高裁平成23年9月14日・労判1036号14頁)】

 従って、事業場外のみなし労働時間制が適用できるための2つの要件、特に、2番目の要件である使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であることの判定は厳格になされていると考えてよいと思います。

上述したように、通常は、労働基準法は積み上げ算定による実績原則の労働時間規制の考えなので、未払い賃金等が問題となる場面であっても、労働者の自己申告が実態あったものであれば労働時間として認定されるための証拠となりえる余地があるはずです。その場合であっても労働者の自己申告という信憑性の問題は残されていますが・・・

しかし、採用している事業場外のみなし労働時間制が前述の2つの要件を満たした場合は、上述した「みなし」効果が与えられ、通常であれば労働時間の算定の証拠たりえる余地のある自己申告の資料をもってしても「みなし時間」は覆らないということになるはずです。

ところが、その「みなし」に関連して、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務であるか否かの判断において、自己申告となる「添乗員が実際に行った旅程管理の状況について出発時刻、到着時刻等を詳細かつ正確に記載した添乗日報」を「補充的に用いる」ことによって「本件添乗業務についての添乗員の労働時間を把握するについて、その正確性と公正性を担保することが社会通念上困難であるとは認められないとし、みなし労働時間制の適用はないと判示する高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第1事件)(東京高裁平成23年9月14日)】が現れるとともに、その後、実質同様の判断を示した最高裁判決阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2事件)(最高裁第二小法廷平成26年1月24日】が現れるという阪急トラベルサポートの一連の事件の判例がでてきました。

この阪急トラベルサポートのみなし労働時間制の適用可否をめぐる事件は、第1事件~第3事件まで3つの事件があり、地裁では統一された結論とはなりませんでしたが、高裁では3事件すべてで、適用を認めない結論に至っています。

そして、上述した、事件は各々第1事件*1・第2事件*2で国内旅行添乗員と海外旅行添乗員と事件の内容となった旅行業務の種類を異にしますが、労働者からの自己申告に当たる「添乗日誌」使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務に該当するか否かの判定をする際の考慮に用いられています。ただ第1事件の高裁判決では、「補充的に用いることによって」という言葉を用いているのに対し、第2事件の最高裁判決では、そのような言葉を用いず、「業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等」に含まれて鑑みられているという違いがありますが、その正確性と公正性の担保という意味では同じ内容の事を述べています。

労働者からの労働時間に対する自己申告に信憑性の問題が残されていることは先述の通りですから、労働時間について「みなし」の強い効果がある事業場外のみなし労働時間制の適用判断要件である、使用者の具体的な指揮監督が及ばず、労働時間を算定することが困難な業務について、そのような信憑性に問題が残されている労働者の自己申告をもとに判定することは、法の条文の趣旨に反することになるようにも思えます

 以上のような疑問については、被告会社においても第1事件の中で主張していたようで、その第1事件の高裁判決の中で裁判所は次のように述べています。

 確かに、使用者の指揮監督が及んでいなくとも、従業員の自己申告に依拠した労働時間の算定が可能な限りは「労働時間を算定し難いとき」に当たらないというのであれば、「労働時間を算定し難いとき」はほとんど想定することができず、事業場外みなし労働時間制が定められた趣旨に反するというべきである。しかし、本件で問題となっているのは、自己申告に全面的に依拠した労働時間の算定ではなく社会通念上、事業場外の業務遂行に使用者の指揮監督が及んでいると解される場合に補充的に従業員の自己申告を利用して労働時間が算定されるときであっても、従業員の自己申告が考慮される限り、「労働時間を算定し難いとき」に当たると解すべきかということであり、事業場外みなし労働時間制の趣旨に照らすと、使用者の指揮監督が及んでいるのであれば、労働時間を算定するために補充的に自己申告を利用する必要があったとしてもそれだけで直ちに「労働時間を算定し難いとき」に当たると解することはできず、当該自己申告の態様も含めて考慮し、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かが判断されなければならない。

