コーヒーブレークQ&A 差額支給行進曲

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前回は、経営者からの相談を想定してのQ&Aでしたが、今回は労働者側からの相談を想定してのQ&Aです。

(Q)

現在の会社に就職し2年が経ち、先日、大学新卒の2等級から3等級に昇級しました。今回の昇級は、人事評価とは関係なく、2年が経過すると誰でも昇級できる制度になっていて、同期3人全員同時昇級ということになります。そこで毎回恒例の昇格祝いが開催されることになったのですが、当社では、昇格をお祝いする側ではなく、お祝いされる側が「皆さんのお陰です会費」を負担する習わしとなっていて、男は1人20,000円、女1人は10,000円と決まっているそうです。 そのため、先日25日の給料日に給与から20,000円天引きされました。当初は習わしだから仕方ないと思っていたのですが、よくよく考えてみるとみんな平等に飲み食いする飲み会で、会社で一番下の立場の人間が会費を負担するという制度に納得がいきません。 どうしたら良いでしょうか?

 

(A)

今回は、労基法の賃金支払いの5原則に関する基本的な問題ですので、簡単に頭を整理する形でまとめました。

【賃金支払いの5原則】とは労働基準法第24条に定められている諸原則のことを言います。

⑴通貨払いの原則

 賃金は通貨で支払わなければならないという原則です。               

(例外)

 ①法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合(現在法令の定めはない)

 ②一定の賃金について確実な支払方法で一定の者による場合

⑵直接払いの原則

 賃金は直接労働者に支払わなければならないという原則のことです。

 委任状を持った代理人であってもダメです。妻子等使者のみOKとされています。

⑶全額払いの原則

 賃金はその全額を支払わなければならないという原則のことです。

(例外)

 ①法令に別段の定めがある場合(給与等の源泉徴収社会保険料の控除など)

 ②労使協定がある場合(上記①以外)

⑷毎月1回以上払いの原則

 賃金は毎月1回以上支払わなければならないという原則のことです。

⑸一定期日払いの原則

 賃金は毎月一定の期日を定めて支払わなければならないという原則のことです。

 

以上が賃金支払い5原則ですが、今回のご相談については、その原則の中の⑶全額払いの原則が関係してきます。結論から述べると、賃金からの控除は上記の通り、法令に別段の定めがある場合か賃金の控除に関する労使協定がある場合に限られます。従って、御社の「皆さんのお陰様です会費」を給与から天引きすることは、例え労働者の同意があっても協定されていない限り原則許されません。そもそも飲み会の会費等は、一般的には、「社内親睦会費」等の名義で、協定により毎月給与天引きにより一定額を積み立てる方式で行われている企業が多いと思います。しかも、サラリーマンの1回の飲み会の費用としては20,000円は少額ではありませんが、昇級による差額給与が振り込まれることも考慮すると給与に占める割合的としてはそれほど大きな金額ともいえないでしょう。社内貸し付けの退職金からの返済等のように多額のお金を労働者本人の意思により相殺するほどの必要性もありません。ですから、本人が同意しているとしても、全額を一旦支払い、その中から本人が支払いをすることにしても企業の事務手続き上も何ら支障もないはずです。

では、どんな場合でも労働基準法の強行的直律的効力から賃金からの控除は、法が認める例外以外には認められないのでしょうか?

参考となる最高裁判決として、【シンガー・ソーイング・メシーン事件=最判昭和48.1.19】があります。

事件の概要は、在職中に競合他社に転職することが被上告会社に判明しており、填補旅費等経費の使用につき不明な点があったことからその損害の填補の趣旨も込めて、退職に当たって使用者に対し、「いかなる請求権も有しない」旨の書面を差し入れた労働者からの退職金請求が、自由な意思による退職金債権の放棄は労基法24条の全額払いの原則に反しないとして棄却された事例です。この裁判では、労働者が敗訴の結果となっているのですが、その中で最高裁は賃金の全額払いの原則の趣旨について次のように述べています。

 本件退職金は、就業規則においてその支給条件があらかじめ明確に規定され、Ý社が当然にその支払い義務を負うものというべきであるから、労働基準法11条の「労働の対償」といしての賃金に該当し、従って、その支払いについては、同法24条1項本文の定める全額払いの原則が適用されるものと解するのが相当である。しかし、右全額払いの原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、本件のように労働者たるⅩが退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払いの原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。もっとも、右全額払いの原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯定するには、それⅩの自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるが、・・・・・

 この、最高裁の判断によれば、労働者の債権である賃金に関しても、労基法24条の全額払いの趣旨に反しない労働者の明確な自由意思に基づく債権放棄であれば認められるということになります。しかし、上述した通り、その自由意思もあくまで労働者本人のためという事情の基になされたものでなければ認められないと考えれば、本当に例外の例外的な取扱いと考えておくべきです。労働者の意思形成過程に何らかの使用者の働きかけが許されるべきではないと思います。

今回の判例を引用した、【商事法務出版 労働判例インデックス】でもその著者である明治大学法科大学院野川 忍教授が、判例解説のなかで次のように述べています。

モデル裁判例である日新製鋼事件(最二小判平2.11.26 労判584-6)の様な

相殺と異なり、労働者には消滅させるべき自己の債務はなく、純粋に債権の消滅だけがじるのであるから、自由意思の認定は、合意相殺の場合に比べても一層厳格になされるべきであろう

話を、相談内容に戻すと、御社の「皆さんのお陰です会費」は、強い立場にある使用者からの働きかけによるものといってよいと思います。制度の詳細は解りかねますが、一般的にうと、更に、昇格祝いともなれば、その会社行事はなかば半強制的で昇格した労働者側に断る自由裁量性はほとんどないと言っても過言ではないかもしれません。もし行事への参加の自由があったとしても、昇格祝いという性質上会費だけは支払いをさせらる可能性が高いのではないでしょうか?

従って、上記判例の様な労働者の自由意思による債権の放棄を例として、労基法24条の全額払いの原則に反することはできません。

支払い済みの会費に関しては、まずは使用者と温和な話合いで解決を図るしかないと思います。

それでも解決しない場合には、行政官庁に相談し、それでも解決しない場合は弁護士等に相談するしかないでしょう。各都道府県の社会保険労務士会の方では、裁判外紛争解決手続制度(ADR)という裁判外で時間と費用をかけずに簡単な和解による解決を図る制度も用意されています。まずはお気軽にご相談ください。

 

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