精神障害の労災認定について その2

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前回までは、2018年1月15日付の朝日新聞朝刊に掲載されていた、大手企業に勤務していた33歳の男性の自殺が労災認定されなかった事件に関連して使用者の退職勧奨の権利と精神障害の労災認定についての内容説明の前段階の話を2回にわたってお届けしました。

 

簡単に精神障害という疾病の考え方というのをおさらいしておきましょう。

 精神障害についても労災認定、つまり業務災害と認められるためには、業務起因性が必要なのですが、当該疾病の性質上、この業務起因性の判断が非常に難しいとされているということを前回までにお話ししました。

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対象疾病の発病に至る原因の考え方については、「ストレ ス-脆弱性理論」に依拠しているとされているからです。

 環境由来の心理的負荷(ストレス)と、 個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方のようです。

精神的強弱の個人差については、皆さん職場等で

 「あいつは打たれ強いから平気な顔をしているし、反省しているかわからない」

とか、逆に

 「あいつは直ぐ落ち込む(傷つきやすい、或いは直ぐキレる)から、注意が必要だ」というようなことを言ったり、聞いたりした経験がないでしょうか?

外的負荷要因(ストレス)の大小については、

 「あいつが塞ぎ込むくらい落ち込むなんて、よっぽど酷い失敗をしたんだな」

とかです。

環境由来の心理的負荷(ストレス)に対する個人の精神的強弱の個人差によって破たんが生じるかどうかの違いがあるし、それだけではなく、逆に環境由来の心理的負荷(ストレス)の程度によっては、精神的強弱のいずれの者に破たんが生じるかわからないという関係のことを言っていると簡単に理解してよいと思います。

ということなので、

前述の業務起因性の評価に関しては、精神障害を発病した労働者がその出来事及 び出来事後の状況が持続する程度を主観的にどう受け止めたかで判断するわけにはいかない ということになるのです。

そこで厚生労働省は、平成11年9月14日に心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」において、心理的負荷を客観的に評価する手法を公表し、その指針に基づいて、業務上の判断を行っていました。(新たな認定基準の作成に伴い廃止。)

現在の心理的負荷による精神障害の労災請求事案の業務上外の判断については、

心理的負荷による精神障害の認定基準」(H23.12.26 基発1226 第 1 号 )

により行われていますが、その基準の中では、

 強い心理的負荷とは、(中略)同種 の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から評価されるものであり、 「同種の労働者」とは職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似す る者をいう。  

とされています。

 さて、ところどころ話を事件に戻しながら、この認定基準の内容を説明していくこととします。事件についてショッキングだったことは、心の病が原因で労働者が自らの命を絶ったことですが、認定基準では、この心の病に基づく自殺については、

業務により対象疾病(ICD-10のF0からF4)に分類される精神障害を発病したと 認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選 択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著 しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める

となっています。ということは、事件の被害者である男性も、業務により対象疾病(ICD-10のF0からF4)に分類される精神障害を発病したという認定基準の要件を満たすことができれば業務起因性が認められ、労災認定されたということになります。

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では、どういう基準を満たせば精神障害が労災認定されるのかについて、話が前後してしまいましたが、早速認定基準の中身に入っていきましょう。

まずは、認定要件 についてですが、

業務上の疾病と認定される(労働基準法施行規則別 表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う)ためには、次のすべての要件も満たす対象疾病である必要があります。 

 .対象疾病を発病していること。

.対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認 められること。

3. 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。 また、要件を満たす対象疾病に併発した疾病については、対象疾病に付随する疾病として認められるか否かを個別に判断し、これが認められる場合には当該対 象疾病と一体のものとして、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する 業務上の疾病として取り扱う。

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ここで、上述の精神障害の発病に至る原因の考え方についての「ストレ ス-脆弱性理論」が関係してくることになります。

どういうことかというと

労働者災害補償保険法の性質上、客観的な判断がなされる必要があることから

心理的負荷による精神障害の業務起因性を判断する要件としては、

対象疾病の発病の有無発病の時期及び疾患名について明確な医学的判断があること

に加え、当該対象疾病の発病の前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められることを求めているということです。

 

要件の1番目の対象疾病というのは、

国際疾病分類 第10回修正版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神および行動の障 害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するもの を除く。 対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてI CD-10のF2からF4に分類される精神障害である。 なお、器質性の精神障害及び有害物質に起因する精神障害(ICD-10のF 0及びF1に分類されるもの)については、頭部外傷、脳血管障害、中枢神経変性疾患等の器質性脳疾患に付随する疾病や化学物質による疾病等として認めら れるか否かを個別に判断する。 また、いわゆる心身症は、本認定基準における精神障害には含まれない。

本当は、上記の難解な引用は避けようかと思いましたが、赤ゴシック体器質性の精神障害という項目が除かれることとされていることになっていたため引用しました。

コトバンクによれば、

器質性とは、症状や疾患が臓器・組織の形態的異常にもとづいて生じている状態とされ器質性精神障害とは、症状や疾患が臓器・組織の形態的異常にもとづいて生じている状態。脳そのものの器質的病変により、または脳以外の身体疾患のために、脳が二次的に障害を受けて何らかの精神障害を起こすことがあり、それを器質性精神障害という。身体疾患に基づく精神障害を症状性精神障害として分けることもある。器質性精神障害の症状の現れ方として主な症状は、認知症(にんちしょう)意識障害で、(中略) 意識障害とは、昏睡(こんすい)と呼ばれる、どんな強い刺激を与えても深く眠ったままで目を覚まさない重度のものから、一見意識清明なように見えるものの、注意力が散漫で、放っておくとぼんやりとして、うとうとするような軽度のレベルまでいろいろな段階がある。 このとき、幻覚(比較的幻視(げんし)が多い)や妄想が生じたり、言動や行動がまとまらず興奮することもしばしばみられ、意識障害ではなく、その他の何らかの精神障害と誤って判断されることもあるので、注意が必要

とされていたからです。

何の関係があるのと思われるかもしれませんが、実は、事件の被害者の男性というのが、6歳の時に脳腫瘍が見つかり左半身に障害を残した経験があると記事に記されていたからです。それは、後述する認定基準の業務以外の心理的負荷及び個体側要因の判断 において何らかの影響を与えた可能性もあるということです。

とにかく、1番目の要件対象疾病を発病しているということが必要です。

そして、その次に2番目の要件

その対象疾病の発病前おおむね6カ月間の間に業務による強い心理的負荷が認められることが必要です。

その心理的負荷の程度の判断には、認定基準の別添の(別表1)「業務による心理的負荷評価表」指標として、その強度を「強」、 「中」、「弱」の三段階に区分することにより行われることになります。

当然、強い心理的負荷が要件ですので、ここでは、「強」と判断されなければなりません。そして、その「強」と判断された心理的負荷により発病した疾病が、

次の、3番目の要件

業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認め られないことという要件を満たすと、その精神障害業務起因性が認められる、つまり労災認定されるということになります。

次回は、2番目の要件判断の指標となる「業務による心理的負荷評価表」について見ていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

*1:業務起因性:業務に内在する危険有害性が現実化したと経験則上認められること

*2:※ちなみに、労災認定基準では「覚悟の自殺は認定しない」としているので、自殺をすれば家族に労災補償が下りると勘違いして自殺する労働者がいないことを願う。

*3:※、労規則別表第1の2第9号には「人の生命に関わる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれらに付随する疾病」が掲げられている。