上記第1事件の高裁判決は、国内旅行業務の判断についてですが、単純に考えて、国内旅行より、海外旅行の添乗の方が使用者の指揮監督が及びづらく、その分労働時間の管理が困難であることは容易に想像ができます。従って、事業場外のみなし労働時間制に関しても、海外旅行の添乗員の方が認められやすいような気がしますね。参考までに、第2事件の最高裁の判断の内容に入る前に、その海外旅行の添乗業務についての地裁がどのように判断していたかを簡単に紹介したいと思います。

第3事件の第1審判決*3では、結論として事業場外のみなし労働時間制の適用自体、換言すれば、制度適用のための1番目の要件である事業場外での業務に従事という要件は満たしている前提で、2番目の要件である労働時間を算定しがたい場合に該当するかが検討され、原告の1号通達のみなしが適用されない状況例外(1)~(3)に該当するとの主張のいずれもが退けられ、原告の従事する業務が制度の適用を受ける業務に該当するとされていました。

そして、添乗員らの添乗日誌による自己申告がある以上、使用者が原告らの労働時間を客観的に把握できたことからみなしの適用はないとの主張に対しては、裁判所は次のように述べその客観性を否定していました。

(ウ) 原告らは,実際の旅程結果を添乗日報等に詳細に記入するように本件派遣先が指示し,ツアー終了後,添乗日報を提出させているから,実際の労働時間を把握することができる旨主張する。・・・
しかしながら,添乗日報の記載内容,程度には,相当のばらつきがあり添乗日報から始業時刻及び終業時刻が直ちに判定できない場合も少なくない。また,前記検討のとおり,添乗業務はツアー客に帯同するものではあるが,休憩自由行動時間において,添乗員が労働義務から解放されていると評価すべき時間も含まれていると解されるところ,原告らの添乗日報は,前述したとおり,記載の程度に相当の差異があり,休憩の取得を具体的に記載しているものから,全く記載していないものまで多種多様であって,これら非労働時間を添乗日報等から把握することは現実には困難である(そもそも,本件派遣先がこのような非労働時間の記載まで求めているとは認められない。)

結局,添乗日報の記載によっても実際の労働時間を把握(算定)することは相当困難であるといわざるを得ない。 なお,労働時間の自己申告が可能であること自体から直ちに「労働時間を算定し難いとき」に該当しないということはできないことは明らかである(このように解さなければ,本件みなし制度を適用する余地はないこととなってしう。)・・・・・・・ しかしながら,前述したとおり,添乗日報の記載には相当程度ばらつきがあり,その内容から具体的に労働時間を把握することも困難である以上,添乗日報を作成して提出している事実を勘案しても,原告らの添乗業務が「労働時間を算定し難いとき」に該当するといわざるを得ない。

一方、第2事件の1審判決でも、上記第3事件1審判決での裁判所の説示と同旨の事を次のように述べていました。

この労働時間を把握する方法として、平成13年4月6日労働基準局長通達第339号「労働時間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に関する基準」(以下「労働時間把握基準」という。)は「使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること」とされ、その方法として原則として「ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録することイ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。」とし、例外として自己申告制を規定する(〈証拠略〉)。これらによれば、みなし労働時間制が適用される「労働時間を算定し難いとき」とは、労働時間把握基準が原則とする前記ア及びイの方法により労働時間を確認できない場合を指すと解される。なお、労働時間把握基準は、みなし労働時間制が適用される場合には適用がないものとされている。
 ここで、例外である自己申告制によって労働時間を算定することができる場合であっても、「労働時間を算定し難いとき」に該当する場合があると解される。なぜなら、もし、自己申告制により労働時間を算定できる場合を事業場外みなし労働時間制から排除するとすれば、事業場外労働であって、自己申告制により労働時間を算定できない場合は容易に想像できず、労基法が事業場外みなし労働時間制を許容した意味がほとんどなくなってしまうからである。〔中略〕

