コーヒーブレークQ&A 出向って不利益?

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今回は、前回の継続雇用制度の続きの予定でしたが、Q&A方式で、「出向・転籍」に関するテーマでコーヒーブレークという感じで、記述してみました。

 

Q.

以前から当社では、当社の転籍・出向規定に基づき、当社従業員に当然の業務命令として、関連会社への転籍出向を行ってきました。当然当社の転籍・出向規定には在籍出向のみならず、関連会社への転籍についての定めはあるのですが、過半数労働組合との労働協約はありません。先日、ある経営者懇談会で労働法の実務家から、転籍出向に関しては、民法625条の定めにより、従業員の個別同意が必要で会社の勝手な業務命令としては発令できないと聞き不安になりました。しかし一方で日本社会の会社では、転籍も在籍出向と区別せずにその多くが使用者側の一方的な業務命令として行われているとも聞きますし、応じない従業員については解雇等労働契約解消の手続きなども行われているようです。
当社の今までの転籍命令はやはり問題なのでしょうか?

 

A.

御社の今までの配転に関する業務命令に関しては、労使慣行についての関係でも考察する必要があると思います。そこでまず、労働契約関係において、労使慣行の成立するための要件について、おさらいしておきたいと思います。

日本大学(定年)事件【2001年7月25日東京地裁決定 平成13年(ヨ)21038 労判818号46頁】で裁判所は、「労使間で慣例として行われている労働条件等に関する取扱いである労使慣行は、それが事実たる慣習として、労働契約の内容となっている場合に限り、就業規則に反するかに問わず、法的拘束力を有する。」としています。その裁判所の考えを前提に労使関係において法的効力を有する労使慣行の成立要件をまとめると次の3つの要件が必要とされています。

①同種の事実あるいは同種の行為が労使間において長期間反復継続している。

②労使双方が、この事実行為(慣行)を明示的に排除・排斥していない。

③当該慣行につき、労働条件について法的権限を有する者又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者の規範意識に支えられている。
以上3要件を具備する場合には、就業規則の定めいかんにかかわらず、その慣行が優先されて法的効力を有するということになります。

 (実務家のための 労働判例用語解説 弁護士 八代徹也〈著〉 経営書院出版)

 

使用者は、労働契約に基づき、労働者の採用、配置、異動(配転)、人事考課、昇進・昇格・降格、求職、解雇などを行う権利を有すると解されており、企業における使用者のこうした権利を一般的に人事権と呼んでいますが、人事権とは、法律で直接定義されている権利ではなく、あくまで労働契約に基づく労働者の地位の変動や処遇に関する使用者の決定権限の実務上の呼び方であり、その権限の行使は、労働契約の内容、具体的には就業規則労働協約、個別の合意で決めた労働契約の内容に従って行われることになります。このように人事権とは、企業組織において労働者の配置、移動などその地位の変動や処遇を決定する使用者の裁量的判断に属する権限を指し、労働契約上も、通常は黙示の合意によって認められるものとされています。
出向も転籍も労働者の移動に関する事柄ですので、企業における人事権の行使の範囲に含まれることになります。そうであるならば、出向も転籍も労働契約上、通常は黙示の合意によって認められるのでしょうか?もし、認められるとするならば、設問の転籍に関して、先述した労使慣行が法的拘束力を有するための3要件を具備しているならば、その労使慣行は労働契約の内容を構成しているということになり、労働契約上の黙示の合意により、使用者の人事権の行使として何ら問題がないということにもなりそうにも思えます。

バンク・オブ・アメリカイリノイ事件(労判685号17頁)において東京地裁は、人事権の行使について、次のように判事しています。

「使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であり、人事権の行使は、これが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用と認められる場合でない限り、違法とはならないものと解すべきである。

但し、配置転換とは違い、労務の提供先が変更となる出向も転籍もそれが人事権の行使として有効とされるためには、労働契約上の明確な根拠が必要となります。
冒頭のご質問にもあるように、民法625条1項は「使用者は労働者の承諾を得なければその権利(労務給付請求権)を第三者に譲り渡ることができない」と規定しているためです。

労働契約法では、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、 当該命令は、無効とする。(労働契約法第14条)」と規定しています。 出向は大企業を中心に広く行われていますが、出向の権利濫用が争われた裁判例もみられ、また、出向は労務の提供先が変わることから労働者への影響も大きいと考えられることから、権利濫用に該当する出向命令による紛争を防止する必要があります。このため、労働契約法において、権利濫用に該当する出向命令の効力について規定したものです。 権利濫用であるか否かを判断するに当たっては、出向を命ずる必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情が考慮される必要があります。 なお、労働契約法におけるこの条文の「出向」とは、いわゆる「在籍型出向」をいうものであり、使用者 (出向元)と出向を命じられた労働者との間の労働契約関係が終了することなく、出向を命じられた労働者が出向先に使用されて労働に従事することをいうものです。 「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において」とは、労働契約を締結することにより直ちに使用者が出向を命ずることができるものではなく、どのような場合に使用者が出向を命ずることができるのか については、個別具体的な事案に応じて判断されるものの意です。

