職務発明 その4 最新改正でリニアは走る?

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前回は、平成16年改正法の補足説明と最新の平成27年改正の経緯を簡単にご説明させて頂きました。

 シリーズ最終回の今回は最新改正の内容の概要について、簡単に説明いたします。

シリーズ記事の中で職務発明に関しては、特許法という法律の中の第35条に規定されているということを述べてきました。

その特許法について、

グローバル競争が激化する中、我が国のイノベーションを促進するためには、研究者の研究開発活動に対するインセンティブの確保と、企業の競争力強化を共に実現するための環境整備が重要であり、このような事情に鑑み、知的財産の適切な保護及び活用を実現するための制度を整備し、我が国のイノベーションを促進することを目的として平成27年7月10日に職務発明制度の見直しを含む特許法等の一部を改正する法律」平成27年法律第55号)が公布、平成28年4月1日に施行されました。 

改正法の内容としては、 

 ① 職務発明制度の見直し

 ② 特許料等の改定

 ③ 特許法条約及び商標法に関するシンガポール条約の実施のための規定の整備

以上の3項目です。

今回のテーマである上記①職務発明制度の見直しについての内容は、次の3項目です。

 ⑴ 職務発明に関する特許を受ける権利を初めから法人帰属とすることを可能とする

 ⑵ 発明者に対して現行法と実質的に同等のインセンティブ付与を法定       ⑶ 法人と発明者の間でのインセンティブ決定手続のガイドライン策定を法定化

昭和34年法を旧法と言っていて、 法第35条が今回の平成27年改正を含め2度改正された主な経緯について前回と前々回の記事でお話ししましたが、どちらの改正も産業界からの「相当の対価」についての労使による自主的決定の尊重による法的予見可能性の担保への強い要望がきっかけとなっています。

特に今回の改正に至る産業界からの要望の中には、特許を受ける権利そのものを従業者帰属から法人帰属へと転換し、インセンティブ施策への法の介入となる相当対価請求権は撤廃すべきだという要望があったとされています。(前回記事、参考を参照)

前回の平成16年改正でも、労働法的プロセス審査の考えを取り入れ、契約、勤務規則その他の定めにおいて、従業者等が支払を受けることができる対価について定めた場合には、原則としてその定めたところに基づき決定される対価を「相当の対価」としながらも、それが「相当の対価」と認められるためには、その対価が決定されて支払われるまでの全過程を総合的に評価して不合理と認められるものであってはならないこととされました。

 そのことについて、平成16年9月、特許庁により作成された「新職務発明制度における手続き事例集」では、

 使用者等と従業者等との間の自主的な取決めを出来る限り尊重し、法が過剰に介入することを防止する観点から、不合理と認められるか否かは、自主的な取決めから対価の支払までの全過程のうち、特に手続的な要素、具体的には使用者等と従業者等との間の協議の状況などを重視して判断することとしています。これにより、使用者等と従業者等による十分な話合いが促されるものと考えられます。この結果、使用者等と従業者等が共に協力しあって研究開発活動を活発化していく環境が整備されることが期待されます。

というように説明しています。

そのことにより、特許庁が行った改正後の企業の取り組み状況に関するアンケート調査によっても、大規模企業を中心としてではありますが、手続き面で改善が進んでいるということを覗い知れる調査結果が出ています。

このように、「相当の対価」についての不合理性の判断について、労使の協議等を重視するプロセス審査の考えを取り入れ、産業界の要望にできるだけこたえられる様に労使の私的自治の尊重を手続き面でとりいれて、調査結果でも一定の紛争防止の効果が期待できる内容の改正と思われていましたが、この平成16年改正でも、完全なる労使による私的自治が実現されたわけでなく、完全なる司法介入の可能性がなくなったわけでもないため、法的予見可能性がいまだ不十分ということによる産業界の前述のような要望へとつながっていたということです。

結果は、上記の通り、使用者側の要望について1勝1敗の改正内容というところでしょうか?

残念ながら(?)、インセンティブ施策への法の介入となる発明者による相当対価請求権は撤廃すべきだという要望については、今回の改正でも実現されませんでした。

発明者と研究開発投資を行う企業の利益を調整することにより、企業の研究開発投資を促し、我国の産業発展に資するという法の趣旨からは、当然かもしれませんね。

しかしながら、もともと「相当の対価」の労使取り決めによる決定を否定していたとされる、旧法の事を思えば、今回の「特許を受ける権利そのものを従業者帰属から法人帰属へと転換」を可能とする改正内容は産業界の要望にとって、大きな1勝と言えるのではないでしょうか?