以上のように、第1審では、第1事件でみなし否定、第2事件、第3事件でみなし肯定というように結論が分かれていました。国内で否定、海外で肯定という結果です。

ところが、国内否定の第1事件の1審判決に対して、上述した高裁の「補充的に」という言葉を用いた論理が出てきたわけです。

あくまで自己申告は補助的な考慮要素であるということです。従って、労働時間を算定しがたい場合の判定の主な決め手は、社会通念上、事業場外の業務遂行に使用者の指揮監督が及んでいると解される場合ということになります。

では、この「補充的に」とは、どのような意味合いでとらえたらよいのでしょうか?言葉を素直に読めば、上述したように「補助的な考慮要素として」ということになると思います。言葉の背景にある考えについては、裁判官が前回の記事で紹介したレイズ事件(東京地裁平成22年10月27日・労判1021号39頁)と同様の事を述べています。

⑴ 使用者は,本来,労働時間を把握・算定すべき義務を負っているのである。

⑵ みなし制度が適用されるためには使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず,具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。

⑶ 昭和63年1号通達*4は、発出当時の社会状況を踏まえた「労働時間を算定し難いとき」の例示である。

以上の考えを基に第1事件高裁判決の結論をまとめると、

⑴ 原告ら、派遣添乗員は被告会社の工程管理指示書(アイテナリー)に基づき、添乗業務を行っている。

⑵ 添乗員の行程管理がその裁量に任されている部分があるといえるとしても、添乗員の裁量は、緊急臨時的な限定的なものであり、阪急交通社の指揮監督を離脱しているということはできない。

⑶ 添乗日報は、指示書により指示された行程を実際に管理した際の状況を記載して報告した文書であり、その記載は詳細であって、事実と異なる記載がされ、あるいは事実に基づかないいい加減な記載がされているというような事実は認められない

社会通念上添乗業務は指示書による阪急交通社の指揮監督の下で行われるもので、Y社は、阪急交通社の指示による行程を記録した添乗日報の記載を補充的に利用して添乗員の労働時間を算定することが可能であると認められ、添乗業務は、その労働時間を算定し難い業務には当たらないと解するのが相当である。

事件の行程管理指示書に基づく添乗業務の態様が、 昭和63年通達の例外事例のどれにも、そのままは当てはまらない(例外の理由とするには弱い)が、通達はあくまで発出当時の社会的状況を踏まえた例示であり、みなし制度を適用するためには、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りないという厳しい姿勢を貫いたような結論となっています。

事業場外のみなし労働時間制で最高裁の判断が出たということで注目された第2事件については、冒頭で第1事件と同様に事業場外のみなし労働時間制が否定されたという結論を述べましたが、どのような判断経緯だったのか、簡単に内容を見ていきたいと思います。

 この第2事件の最高裁判決は、添乗業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に該当するかの検討につき、「補充的に」という言葉の背景にある考えのところで述べた

 ⑵ みなし制度が適用されるためには,使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りず具体的事情(当該業務の内容・性質,使用者の具体的な指揮命令の程度,労働者の裁量の程度等)において,社会通念上,労働時間を算定し難い場合であるといえることを要するというべきである。

 という考えにより上記青ゴシックの3つの要件に基づき検討されていると思われます。

従って、今回の記事では、敢て判決文の検討見出しを上記3要件の見出しとしました。

⑴当該業務の内容・性質

(出発前業務)出発日の2日前に,上告人の事業所に出社して,パンフレット,最終日程表,アイテナリー等を受取り,現地手配を行う会社の担当者との間で打合せをなど。

(出発日当日業務) 集合時刻の1時間前までに空港に到着し,主にツアー参加者の受付や出国手続及び搭乗手続の案内等、機内業務、現地到着後はホテルへのチェックイン等を完了するまで手続の代行や案内等の業務