厚生労働省委託 中小企業労働契約改善事業 「中小企業のための就業規則講座 就業規則作成・ 見直しのポイント~不況に負けない『いきいき職場』をつくるために~ 」全国社会保険労務士会 都道府県社会保険労務士会〈編〉より】

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/15.pdf


よく、出向(転籍を含む)に対する、上記民法規定の労働者の承諾は、労働者の個別具体的な合意に限定される必要はなく、事前の包括的合意であっても許されるとの部分的説明から、就業規則に定める「会社は、業務の必要により従業員に社外勤務を命じることができる。従業員は、正当な理由なく命令を拒むことができない。」という一般的出向規定があれば当然に従業員に出向を命じることができると誤解されていることもあるようです。
しかしながら、上記「中小企業のための就業規則講座 就業規則作成・ 見直しのポイント~不況に負けない『いきいき職場』をつくるために~ 」が引用する(平成20年1月23日付基発第123004号)の労働契約法第14条の説明にあるとおり、在籍出向は、出向元会社の従業員である身分を保有しながら、出向先会社で勤務する雇用状態であって、指揮命令権の帰属者を変更することであり、そのことは、本来重要な、しかも多くの場合不利益な労働条件の変更であり(日東タイヤ事件・東京高判昭和47.4.26,最判昭48.10.19労判189号53頁 最高裁は、就業規則中に会社外の業務に従事する時は休職にする旨の休職条項がある事案でも、同条項は出向命令権の根拠にならないと判示 労働者の承諾その他これを法律上正当付ける特段の根拠無くして労働者を第三者のために当該第三者の指揮下において労務に服させることは許されない(日立電子事件・東京地判昭和41.3.31労民集17.2.368)と説明されています。

そして、この法律上正当付ける特段の根拠については、契約法第14条の命令の必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情を考慮して、その権利濫用性が判断されるということになります。その他の事情に関しては、出向対象労働者の出向後の労働条件や生活環境で被ることになる不利益への配慮と考えられますが、具体的事例毎にケースバイケースで個別に判断されるということになると考えておいた方がよいでしょう。繰返しになりますが、「出向命令は、出向命令の法的根拠である出向者の包括的同意の他に、①出向の業務上の必要性 ②出向者の人選の妥当性 ③出向手続きの妥当性3要件が満たされ、出向者に対する権利濫用となるような事情がなければ正当と評価されると解されています。
従って、実務においては、就業規則の出向義務規定に加えて、労働者の不利益を是正するような細則等の存在や就業規則を遵守する旨の誓約書の提出がなされていること等の事情が必要になります。

以上のようなことから、やはり出向については原則個別同意が必要であり、事前の包括的合意においても、将来出向がありえるという曖昧な表現に対する合意ではなく、労働者が十分理解したうえで真意でなしたものである必要があると理解しておくべきでしょう。

興和事件・名古屋地裁判決昭和55年3月26日労判342号61頁】

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従って、出向先や出向期間だけでなく、出向後の労働条件、特に重要な要素である賃金等の労働条件についての配慮等の十分な理解を前提とすべきであり、そのように考えるとやはり紛争防止のためにも誓約書の徴収は必須と考えてよいでしょう。以上のように、出向に関しては、出向義務の根拠が厳格に解釈されている以上、出向についての労使慣行については、例え上記3つの要件、【①同種の事実あるいは同種の行為が労使間において長期間反復継続している。②労使双方が、この事実行為(慣行)を明示的に排除・排斥していない。③当該慣行につき、労働条件について法的権限を有する者又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者の規範意識に支えられている。】を満たしたとしても、そのような労働慣行だけで出向義務は認めることはできないということは理解しやすいと思います。

それに対して、出向ほど労働者に不利益性が少ない配置転換に関しては、多くの裁判例が、慣行による配転義務を認めているとされています。

【Q&A 労働法実務シリーズ4 中町誠・中山慈夫〈編〉 配転・出向・転籍第2版(7頁、86頁~87頁、91頁、97頁、103頁) 弁護士 竹之下義弘〈著〉 中央経済社

 

最後となりましたが、参考までに労使慣行の4つの効力について抜粋します。

⑴ 労働契約を補充する効力
労働契約に定めがない場合にその空白部分を補充します

⑵ 労使慣行に反する使用者の権利行使を「権利の乱用」として無効にする効力
従来不問としてきたような軽微の企業秩序違反に対して、突如として懲戒処分を科することが権利の乱用とされる可能性のこと。そのような慣行に気づいた時は早めに、服務規律通りの処遇扱いとすることを周知した後でなければ権利濫用とされる可能性がある。

⑶ 労使慣行が「集団的労使関係における慣行」である場合には、組合活動上の有利な取扱いや施設使用上の便宜等に関して、それに反する使用者の行為を「不当労働行為」とする可能性を与える効力

労働協約就業規則の不明確・抽象的な規定に明確・具体的な意味を与える効力

 

(LEC東京リーガルマインド 「労働法」第4版)より ※一部参考例を変更してます

 

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*1:実質上同一企業の一事業部門として機能している三社のうちの一社に採用される際、労働者が将来三社間を社内転勤と同じ手続で異動を命ぜられることがあり、その異動は頻繁に行われている旨の説明を受けてそのことを理解していたことから、出向について包括的同意を与えていたと認められた事例。