しかも、後述しますが、いままでの「相当の対価」は「相当の利益」と内容が改められ企業側によるインセンティブ施策の裁量の幅を広げ、法による介入をできるだけ避けようとする改正内容になっていますし、法的予見可能性への担保については、使用者等及び従業者等が行うべき手続の種類と程度を明確にし、不合理性の判断に係る法的予見可能性を高め、もって発明を奨励することを目的として、経済産業大臣により指針が公表されており、おまけ付きの1勝と言えるかもしれません。

そもそも産業界から特許を受ける権利の法人帰属の要望があったのは、そのことにより企業側のインセンティブ施策の自由化を獲得し、法のインセンティブ施策への介入による発明者の対価請求権そのものを撤廃したかったからであるとする立場からは、その撤廃したかった発明者による対価請求権そのものが残っているのでは、権利の使用者帰属が認められても意味がないということになってしまいます。

しかし個人的には、判例の積み重ねによる企業側の改善は進んでいるとの反発も予想されますが、それでも旧法時代の労使関係に戻るだけの危険性*1を完全には否定できない以上、労使による私的自治の拡充だけではなく、手続き重視により一定の限度で司法の介入の可能性を残し発明者側の保護を図ろうとしたことは止むを得ないと思います。

 以上のような私見を述べると、職務上の発明と対価補償を一体として考えているからそのような意見が出るのであり、そもそも日本人労働者は企業に対する忠誠心も厚く、勤勉であるため、手続き改正が進んだ現行企業体制のもとでは、その発明に対するインセンティブ施策を完全に企業側の裁量に委ねても、旧法下でのような問題は起こらないのではないか?しかも組織に所属する労働者が、おうおうにしてリスク回避的であるという考えを前提するならば、職務発明と対価補償を一体として考えるのは、価値の低い発明に対して労働者のモチベーションをより喚起することが困難となるのではないか?その様な価値の低い開発と価値の高い開発の業務命令に対しての公平感はどのように担保するのか?そのような問題を解決するためには人事施策を含め、やはりそのインセンティブ施策を企業側の自由裁量にゆだねるべきである。という声が聞こえてきそうです。(汗)

確かにおっしゃることには一理あると思います。では、今回の改正内容でそのような事の実現はやはり不可能なのでしょうか?

条文の中身を見ていくことにしましょう。

【35条条文抜粋】

(第1項、第2項は、略)

 第3項 従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。

 

第4項 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。 

 

第5項 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める 場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない

 

第6項  経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする

 

第7項 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

 第1項と第2項については、ほとんど変更ありませんので省略させていただきました。

まずは今回新たに追加された、第3項の権利の使用者帰属についての条文ですが、今回の大きな改正の目玉と言ってもよいかもしれません。改正前の35条においても、使用者は、契約・勤務規則その他の定めにおいて発明者から職務発明についての特許を受ける権利を取得する旨の規定をあらかじめ定めることができました。しかしながら、従前の法の内容は特許を受ける権利は発明者にあるとする発明者原始取得の考えを貫いていたため、一旦従業者に特許を受ける権利を帰属させ、それから使用者に譲渡させるという 二段構えの構成をとっていました。

どちらも結局は使用者に特許を受ける権利が帰属することになり、今回改正法第3項を新たに設け、その内容に従った手続きを取れば、その特許を受ける権利を発生した時から当該使用者等に帰属することとしたことによっても、前述した発明者による利益請求権が撤廃されずデフォルトされた状態で、どのような違いが生じるのでしょうか?

その答えは、今回の改正により期待される効果として挙げられている、改正前の2つの課題解決にあるとされています。一つが、現行制度下での共同研究における課題であり、もう一つが現行制度下での職務発明の二重譲渡問題です。

 

 現行制度下での共同研究における課題

・現行制度では、企業が、自社の従業者(共同発明者a)から特許を受ける権利を承継する場合、他社の従業者(共同発明者b)の同意も得る必要があるため、権利の承継に係る手続負担が課題。

・共同研究の途中で、従業者(共同発明者)の人事異動が発生した場合は、再度、同意 を取り直す等、 権利の承継に係る手続がより複雑化。

・共同研究の必要性が高まる中、企業のスピーディーな知財戦略実施の阻害要因の1つとなっている。

→ 特許を受ける権利を初めから使用者等に帰属させることにより、この問題を解決。

 

② 現行制度下での職務発明の二重譲渡問題

・発明者たる従業者が、自分の職務発明を自社に報告せずに、第三者にその特許を受ける権利を譲渡した場合において、当該第三者が使用者より先に特許出願をしたときは、現行制度下では、 第三者が権利者となる(二重譲渡問題)。

→ 特許を受ける権利を初めから使用者等に帰属させることにより、この問題を解決。

上記、①、②の課題は、どちらも現行特許法の33条と34条に基づく問題だったのですが、そのどちらも特許を受ける権利を初めから使用者等に帰属させることにより解決されることが期待されています。

<参考、特許法第33条及び第34条>

 

第三十三条 特許を受ける権利は、移転することができる。
2 特許を受ける権利は、質権の目的とすることができない。
3 特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡することができない。
4 特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その特許を受ける権利に基づいて取得すべき特許権について、仮専用実施権を設定し、又は他人に仮通常実施権を許諾することができない。