(発帰国機内業務)航空機内においては搭乗後や到着前の時間帯を中心に案内等の業務

(現地業務) アイテナリーに沿って,原則として朝食時から観光等を経て夕食の終了まで,旅程の管理等の業務を行う。

(帰国日業務) ホテルの出発前から航空機への搭乗までの間に手続の代行や案内等の業務を行うほか,航空機内業務を行い到着した空港においてツアー参加者が税関を通過するのを見届けるなどして添乗業務を終了

(帰国後業務) 3日以内に上告人の事業所に出社して報告を行うとともに,本件会社に赴いて添乗日報やツアー参加者から回収したアンケート等を提出する。

⑵使用者の具体的な指揮命令の程度

会社は,添乗員に対し,国際電話用の携帯電話を貸与

(携帯電話)常に電源を入れておくものと指示

(添乗日報)作成し提出することを指示している。

添乗日報には,ツアー中の各日について,行程に沿って最初の出発地,運送機関の発着地,観光地等の目的地,最終の到着地及びそれらに係る出発時刻,到着時刻等を正確かつ詳細に記載し,各施設の状況や食事の内容等も記載するものとされており,添乗日報の記載内容は,添乗員の旅程の管理等の状況を具体的に把握することができるものとなっている。

⑶労働者の裁量の程度等

 添乗員は,参加者との間の契約に係る旅行業約款に定められた旅程保証に反することとなるような変更が生じないように旅程の管理をすることが義務付けられている
旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必要最小限の範囲において旅行日程を変更することがあり添乗員の判断でその変更の業務を行うこともある

目的地や宿泊施設の変更等のようにツアー参加者との間で変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更や,ツアー参加者からのクレームの対象となるおそれのある変更が必要となったときは,本件会社の営業担当者宛てに報告して指示を受けることが求められている。

 以上の事実関係を前提に、3つの要件について次のように述べて結論を導いています。

本件添乗業務は,ツアーの旅行日程に従い,ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ,(要件1)ツアーの旅行日程は,本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており,その旅行日程につき,添乗員は,変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように,また,それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。
そうすると,(要件3)本件添乗業務は,旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。
また,ツアーの開始前には,(要件2)本件会社は,添乗員に対し,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに,添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。

そして,ツアーの実施中においても,(要件2)本件会社は,添乗員に対し,携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。

さらに,ツアーの終了後においては,本件会社は,添乗員に対し,前記のとおり(要件2)旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ,その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。

これらによれば,本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。
以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。 

※上記(要件1)~(要件3)という用語はブログ記事内容の説明の便宜上、記事の著者が勝手に用いたものです。

 昭和63年1号通達は、今回紹介した事件の1審判決が述べるように、発出当初の社会状況を踏まえた例外例示ですから、現代では、みなしが適用されない例外の例示に該当しなくても、使用者が通常合理的に期待できる方法を尽くすこともせずに,労働時間を把握・算定できないと認識するだけでは足りないとされるケースが多くなる可能性が非常に高いと思われます。従って、過去から「事業場外みなし」を問題なく適用している会社でも、今一度、上記3つの要件に照らし自社の制度に問題がないか再確認しておくことをお勧めします。

 それにしても、情報技術の進歩がめざましい現代において、この事業場外のみなし労働時間制という制度は、人里離れた不便な場所での仕事や単発の出張以外では、仕事仲間内でもほとんど使えないのではないかと言われて久しい訳ですが、今回海外旅行の添乗員でも認められないという(勿論、ケース毎に判断されるべきですが)ことになってしまうと、その可能性が更に少なくなってしまったような感じが個人的にはしています。