第三十四条 特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗することができない。

ー第2項以下略ー

以上のように、新たな第35条第3項にもとづく帰属の意思表示のある職務発明規程等がある場合は、①特許を受ける権利は、発生したとき(発明が生まれたとき)から使用者等に帰属し、②従業者等は、相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利を有することになり、③ガイドライン(指針)に従って、相当の金銭その他の経済上の利益の内容を決定することになりますが、職務発明規程等がない場合は、従前通り特許を受ける権利は、発生したとき(発明が生まれたとき)から従業者等に帰属することになります。 

尚、特許庁が作成した「平成27年特許法等改正説明会テキスト」には、 権利の取得等に係る規程の例 が下記の通り掲載されていますので、参考にしてください。

 <第35条新3項が適用される規程例>

職務発明については、その発明が完成した時に、会社が発明者から特許を受ける権利を取得する。(ただし、会社がその権利を取得する必要がないと認めたときは、この限りでない。)

 <第35条新3項が適用されない規程例>

1 発明者は、職務発明を行ったときは、会社に速やかに届け出るものとする。

2 会社が前項の職務発明に係る権利を取得する旨を発明者に通知した時に、会社は当該職務発明に係る権利を取得する。

 第35条3項が適用されない規定例は、「あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたとき」には該当しないということです。

特許庁は、「改正特許法第35条第3項の適用について 」という文書の中で

同項の「契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたとき」とは、特許を受ける権利の発生前すなわち職務発明の完成前に、使用者等が特許を受ける権利を取得する旨を契約、勤務規則その他の定めに規定したときを意味する

また、同項の「契約、勤務規則その他の定め」とは、必ずしも明文の書面である必要は無いと考えられていますが、後々の紛争防止の観点からできるだけ書面により明確化しておくことが望ましい

としています。指針では、就業規則労働協約により労働基準法第90条や労働組合法第14条の要件を満たしていたとしても、そのことのみを持って不合理性が否定されるわけではないと説明されており、その意味では平成16年法と変わることはありませんが、

もっとも、労働協約は、労使により対等な立場で締結されることを前提としていることから、労働協約の締結に至るまでの過程においては、使用者等と従業者等との立場の相違に起因する格差が相当程度是正された状況において、使用者等と労働組合の代表者との間で話合いが行われることが多いと考えられる。このような場合には、労働組合の代表者に話合いをすることを委ねている従業者等と使用者等との関係においては、協議の状況としては不合理性を否定する方向に働く。

ということなので、書面に定める場合は、できるだけ就業規則労働協約の両方に定めをしておくことをお勧めしたいと思います。

次に第35条4項についてですが、従来の「相当の対価」が「相当の金銭その他の経済上の利益」(以降、略して相当の利益という)に改められました。

 従来は、対価という言葉を用いていたわけですから、発明者が請求できるのは金銭補償ということになります。それが今回の改正では、金銭だけでなくその他の経済上の利益も認められることになったということになります。使用者側から考えれば、金銭以外のインセンティブ施策が認められたということになります。

それでは、その相当の利益は、その決定に際し、企業側の自由裁量がどのくらい制限されているのでしょうか?

 まずは、第35条第4項の条文による制限が考えられます。。

今回の改正で、特許庁が公表した特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」以降、指針という)によれば、

従来と違い第35条第3項により、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたことにより、その特許を受ける権利が、その発生した時から当該使用者等に帰属することとなりますが、

職務発明に係る権利が使用者等に帰属した時点で相当の利益請求権が当該職務発明をした従業者等に発生することになる

ことは改正前となんら変わらないということになります。前述したように、特許法第33条第3項および、第34条第1項に基づく2つの課題、「共同研究による課題」「二重譲渡」の課題解決への期待という意味では企業側にとってのメリットですが、インセンティブ施策に対する企業の自由裁量という意味では、従来通りの制限となりえます。

第35条第3項にもとづく帰属の意思表示のある職務発明規程等がある場合の効果としては、①特許を受ける権利は、発生したとき(発明が生まれたとき)から使用者等に帰属し、②従業者等は、相当の金銭その他の経済上の利益を受ける権利を有することになるとともに、最後の3番目の効果として、ガイドライン(指針)に従って、相当の金銭その他の経済上の利益の内容を決定することになります

そして、改正前と変わらない内容として、第35条第5項により、相当の利益の内容を決定するための基準を策定する際の考慮すべき状況等に関する事項として、基準が策定され実際に支払われるまでのすべての過程が不合理性判断の総合判断対象となります。

従って、指針の定めいかんによっては、企業側のインセンティブ施策の自由裁量度が違ってくることになるわけです。

指針には、基準は必ず作成しなければならないわけではないとされていますが、内容検討の便宜上、基準を作成するものと仮定しての話とさせていただきます。

以降は、指針の中の「相当の利益」の決定方法につての説明の要約内容です。 

<相当の利益の内容の決定方法>

・基準には、ある特定の具体的内容が定められている必要があるわけではない

・相当の利益の内容が売上高等の実績に応じた方式で決定されなければ、不合理性の判断において不合理と認められるというわけではない。

・基準に上限額が定められていることのみをもって、不合理性の判断において、直ちに不合理性を肯定する方向に働くことはない。

・使用者等と従業者等との間で個別の合意をし、かつ、その合意が民法(明治二十九年法律第八十九号)その他の法令の規定により無効とされない限り、基準と異なる方法で相当の利益の内容を使用者等と当該従業者等との間で個別に決定することもできる。この場合においても、不合理性の判断は、あくまで協議の状況開示の状況意見の聴取の状況等考慮して行われる

 なるほど、説明内容だけを読むと基準の決定方法について、なんだか企業側の自由裁量性が広がっているような印象を受けるのですが、平成16年改正とどう違っているのかという意味では、特許庁が平成16年9月に作成した「新職務発明制度における手続事例集 」の次の説明を読む限りほとんど変わっていないと思います。

問2.新しい職務発明制度の基本的な考え方は何ですか。

職務発明の対価については、使用者等にとっての予測可能性を高めるとともに、発明評価に対する従業者等にとっての納得感を高めることで研究開発意欲を喚起する必要があります。またこの対価には、使用者等の経営環境や研究開発戦略等、業種や使用者等によって異なる諸事情に加え、研究開発の内容・環境の充実度や自由度、処遇を含めた評価など、それぞれの従業者等が置かれた状況を柔軟に反映することが許容されるべきだと考えます。このため、対価の決定は原則として両当事者間の「自主的な取決め」にゆだねることが適切であると考えます。すなわち、契約、勤務規則その他の定めにおいて職務発明に係る権利の承継等の対価について定めている場合には、その定めたところによる対価を「相当の対価」とすることを原則とします

 ということは、同条第4項関係での大きな改正内容はやはり、金銭以外のインセンティブ施策(経済上の利益)にあることになります。

新たな指針ではその金銭以外の経済上の利益について、次のように説明しています。

一 金銭以外の「相当の利益」を与える場合の手続について ー

1 職務発明をした従業者等に与えられる相当の利益には、留学の機会やストックオプション等、金銭以外の経済上の利益も含まれるこの経済上の利益については、経済的価値を有すると評価できるものである必要があり、経済的価値を有すると評価できないもの(例えば、表彰状等のように相手方の名誉を表するだけのもの)は含まれない。なお、相当の利益の付与については、従業者等が職務発明をしたことを理由としていることが必要である。したがって、従業者等が職務発明をしたことと関係なく従業者等に与えられた金銭以外の経済上の利益をもって、相当の利益の付与とすることはできない

2 契約、勤務規則その他の定めにより相当の利益を従業者等に与える際、使用者等は、金銭以外の相当の利益を従業者等に与える場合には、金銭以外の相当の利益として具体的に何が従業者等に与えられることとなるのか、従業者等に理解される程度に示す必要がある。すなわち、使用者等は、協議、開示、意見の聴取といった手続を行うに当たっては、金銭以外の相当の利益として与えられるものを従業者等に理解される程度に具体的に示した上で、当該手続を行う必要がある

3 金銭以外の相当の利益の付与としては、例えば、以下に掲げるものが考えられる。
(一)使用者等負担による留学の機会の付与
(二)ストックオプションの付与
(三)金銭的処遇の向上を伴う昇進又は昇格
(四)法令及び就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与
(五)職務発明に係る特許権についての専用実施権の設定又は通常実施権の許諾

上記説明内容3の金銭以外の経済上の利益の例示ついては、あくまで例示ですが、意味合い的には、アンダーラインに示されている通り、個人に与えられる経済上の利益ということだと思います。従って、従業員のための研究設備等の充実等は、含まれないでしょう。但し、発明者側が要望して労使で合意している場合は、もともと争いになることはないでしょうから、その発明者個人との関係では問題となることはないと思いますが、そのことを前例としてすべての発明者に同施策を講じることはできないということと理解してよいと思います。そのように考えると、やはり、従前から裁量幅は増えたとはいえ、「発明と経済的利益が対価関係に近い関係」と表現してもよいかもしれませんね。

 

企業側の立場で考えると、アメリカのように職務価値により給与を相違させる職務給制度等の導入等の人事施策を講じたくても、発明を理由とする昇進昇格ではないため認められないということになり、そういった意味では、いまだに制限要因と言えるのかもしれません。しかし一方で、人事施策等を講じることにより、職務発明についてのインセンティブ施策を考える場合は、様々な解決すべき課題があるのも事実だと思います。

例えば、上述した職務給制度を導入するとして、発明価値や難易度の高低の違いからくる公平性をどのように担保するのかという問題や研究開発職とそれ以外の職務の従業員とのインセンティブに対する不公平感に対してどのように納得性を高めていくのか、他の従業員にも研究開発職の従業員のインセンティブと同様の業務に対するインセンティブ施策を創設するのかといったような問題も課題のうちに入るのではないでしょうか?