 そこで、参考までにみなしが肯定された裁判例をご紹介して最後にしたいと思います。

【日本インシュアランスサービス(休日労働・第1)事件-東京地判 平21・2・16 労働判例983号51頁】という事件で、原告らの業務内容は、保険に関する調査及び報告書の作成業務に従事していました。その業務遂行の仕方は、被告会社の本支店には原則として出社することなく、自宅を本拠地として、自宅に被告会社から送付されてくる資料等を受領し、指定された確認項目に従い、自宅から確認先等(保険契約者宅、被保険者宅・病院・警察・事故現場等)を訪問し、事実関係の確認を実施し、その確認作業の結果を確認報告書にまとめて、本社ないし支社に郵送又はメール等でこれを送付する、というものでした。その原告らが被告会社に対して、休日労働をしたと主張して、休日労働手当について支払われた額との差額等の支払を求めたという内容です。

このように、Xらの業務執行の態様は、契約形態が雇用であるから従属労働であるとはいえ(実際、同じ業務を担当しているが、業務委託契約の職員もいる。〈証拠略〉。)、Yの管理下で行われるものではなく、本質的にXらの裁量に委ねられたものである。したがって、雇用契約においては、使用者は労働者の労働時間を管理する義務を有するのが原則であるが、本件における雇用契約では、使用者が労働時間を厳密に管理することは不可能であり、むしろ管理することになじみにくいといえる

(2) ・・・Yの就業規則において、・・・(略)平日においては、みなし労働時間制が採られており、就業時間は7時間(休憩時間は1時間で随時取る。)であるところ(5、6条)、「日常の確認活動については、通常の労働時間労働したものとみなす」(6条3項)とされている。前記(1)のXらの業務執行の態様からすれば、このみなし労働時間制は、その業務執行の態様に本質的に適っているということができる。

(3) 本件は、Xらが休日労働をしたと主張して、その時間外労働に関する手当を請求するものである。一般的に、少なくとも休日労働については、労働者は自己の意思で休日労働をするか否かを決定する裁量が本来なく使用者の休日労働の個別の命令を要すると解される。平日の時間外労働についても、変わるところはないといえるが、(略)包括的・黙示的な同命令があるものと認められ易いというにすぎない。これに対し、休日労働は、前日までの平日の労働と時間的に連続していないため、労働者に犠牲を強いる点も多く、それゆえに時間外手当の割増率も高くなっているもので、本来労働者の裁量では行えず、包括的・黙示的な同命令も容易に認められるものではないといえる。
 これを本件において見るに、本件の業務職員の業務執行の態様は、その労働のほとんど全部が使用者の管理下になく、労働者の裁量の下にその自宅等で行われているため、確認業務の必要上、休日労働を行わざるを得ない場合には、休日労働をした場合には振替えの休日をなるべく取るようにするとの前提の下に少なくともこれまでは、使用者の休日労働の個別の命令を要することなく、当該業務職員の裁量で休日労働を行うことがされてきた(略)このような業務執行の態様の下では、休日労働のあり方も、平日のそれと本質的な差異はないのであるから、休日労働の時間の算定も、平日同様、みなし労働時間制によることが、その業務執行の態様に本質的に適っているということもできる。しかしながら、休日は本来労働することを予定していない日であるため、「所定労働時間」や「通常所定労働時間」(労基法38条の2第1項)といったものが存在しないので、みなすべき労働時間が存在せず、これによることができないというにすぎない。平日の労働にみなし労働時間制が採用されている場合でも、休日労働は実労働時間によらねばならないという格別の要請が労基法上存在するとは解されない。

「Yの業務職員の業務執行の態様は、その労働のほとんど全部が使用者の管理下になく、労働者の裁量の下にその自宅等で行われているのであるから、休日における報告書作成時間等も、使用者において管理しているものではなく、作成に要した実時間を使用者において知ることができるものではない。業務職員もYに報告していないし、また実際にもYが把握してはいない。したがって、一定の算定方法に基づき、概括的に報告書作成時間等を算定することにも合理性が存するといえる。そして、そのような算定方法は、(略)・・司法審査をするに当たっては、社内の取決めを作成する者と同じ立場に立っていずれかが最適かといった見地から審査するのではなく、恣意にわたるような定め方や、時間外手当請求権を実質的に無意味としかねないような裁量権の逸脱が存するか否かの点に限って審査すべきである。」