そういった意味では発明と対価補償的な関係の方が解りやすい構図なのかもしれませんよね。

 

因みに、発明の国アメリカはどうなのでしょうか?

個人的には、個人の権利が尊重されている国で発明が活発であり、しかも訴訟大国というイメージも手伝って、発明者は莫大な資産形成をしているイメージがありました。

しかしながら、職務発明における特許を受ける権利の帰属・承継 については、従業者に帰属し、契約により使用者に承継となり、対価・補償等に関する法律上の規定の有無については、規定なしということだそうです。

 

(参考論文)職務発明をめぐる利益調整にお ける法の役割 ~アメリカ法の考察とプロセス審査への示唆~  坂井 岳夫 (同志社大学大学院准教授)

(前略)発明の譲渡に対する対価・代償の相当性に関しては, 裁判所は不介入の姿勢を示している。 アメリカにおいては対価・代償の相当性が約因*2の存否の問題として争われるところ, この点が争点となっている事案に目を向けてみると, 裁判所は, 雇用の継続, あるいは昇給・昇進といった事柄を認定するのみで約因の存在を肯定している。 すなわち, わが国において発明の経済的価値や従業者の貢献度との比較から対価の相当性が議論さ れているのとは異なり, アメリカにおいては, 約因の相当性は原則として問題とされないのである。
(中略)
アメリカの人事制度に関する研究, あるいは企業や研究機関に対する調査研究においては, 次のような指摘がなされている。 第一に, 賃金につき職務給が主流のアメリカにおいては, 担当職務の難易度や責任の重さに応じた賃金決定がなされているとされる。 第二に, 後述のように雇用の流動性が高いアメリカでは, 各職務の賃金決定において外部労働市場の賃金水準にも強い関心が払われているとされる。 第三に, アメリカでは, 組織内における処遇についても, 評価に納得が得られたうえで報酬に格差をつけるような仕組みが採られていると考察されている。 ここに挙げた指摘・考察を前提とすれば, アメリカにおける賃金・処遇の取扱いは, 賃金を職務に基づいて決定することで客観性が担保され, 外部労働市場における賃金水準を企業内部での賃金決定に採り入れることで対外的な公平性が担保され, 人事評価の納得度を高めることで対内的な公平性が担保されるものであるとの整理が可能であろう。

(中略)

これらの事情は, 職務発明の譲渡契約につき, 従業者は, 現に雇用契約関係にある特定の使用者のみならず, 外部労働市場に参入している潜在的な使用者とも, 取引の現実的可能性を有していることを示している。 そして, このような代替的取引機会の存在は, 使用者の機会主義的行動に直面した従業者に対し, 当該契約関係を離れ, 外部労働市場における潜在的な使用者たちと交渉を行う可能性を保障するものと評価することが可能である。 アメリカの職務発明制度は, このような方法によって従業者に実質的な交渉機会を保障するものであり, 究極的には, この点に契約による利益調整の正当性の根拠が求められるのである。

 ということで、アメリカと違い、雇用機会の流動性の低い日本においては、使用者の機会主義的行動に対して雇用の代替的取引機会の存在を担保に、対等な交渉力を持つことは容易でないということです。そこで、この労使の情報力格差、交渉力格差から発明者を保護することにより、産業の発展に寄与するという法の趣旨に沿った内容とするため、一定限度の司法の介入を可能とする制度にする必要があるということになるのでしょう。そういった意味では平成16年改正と同趣旨を堅持した内容となっており、大きな変更はありません。

条文でいえば、第35条第5項と同条第7項との関係ということになります。

条文内容は、上述を参照していただくとして、指針については、両者の関係について次のように説明しています。

 

第二 適正な手続

一 総論
1 法第35条第5項から第7項までの具体的な意味
(一)法第35条第5項は、同条第4項に規定する相当の金銭その他の経済上の利益(以下「相当の利益」という。)を契約、勤務規則その他の定めにおいて定めることができること及びその要件について明らかにしたものであって、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであってはならないとしている。一方、同条第7項は、契約、勤務規則その他の定めにおいて職務発明(同条第1項に規定する職務発明をいう。以下同じ。)に係る相当の利益について定めていない場合、又は定めているがその定めたところにより相当の利益を与えることが同条第5項の規定により不合理であると認められる場合に適用される
したがって、同条第5項に規定する要件を満たす場合には、同条第7項は適用されない。また、契約、勤務規則その他の定めにおいて職務発明に係る相当の利益について定めていない場合、又は同条第5項に基づき、契約、勤務規則その他の定めにおいて定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められる場合には、同条第7項の規定により定められる内容が相当の利益となる

つまり、平成16年改正法の第35条第4項と同条第5項の関係と同様の内容ですから、企業側の改正要望のきっかけとなった司法介入の可能性が皆無になったわけではありません。従って、特許庁自らが「法的な拘束力は無いことに留意願います」としていた「手続き事例集」同様、指針の内容次第では、いまだ法的予見可能性が不十分として企業側のインセンティブ施策の自由裁量性の制限要因となりえることになります。従ってここから、第35条第6項の指針の話となるわけです。

極論すれば、判例の蓄積による司法判断如何ということになるのかもしれませんが、従来の手続き事例集があくまで「参考となる手続きの事例集」であったのに対して、今回の指針は、法人と発明者の間でのインセンティブ決定手続のガイドライン策定を法定化したという違いがあります。

しかも、そのガイドライン自体がその策定目的を不合理性判断に係る法的予見可能性を高め、発明を奨励することとしていますので、審議会自体が幅広い産学有識者を委員として構成され、その意見を聴いて専門的な知見を踏まえた内容としたのが今回の指針であるということも考え合わせると、ガイドラインに従った手続きを履践することによる司法介入の回避可能性という意味での法的予見可能性の担保機能は一応高まったと言ってもいいかもしれません。

第一 本指針策定の目的

1.本指針は、特許法(以下「法」という。)第35条第5項の規定により不合理であると認められるか否かの判断(以下「不合理性の判断」という。)においては、同項に例示する手続の状況が適正か否かがまず検討され、それらの手続が適正であると認められる限りは、使用者等(同条第一項に規定する使用者等をいう。以下同じ。)と従業者等(同項に規定する従業者等をいう。以下同じ。)があらかじめ定めた契約、勤務規則その他の定めが尊重されるという原則に鑑み適正な手続の具体的内容を明らかにすることにより、使用者等及び従業者等が行うべき手続の種類と程度を明確にし、不合理性の判断に係る法的予見可能性を高め、もって発明を奨励することを目的とする。

2.本指針は、幅広く有識者の意見を聴いて専門的な知見を踏まえた内容とすることで、不合理性の判断に係る法的予見可能性を高めるとともに、研究活動に対するインセンティブについて創意工夫が発揮されるよう当事者の自主性を尊重する観点から、産業構造審議会の意見を聴いて定められたものである
本指針の内容が使用者等及び従業者等をはじめとする関係者間において最大限尊重されることが望まれるとともに、これにより発明が奨励され、我が国のイノベーションが促進されることが期待される。

 指針についても、法の趣旨や目的に沿ったものとなるように、その運用や解釈の基準を示したものと解釈すると、指針に従って運用していれば、リスクは避けられるということなります。そういう意味では法的予見可能性は高まったと言えても、運用の拡大解釈をさせないためにリスク回避型の基準を示したものという意味では、企業側のインセンティブ施策の自由裁量の獲得という側面においてなお制限要因であると言えなくもありません。

しかし、指針の作成目的は法的予見可能性を高め法の趣旨である発明を奨励し産業の発展に寄与することになるのですから、そのリスク回避機能により使用者側から発明者側への手続き関与の積極的働きかけが促されることにより、労使が納得性の高い基準作成に寄与する機能が高まることは結果的にはよいことだと思います

前回の平成16年改正の記事の中では内容まで触れなかった野村證券職務発明対価請求控訴事件*3では、控訴人に特許を受ける権利を承継させたことによる相当対価は,認められないとしながら、適正手続きのための基本的要素を欠いていることを理由に被控訴人発明規程に従って発明の対価を算定することは,不合理と認められるとされた事案です。

従って、勝訴したものの会社側は、会社職務発明規定について適正手続きをきちんと履践しなければ、今後も規定に基づき対価を支払うことについては不合理と判断されるという結果になってしまいました。

控訴人は,特許法35条4項に定める「協議の状況」「基準の開示の状況」「意見の聴取の状況」は,不合理性を判断するための必須の要素ではない,その他の要素も上記3要素と同等の重みがある考慮要素である旨を主張する。確かに,上記「協議の状況」「基準の開示の状況」「意見の聴取の状況」は,不合理性の認定のための考慮要素にすぎず,「協議」「基準の開示」「意見の聴取」が合理性の認定のための要件となるものではないから,「協議」「基準の開示」「意見の聴取」の存否それ自体を問題とすべきものではない。その限度においては,被控訴人の上記主張は正当である。 しかしながら,「協議」「基準の開示」「意見の聴取」は,一般的に,適正な手続のための基本的要素であるところ,控訴人発明規程は,そのいずれについても不十分であると認められ,また,その余の手続面について考慮すべき事情は,本件証拠上,何らうかがうことができないそうであればその他の要素を考慮するまでもなく控訴人発明規程に従って本件発明の対価を算定することは,不合理と認められる
控訴人の上記主張は,採用することができない。

(3) 小括

以上のとおりであり,被控訴人発明規程に従って本件発明の対価を算定することは,不合理である。

3争点(2)イ(独占的利益の有無)について

上記1のとおり,被控訴人発明規程に従って本件発明の対価を算定することは不合理であると認められるので,次に,特許法35条5項に基づき,相当対価の算定をする・・・・(後略)

上記判決は、適正手続きのための基本的要素である「協議」「基準の開示」「意見の聴取」がいずれも不十分であるため、その他の要素を考慮することなく控訴人発明規程に従って本件発明の対価を算定することは不合理と認められると結論付けています。