「Yの算定方法では、平日も含め、かなり実際の労働時間よりも短くなるとXらが感じていることもうかがわれる。しかしながら、Yの算定方法は、基本的に、平日1日当たりの報告書作成時間等と同程度の時間の業務を行ったとの考えに基づくものであり、平日のみなし労働時間制は、・・・Xらの業務執行の態様に合致したもので、十分な合理性を有するということができる。また、このみなし労働時間制という労働条件は、Xらの採用時の交渉により決まったものであり、今になって否定できるものではないし、報告書の中には、相当短時間で仕上げられるものもあることが認められるから、Yの算定方法によることに、全体でならせば、ある程度実際の労働時間よりも短くなるとしても、裁量権の逸脱があるとまではいえないというべきである。

 以上のように、原告らの仕事の本拠は使用者の管理の及ばない自宅であり、会社から送られてくる確認書に基づき業務を行うにしても、確認事項のために具体的な訪問手順等が決まっているわけでもなく、その業務態様は労働者の自由裁量性が高く、従って、本件における雇用契約では、使用者が労働時間を厳密に管理することは不可能であり、むしろ管理することになじみにくいといえるとされています。

上記裁判例は、在宅勤務の例とは違いますが、いわゆるテレワーカー等の情報通信機器を用いて自宅で業務を行う在宅勤務者に対しても、一定の基準を満たすことにより、労働基準法第38条の2の事業場外のみなし労働時間制の適用があるとされていますが、次の通達により、一定の注意事項が示されています。

例えば、労働契約において、午前中の9時から12時までを勤務時間とした上で、労働者が起居寝食等私生活を営む自宅内で仕事を専用とする個室を確保する等、勤務時間帯と日常生活時間帯が混在することのないような措置を講ずる旨の在宅勤務に関する取決めがなされ、当該措置の下で随時使用者の具体的な指示に基づいて業務が行われる場合については、労働時間を算定し難いとは言えず、事業場外労働に関するみなし労働時間制は適用されないものである

 (1)  当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。
 (2)  当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。
 (3)  当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。

(平成16年3月5日付け基発第0305001号「情報通信機器を活用した在宅勤務に関する労働基準法第38条の2の適用について」)

情報通信機器を活用した在宅勤務の適切な導入及び実施のためのガイドラインの策定について

今回で、前回からのコーヒーブレイク「事業場外みなし労働時間制」は、終了します。

 

【参考資料】

阪急トラベルサポート判例資料  弁護士法人栗田勇法律事務所 サイトより

・同阪急トラベル第3事件東京地裁判決 第2事件最高裁判決 裁判所ホームページより

・同阪急トラベル第1第2事件概要 2010年(平成22年)労働判例・命令年間総索引 

・日本インシュアランスサービス事件資判例資料 MEMORANDUMブログサイトより

 

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*1:国内旅行添乗員Xの未払割増賃金請求につき,始業時刻から終業時刻までの間の時間は休憩時間(1時間)を除き,Y社(および派遣先Z社)の指揮命令下に置かれていると評価できる等として,X主張に沿った時間外労働時間等の算定がなされ,割増賃金合計56万余円と同額の付加金が認容された例

*2:登録型派遣添乗員として被告Y社に雇用された原告Xの海外旅行の添乗業務従事につき,みなし労働時間制の適用を認めたうえで,時間外・休日割増賃金合計12万0700円および同額の付加金請求が認容された例の最高裁

*3:裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面

*4:使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については、労働時間の算定が可能であるので、みなし労働時間制の適用はないものであること。
[1] 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合 [2] 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合 [3] 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合