上記判決内容を素直に読むと、適正な手続のための基本的要素について被控訴人発明規程は,そのいずれについても不十分であると認められ,また,その余の手続面について考慮すべき事情は,本件証拠上,何らうかがうことができないために、その他の要素を考慮するまでのなく、被控訴人発明規程に基づき相当の対価を算定することは不合理であるという結論ですから、手続きの履践状況がその他の要素も考慮してある程度担保されていれば不合理ではないというように理解できなくもありません。

では、どの程度、基本要素となる適正手続きが行われていればよいのかという疑問がわいてきますが、残念ながら、その程度にまでは判決内容として触れられていませんので覗い知ることはできないということになります。

従って、会社側としては、今後の対策としては、やはり今回の指針に従った手続きをこまめに履践しておくほかないでしょう。

因みに、本件事件東京地裁の一審判決では、基本要素となる適正手続きの代替事情については、特段の事情を要求しており、そのことについて次のように述べています。

(2) (前略)特許法35条4項によれば,使用者等は,勤務規則等において従業者等から職務発明に係る特許を受ける権利等の承継を受けた場合の対価につき定めることができ,その定めが不合理でないときは使用者等が定めた対価の支払をもって足りるところ,不合理であるか否かは,① 対価決定のための基準の策定に際しての従業者等との協議の状況,② 基準の開示の状況,③ 対価の額の算定についての従業者等からの意見聴取の状況,④ その他の事情考慮して判断すべきものとされている。そうすると,考慮要素として例示された上記①~③の手続を欠くときは,これら手続に代わるような従業者等の利益保護のための手段を確保していることその定めにより算定される対価の額が手続的不備を補って余りある金額になることなど特段の事情がない限り,勤務規則等の定めにより対価を支払うことは合理性を欠くと判断すべきものと解される

手続不備を補う高額の対価を支払っていれば、例示された要素の手続きを欠いていても合理的と判断される可能性があるということであり、大変興味深い内容の判断となっています。

それに対して、控訴審判決は、手続き重視の考えにつて、平成16年改正法の趣旨との関係では、次のように述べています。

(前略)まず,平成16年法律第79号による特許法35条の改正の趣旨は,同改正前の旧35条4項に基づく相当対価の算定が,個別の使用者等と従業者等間の事情が反映されにくい相当対価の額の予測可能性が低い従業者等が職務発明規程の策定や相当対価の算定に関与できていないとの問題があるという認識を前提に,相当対価の算定に当たっては,支払に至る手続面を重視し,そこに問題がない限りは,使用者等と従業者等であらかじめ定めた自主的な取決めを尊重すべきであるというところにある。そこで,検討するに,上記イからエまでの認定によれば,被控訴人発明規程は,控訴人を含む被控訴人の従業者らの意見が反映されて策定された形跡はなく,対価の額等について具体的な定めがある被控訴人発明規程2に至っては,控訴人を含む従業者らは事前にこれを知らず,相当対価の算定に当たって,控訴人の意見を斟酌する機会もなかったといえる。そうであれば,被控訴人発明規程に従って本件発明の承継の対価を算定することは,何ら自らの実質的関与のないままに相当対価の算定がされることに帰するのであるから,特許法35条4項の趣旨を大きく逸脱するものである。そうすると,算定の結果の当否を問うまでもなく,被控訴人発明規程 に基づいて本件発明に対して相当対価を支払わないとしたことは,不合理であると認められる。

発明者が何ら自ら実質的関与のないまま相当対価の算定がされることに帰するのは、改正法第35条4項の趣旨を大きく逸脱することになり、算定の結果の当否を問うまでもなく、被控訴人規定に基づき相当対価を支払わないとしたことは不合理であるとしています。この控訴審判決では、被控訴人から控訴人に支払われていた高額の年収については、発明の対価として支払われている金銭ではないとして、考慮要素として否定されていますが、仮に発明の対価として支払われた考慮要素であったとしても、「その当否を問うまでもなく」という言葉通り、不合理と判断されていたということになります。

個人的には、控訴審の立場に賛成です。

そして、その判例法理を意識したかどうかはさておき、今回の改正指針では、この基本的要素について、例示ではあるが、不合理性の判断においてまず検討されることを原則とする要素と説明しています。

第二 適正な手続

一 総論
1法第35条第5項から第7項までの具体的な意味

(一)略

(二)法第35条第5項にいう「その定めたところにより相当の利益を与えること」とは、契約、勤務規則その他の定めにより与えられる利益の内容が、職務発明に係る経済上の利益として決定され、与えられるまでの全過程を意味する。(中略)
全過程における諸事情や諸要素は、全て考慮の対象となるが、その中でも特に同項に例示される手続の状況が適正か否かがまず検討されることが原則である。なお、その定めたところにより相当の利益を与えることについての不合理性の判断は、個々の職務発明ごとに行われる。

最後になりましたが、労働法にも関連するもう一つの職務発明の問題があります。

会社側が、職務発明を特許として公表すると、より優れた代替技術により他社に優位されることを避けるために、発明の内容を営業秘密として従業員に守秘義務を課す場合の問題です。その場合は、相当の利益請求権はどうなるのでしょうか?

上記控訴審判例では、そのことについて次のように述べています。 

 (2) 独占的利益の有無について

使用者等は,職務発明について無償の法定通常実施権を有するから(特許法35 条1項)相当対価の算定の基礎となる使用者等が受けるべき利益の額は,特許権を受ける権利を承継したことにより,他者を排除し,使用者等のみが当該特許権に係る発明を実施できるという利益,すなわち,独占的利益の額であるこの独占的利益は,法律上のものに限らず,事実上のものも含まれるから,発明が特許権として成立しておらず,営業秘密又はノウハウとして保持されている場合であっても,生じ得る。

 参考までですが、今回のテーマで私が何度か引用させていただいた独立行政法人労働政策研究・究研修機構のデータについて、同判例

 

  なお,独立行政法人労働政策研究・研修機構の平成18年7月7日付け調査(乙7)によれば,アンケート回答企業のうち,自社実施又は他社への実施許諾等があった場合に,いわゆる実績補償を行う企業は76.8%であるとした結果が報告されているが,どのような要件の下において実績補償を支払うとしているのかなど,それら企業の発明規程の内容は不明であり,本件においては,上記調査結果を,直ちに考慮要素とすることはできない。 

 以上の様に述べられておりますので、参考にする際には、データ算出の要件等、充分にご留意ください。
 

以上述べてきた通り、今回の職務発明の改正では、第35条第3項の要件を満たした場合には、発明の当初から特許を受ける権利が使用者に帰属しますが、一方で帰属と同時に労働者側に相当の利益請求権が発生するため、企業のインセンティブ施策の自由裁量に対する制限要因はなお存続しているといえ、司法の介入による労働者の対価請求権そのものを撤廃するという目的は完全には果たせなかったということになります。しかしながら、指針を作成公表することを法律に明記することにより、一定の法的予見可能性の向上という目的はある程度達成できたと評価してよいかもしれません。

何よりも、指針が使用者側に与えるリスク回避的機能により、基準作成手続に対する発明者側への積極的働きかけを促す効果が紛争防止に果たす役割は、法の趣旨の達成にとって重要な存在となると言っても過言ではないと思います。

ただ、本来、企業側の自由裁量に委ねられるべき金銭以外のインセンティブ施策について、事後的に司法が介入し、諸要素を考慮したうえでイノベーション促進に資する利益の内容を客観的に決定することは困難であるという指摘もあり、その立場でいえば、新しい第7項に基づく「相当の利益」は結局のところ金銭の具体的額として決定されることになるといえるかもしれません。

その様なことになれば、指針で例示された金銭以外の相当の利益のインセンティブ施策を講じていたとしても、高額の請求認容の可能性が残っていることになりますので、あとは、司法介入を極力避けるという意味でも、企業側にはぜひ今回の指針を順守した手続き履践を心掛けていただき、我国の産業における研究開発活動が活発になることを一国民として願いたいと思います。

参考までに、出典を特許行政年次報告書2014年版 としてまとめられた「主要国の特許出願件数と審査官数の推移」データによれば、

中国における特許出願件数は、2010年には我が国を追い抜き、2011年には米国の出願件数を超え、2013年には、82.5万件に達している。

我が国は任期付特許審査官の確保により特許審査体制を強化。しかしながら、審査官数としては米欧中の半分未満であり、今後は任期付特許審査官の任期が順次満了する予定。

ということです。

フーバーレポートという私の定期購聴している、レポートの中でフーバー研究所の西教授がおっしゃっていたように、我国の技術が、他国で先に採用されている状況を一刻も早く改善されることを望んでやみません。日本において中国で走っているリニアモーターカーよりも、安全性が高く高性能のリニアが走る姿を早く見たいものです。

今回のテーマは以上で最終回となります。

今回は長々とした説明になってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回テーマについては今のところ未定ですが、ご了承ください。

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 本記事を掲載した翌日に、誤字脱字および補足説明の必要性有と判断したため、若干の変更を加えています。

 

*1:勤務規則等に定められた額が支払われていたとしても、これによる対価の額が「相当の対価」に満たない場合には不足分の支払いを請求できることを最高裁が認める以前の実務の世界では、使用者が一方的に定めた勤務規則による相当の対価を従業員側に支払うだけで済ませてしまうということが、当然のように行われていて、従業員側から不満が多発するとか、勢い訴訟までに発展するということは殆どなかったと言われています。

*2:アメリカ法においては, 当事者間に生じた約束を法的拘束力のある契約に高めるための要件とし て, 約因の存在が求められている。 ここで, 約因 (consideration) とは, 約束と交換的に取引さ れる履行または反対約束を指す。 出典 同論文

*3:http://tokkyo.hanrei.jp/hanrei/pt/11202.html